三ノ巻9話  仲間


 不安で眠れない――いろんな意味で――夜が明け。

 登校中の道でかすみは意外な二人に会った。

 ジャージ姿で竹刀袋を背負った黒田と、日傘を差した賀来が道端で話していた。


 やがて黒田がこちらに気づき、会釈する。

 かすみも近づいて礼を返す。

 あいさつもせず賀来が言った。

「ちょうど良いところに。昨日の話のことだが――」


 かすみの肩が飛び跳ねるみたいに震えた、それに気づいたかどうか。賀来はそのまま話を進める。

「黒ちゃんから聞かせてもらったのだが。あのオッサンは、やはり昨日の場所に滞在している様子だ」


 黒田がうなずく。

「今朝もあの神社で素振りしてから来たんですが。社から普通に出てきてましたよ」


 はた目には完全に不審者だ、帝釈天。そう思いながらかすみは聞いた。

「それで、何かしてましたか」

「手水場で顔を洗って、僕の練習を見て……それからなんか、電話かけに行ってましたね」

「電話?」

「下の道にある公衆電話で。テレホンカード持ってるみたいでした」


 今どきテレホンカード。かすみも知識としては知っているが、自分で使ったことはない。考えてみれば手に取ったこともなかった。


 賀来が言う。

「あの者が連絡を取るような相手といえば、一人しかおるまい」


 そう、黒幕。テレホンカードも連絡用に持たされているのかも知れなかった。そう思い、つぶやく。

「ていうか、電話なんですね……連絡」


 黒田が顔を突き出す。

「で、ですね。僕は何を手伝えば?」


「え……」

 かすみが目を瞬かせると、黒田は言った。

「円次はあのとおりですからね、どうせ怪仏相手に実戦がしたい、なんて言ってるんでしょう。なら僕も、できることはやりますよ。円次の手助けになるなら」


 頬を指でかき、視線を外して続けた。

「僕だって、自分のやったことに責任ありますしね……本音じゃ、円次がそっちにかまけて部に出てこないうちに練習して、差を縮めたいですけどね」


 かすみは笑って頭を下げた。

「ありがとうございます。そうですね、とりあえずは帝釈天の様子に注意して、できればそれとなく話しかけて相手の内情を、できる範囲で探ったりとか」

 黒田に怪仏と戦う力がない以上、思いつくのはそれぐらいだ。後は百見に相談して、方針を決めていこう。


 そう考える間に賀来が喋っていた。

「黒ちゃん、感謝を。このカラベラ・ドゥ・イルシオン、そなたからの友情と恩義、生涯忘れはせぬ。……で、頼みがあるのだが。この件――我らが帝釈天と接触していることやその居場所――、内密にしておいてはくれぬか? 崇春らや平坂にも」


 え、とかすみは小さくつぶやく。

 なぜそんなことを。何か考えがあるのだろうが、かすみからすればデメリットしか思いつかない。


 それでも黒田は大きくうなずく。

「ええ、絶対に。ベラちゃんの頼みとあらば」


 かすみは思わず声を上げる。

「ベラちゃん!?」

 確か前に言ってはいた、賀来の呼び名として――自己申告で――ベラドンナとかベラとか。それを今さら言い出すか――というか、そんなに仲いいのかこの二人――。


 気にした様子もなく賀来は言う。

「うむ、頼むぞ黒ちゃん! そなたの前途に、幸運を」

「ええ、お互いに」

 賀来はスカートの裾を軽く持ち上げ、左足を引きつつ頭を下げ、黒田は右手を胸に当て、左足を引いて身をかがめる。

 貴族的な礼を交わした後、黒田は去っていった。


 何だこれ、とは言いたかったが。それより。

「賀来さん、今の……どういうことです」


「すまない」

 賀来は真っ直ぐ、頭を下げてきた。

 顔を上げて言う。

「すまないが……かすみ、今度のことは。我らだけの秘密で、我らだけでやらないか。いや……やらせてくれ」


「え……」

 賀来はかすみの手を取る。

「だって、だってそうだろう。我らに戦う力はない……知識だって。だが、だが軽んじられてよいものか! 我らとて、崇春らの仲間ではないか!」


 手を握る力が強まる。

「そうだ、軽んじられてよいものではない……怪仏探しに利用するだけ利用して、後は遊びだったとばかりに捨てるなどと! なあ、だから。見せてやろうではないか、我らとて役に立つのだと! 紛れもない仲間なのだと!」


 後半は賀来の主観が大きかったが。

 それでも前半を聞いたとき、かすみの胸が痛いほどに鳴った。そうだ、確かに――戦う力がなくたって、仲間なんだ。


 考えて――考えて考えて、やがて思考を放棄した後――言う。

「賀来さん」

 目を見返すことはできず、それでも言う。

「……分かりました。とりあえずは、それでいきましょう」


 そう言ってしまっていた。何のメリットもないと知っていながら。

 それでも。それでも――かすみの内にも、それに共鳴する部分が、確かにあった。


 賀来は長く息をつく。こわばったその肩から力が抜けていくのが見てとれた。

「そうか……ありがとう」

 その後の笑顔は本当に、とろけるように可愛らしかったが。


 果たしてこれから。どこまで上手くやれるだろう、この二人で。黒幕を相手に。

そう思うと、かすみの顔はこわばりを隠せない。


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