二ノ巻22話 三人目の四天王
二つに裂かれた粒子の群れが形を崩し、闇に消え去ろうとしたそのとき。何かがそれを、まとめてさらった。
「【
さらにはそれを
抜き身の刀を手にしたままの円次が――おそらく何事か分からぬまま――、眉根を寄せて百見に目を向ける。
顔だけ向けて視線は合わさず、百見は言った。
「怪仏・阿修羅、これにて封じた。……僕らは戦闘者ではない、ましてや復讐者でも。あくまでも仏法者だ……与えるのは死ではなく、救いであるべき。故に封じた」
かすみはつぶやく。
「でも……いいんですか」
百見はゆっくりとかぶりを振る。
「誰が
息をついて続ける。
「まあ、具体的に何を以て救いとすべきか、現段階では分からない。とにかく今は封じておく、そういうことさ」
円次がつぶやく。
「よくは、分からねェが。黒田はもう無事、それで、いいンだな」
百見はうなずく。
「ええ、もちろん」
「そう、か……」
言うなり、円次の手から刀が落ちた。金属音が地面の上で小さく響く中、円次は崩れるようにひざをつき、前へ倒れた。
「平坂さん!」
かすみは駆け寄る。
円次は震え続けていた。特に、刀を握っていたその手は、決して何も持てそうにないほど激しく。
「だ、大丈夫ですか!」
かすみがしゃがみ込んで身を寄せると。
地に額をつけ、きつくつむった目の端から涙がこぼれるのが見えた。
「大丈夫……ですか?」
遠慮がちにかすみは声をかけたが。
「大丈夫なワケあるかボケッ!」
倒れたままそちらに顔を向け、円次が唾を飛ばしながら叫んだ。
再びつむった目の端から涙が流れ落ちる。
「あああ大丈夫じゃねェ、大丈夫じゃねェよ当たり前だ、黒田を斬るとこだったンだぞ一歩間違えりゃ! あいつをこの手でよ、二十一回も! 殺しちまうとこだったンだぞバカ!」
額を地につけ、未だおこりのように震える両手で頭を抱える。
「ああああもうヤだ、もうヤだぞオレは何が刀だバカ、もうヤだ、もーーーヤだぞ、一生刀なんか握らねェからなバカ! バーカバーカやってられっかもう!」
ばたばたと、泳ぐように円次の足が地面を叩く。
それを見て。
「……ふ……っ」
かすみの肺から、息が漏れた。
「……ふ、くふ……っ」
止めようとは思う、思うが肩は震え、しびれるように胸も震え。
「ははっ……あははははは!」
手を一つ叩き、背を丸め。笑っていた。
「……あ?」
眉根を寄せて――額を土に、顔を涙と鼻水に汚したまま――円次が顔を向ける。
かすみは自分の目から涙を拭い、円次の目を見る。
真顔になり、突きつけるように円次を指差す。
「平坂さん!」
「……な、何だよ」
真顔のままかすみは続ける。
「今の平坂さんが。……今日一番、カッコいいです」
円次は何も言わなかった。口を開けたまま、顔も拭わず瞬きしていた。
やがてつぶやく。
「…………バカにされてんのか、オレは」
かすみは首を横へ何度も振る。
「違いますよ、ホントに素敵ですって!」
なんだか、嬉しかった。嬉しかったのだ、かすみは。
友を斬らなかったことに安堵する平坂の姿が。全てを投げ出すほど脱力したその姿が。
終わって全てを投げ出す必要があるほど、全ての力を使って。全ての神経を集中させて。それほど、友を想って闘ったのだ――敵への怒りではなく。もし怒りが勝っているなら、百見が封じたことにも納得はしなかっただろう。
あれほどの闘いを、敵を斬るためではなく。友を守るためにやり遂げたのだ、この人は。
かすみは微笑んだ。
「最高です、先輩は」
「……やっぱり、バカにしてんだろ……」
顔をしかめながら身を起こす円次。
そこへ歩み寄ってきたのは、青い鎧をまとった者。四天王・
「――見事だった」
円次はわずかに笑い、視線をそらし。刀を拾うと道着の裾で刀身を拭い、鞘に納めた。
「……助かった。返せばいいのか、その、手入れもできてねェが」
刀を受け取ると、口の端で笑い。持国天はもう一度言った。
「――見事」
「――うむ、まったく見事よ」
太い声がその隣で応じる。
見れば。黒焦げのままの怪仏――
「――ふ……さすがはこの我が見込んだ男。
あごに伸びる
「――まあ、これほどの男を見込める我もさすがと言うべきよな! くっはっははは!」
「……えー、と……」
かすみは目を瞬かせ、無意識に帝釈天を指差していた。
なんだか、よくは知らないが。確か百見の攻撃を受けて倒されていなかったか、この怪仏は。
視線に気づいたのか、帝釈天が真顔で答える。
「――何やら、我がおることが不可思議な様子だが。確かにあの攻撃は受けた、されど何もおかしくはないわ。言葉を残しながら、ちょっと光って消えてみただけぞ」
「ちょっと光って消えてみたって何ですかーーーーーっっ!!」
思わず腹から声を上げたかすみだったが。
百見が声をかけてくる。
「谷﨑さん。ご歓談中のところすまないが、黒田さんの方を見てやってくれないか」
見れば、黒田は倒れていたが。震えながらも、自力で身を起こしているところだった。
かすみが立ち上がり、そちらへ駆け出した次の瞬間。
百見が万年筆を突き出し、広目天が筆を
荒波と化した墨は持国天へと殺到し、しかしすんでのところで身をかわされる。
代わりに、その横にいた帝釈天が波に呑まれた。
「――ぎゃああああああ!?」
断末魔を残し、帝釈天は墨の中に光って消えた。
百見は舌打ちし、わずかに眉を寄せていた。
「外したか」
再び万年筆を掲げ、持国天へと突き出す。広目天の筆先も同じ方向を指していた。
「探したよ、持国天。東方の守護者にして僕や崇春の守護仏と同じ、四天王の一尊。急で申し訳ないが――、その存在、ここで封じる」
眼鏡を押し上げる、その手の向こうの顔は。いささかの笑みもなく、何の感情も見て取れなかった。
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