二ノ巻6話  ともかく、合流


「何だよそうか、悪かったなオイ! ったく早く言ってくれりゃ、もっとやりようもあったのによぉ」


 悪びれもせず笑ってそう言った、道着姿の渦生は、崇春の肩を何度も叩いて。


「がっはっは! まったく、ポサラさんも人が悪いわい!」

 気にした様子もなく渦生の肩を叩き返し、柔道着姿の崇春も笑う。道場の隅、予備の畳が積まれた上で。


 あれから渦生を引っ張ってきて、かすみが事情を説明した。その間に、百見が手早く菓子と飲み物を剣道部へ差し出し、流れるような五体投地で崇春が謝罪した。賀来はおろおろと辺りを見回しながら、とにかくそこにいた。

 それでまあ、剣道部員には。渦生の知り合いの悪ふざけ――と差し入れ――という風に受け止められたようだった。


 今は剣道部も、遅れて来た柔道部も――斉藤が主導して、トレーニングルームでの筋力トレーニングをしていたそうだ――練習を再開している。

 平坂円次もに落ちない顔をしつつ、共に練習を始めていた。


 百見がため息をつく。

「まったく。だいたい渦生さん、昨晩僕から連絡したでしょう。出なかったのでメッセージを残したはずですが」

「え!? ……ああ、そりゃあれだ、多分酔ってて、いや、違うぞホラ、仕事で、仕事の飲み会で、こう……な?」

 ごまかすように笑う渦生は、誰とも目を合わせようとはしなかった。


 ため息をつきながら、かすみは言った。

「とにかく……渦生さんが剣道部の顧問? なんですね。だったら確かに、相談できてれば良かったですけど」

「まあ顧問、ってわけでもねえが……教師でも何でもねえしな。外部のボランティア講師、ってとこか――タダ働きだぜクソが――、ときどき教えに来てる」


 なるほど、警官である渦生なら仕事柄、剣道の経験もあるのだろう。教えに来るぐらいなのだから、それ以前から経験があるのかもしれない。それにしても、ボランティアというのは意外でもあるが。


「で、二年の平坂円次、か……あいつはまあ、部の中じゃだんトツだな。うちで県大会上位狙えるのはあいつだけだ」


 聞いて、かすみは剣道部の練習に目を向ける。

 今は皆、基礎練習の素振りをしていたが。言われてみれば他の部員とは違い、平坂の振るう竹刀だけが風を切る音を、素早く低くうならせていた。


 かすみは言う。

「じゃあ、部活はまじめにやってる、ってことです? ……まじめだから何、って言うとあれですけど」


 渦生は頭をかいて言う。

「ん~、っつうと微妙なとこだが……あいつはまあ、モノが違うな。ぶっちゃけ、剣道じゃ俺より強ぇぐらいだ。顧問は剣道経験ないらしいから、俺がいないときは実質あいつが部員に教えてる」


 かすみは小さく首をかしげた。

「じゃあやっぱり、まじめにやってるってことですよね。微妙、っていうと?」


 渦生は苦い顔をする。

「いやそれがな……何ていうか、何だろうな。サラブレッドっつうか、本当にモノが違うっつうか……あいつん家はちょっと特別でな。居合術の道場らしい」


 居合。昨晩の神社でもそれらしき技を使っていた、鞘つきの木刀で。


「剣道と居合道、競技として見りゃ全く違うわけ――片や竹刀で打ち合う試合、片や居合刀で単独の演武――だが。どちらも剣を使う技術ってのは一緒だ。剣道経験がありゃ居合道も上達が早い、逆もしかり、ってのはまあ聞く話だ」


 不精ひげの伸びる頬を、音を立ててにじる。

「だからまあ。それこそ物心ついた頃から――歌舞伎役者の息子がそんぐらいから歌舞伎やるみてえに――稽古をやってるあいつからすりゃあ。中学高校で剣道をかじり始めた奴らなんか、ぬるく見えてしょうがねえのかもな」


 賀来が不機嫌げに鼻を鳴らす。

「フン……とは言っても『県大会上位』なんだろう、その者は? なら、県にも全国にも『そいつより強い奴がいる』のではないか。そ奴らを倒せもせずにぬるいなどと……とんだ愚か者ではないか」


 渦生は肩を揺らし、息をこぼす。

「まあ、そういう言い方もできるが。どうだろうな、あいつからすりゃ剣道自体がぬるい、って感じもあるのかもな……竹刀での『当てっこ剣道』なんて……いや、まあ分からんが」


 『当てっこ剣道』。よく分からないが、揶揄やゆするような響きの言葉だった。要するに実戦的ではない、ということだろうか。しかしそれが――


 そう考えている間に、渦生は音を立てて膝を打った。。

「さてと、話はいったんここまでだ。このままいてもカッコつかねえ、指導の方に行かせてもらうか。続きは部活終わってからだな」


 立ち上がり、準備運動をするように肩を回した。その後で、苦く笑って言う。

「ま、何だ。ちょっとヤな奴なんだよ、あいつは」


 教え子にその評価はどうかと思ったが。

 ともかく、渦生は剣道部の方へと向かった。


 入れ替わるように、道着姿の斉藤が練習の手を止め、こちらにやってきた。

「ども……っス」


 百見は軽く頭を下げる。

「やあ、今回はどうも。上手く遅れてきてくれた、助かったよ」


 聞いて、かすみの頬が軽く引きつる。

 結果的には上手くいったわけではないし、そもそも手段がむちゃくちゃだ。


「ウス……ところで」

 頭を下げ返した後、斉藤は崇春の方を見た。

「どう、スか……一緒に、練習でも。助っ人に来てくれるんなら、今から基礎を教えとけ、って先輩らが」


 見れば、柔道部員らは崇春の方へ、値踏みするような視線を向けていた。


 崇春はうなずく

「なるほどの。つまりは新たな目立ちの幕開けっちゅうことか、このマスクド・スシュンののう!」

「それはもういいですからーー!」

 かすみの声が道場に軽く響く中、崇春は斉藤に連れられてその場を離れた。


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