三ノ巻4話  たけなわだった宴の後


 ――一方、その頃。


 ゴムのように固い、冷めた肉を噛みしめながら。円次は言った。

「なんつーか、崇春よォ。豪気なもんだな、女フッといて平気の平左へいざとはよ」


「いやそもそも、振るも振らぬも誤解じゃと言うちょろうに……」

 崇春の太い眉の端が、困り切ったように下がる。


 結局あれから誰も――かすみの剣幕に押されて――二人を追いはしなかった。

 月の下、バーベキューの煙はとうに途絶え、風だけが涼しい。


 テーブルの皿を片づけながら百見が言う。

「だったとしても、だね。謝っておくのが甲斐性かいしょうというものじゃあないかな」


 残った焼肉や食材をタッパーにまとめていた、斉藤がうつむいてつぶやく。

「ウス……オレ、何も言えない……ス」


 勝手口前のコンクリートの段に腰かけて、渦生は両切りの煙草を吹かした。

「百見の言うとおりだ。適当に謝っときゃ良かったんだよ……っつかお前ら、何で誰も追っかけねぇんだ」


 百見が口ごもる。

「それは……まあ」

 円次は視線をそらす。

「触らぬ神にたたりなし、ッつうしよ」

 斉藤はうつむいたままだ。

「ウ……ス」

 そして崇春は腕を組み、唇をただ引き結んでいた。


 煙草を口の端にくわえたまま、渦生は頬を緩めてみせる。

「ガキどもは分かってねぇなオイ……ああいう弱ったとこをだな? 親身になぐさめてやってだな、後はちょいと押せば……対象外の男にでも、コロッといっちゃうわけよ。あー惜しかったなーお前ら! 大チャンスだったのになー、あーあ!」


 斉藤が動きを止める。

 渦生はいっそう笑いながら、コンクリートに寝転がった。


 その渦生に、百見が声をかける。

「なるほど、興味深いお話ですが。渦生さん自身は実践したことがお有りで? その理論を」


「え」

 口の端から煙草がこぼれ落ちる。視線をさ迷わせながら言った。

「そ、そりゃもうお前、俺だって若いときは、だな? そうやってハクいスケをヒイヒイ言わせたもんで、こう……その」

 おもむろに起き上がり、正座する。頭を下げた。

「……すいませんでした」


 まだ噛んでいた、肉を飲み込んで円次が言う。かッ、と、嘲笑あざわらうように喉を鳴らして。

「ま。ここにいる奴ァ全員モテねェってこったな。女フッて平気な顔の、クソ野郎を筆頭によォ」


 崇春が目を剥く。

「むうぅ!? じゃ、じゃからその、平気でもなければそもそも――」


 耳を貸さずに円次は言う。

「ま。ヤケだ、ヤケクソだ、呑もうぜ。日本酒はねェのか日本酒は」


 渦生が頬を引きつらせる。

「ねぇよ、つうか。俺の仕事が何か分かって言ってんだろうな、あぁ?」


 円次は鼻で息をつく。

「そりゃいいがよ。御神酒おみき上がらぬ神はなし、ッてことわざにも言うワケだが。……そういうのはなくていいのか、アレをぶのに」


 百見が眼鏡を押し上げる。

「神々の飲料たるソーマ酒を特に好む、そうした記述も古代インド神話にはありますが。形としては仏法の守護神です、飲酒を禁じる仏法のね。とりあえずはなくていいでしょう。――さてと。大変華のない集まりになってしまったところで」


 その場の全員を見回す。

「全員には説明できていなかったけれど。始めよう、かの者を――『怪仏・帝釈天』をぶ儀式を」


 そうして。テーブルの花瓶に活けられた、蓮の花に向き直る。


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