二ノ巻5話(後編)  (不必要な)真剣勝負


 部員らがそちらへ向き直り、声を上げる。

「平坂……」

「けど、今のは――」


 平坂は言う。

「反則は目玉と金玉。だったろ、何も問題ねェ。だいたい、剣道的にも今のは負けだぜ。ある意味な」

 柔道場へと歩きながら続ける。

「武道の『一本』ってのは『致命的な攻撃、命を取れる技が決まった』ってことだ。……祖父じいさまから聞いたことがあるが、戦前の剣道ってのは荒っぽくてな。足払いかけて床に倒したところに一撃とか、投げ倒した後組みついて相手の面をひっぺがすとか――要は『首を取った』ってことだな――、そういうのでも一本になったらしい。公式のルールか慣習的なものかは知らねェが」


 ようやく身を起こした、黒田の前で立ち止まる。手を貸すでもなく、見下ろして言う。

「何やってる。そんなもんかよ、テメエはよ」


 黒田は何も言わなかった。ただ目を伏せて拳を握った。持ったままの武器が震えるほどに。


 やがて小さく咳をした後、百見が口を開く。

「さて、平坂さん、ようこそ。事情を説明しよう、この道場は我々――」


 話を聞いた風もなく、平坂はかついでいた袋に手をやる。ふたを留めていたベルトを外すと、中から滑るように竹刀を抜き出す。

 袋を捨て、竹刀を構えた。中段に、崇春へ向けて。

「どういう話かは知らねェが。次はオレだ」


 かすみは場外から百見に目をやる。

 百見は小さくうなずいた。


 直接試合をすることで相手の反応を探る――何らかの形で『剣』に関わるであろう怪仏、その本体である以上何らかのリアクションがあるのではないか――という、百見の案だったが。紆余曲折あったものの、どうやら本来の形に戻れそうだった。


 とはいえ。かすみは昨日の夜を思い出す――六本腕の怪仏の影、それが竹刀で立ち木を斬り倒す。凄まじい力――。

 仮に今、その力を使われたなら。崇春は無事で済むのだろうか。

 気づけばかすみは、痛むほどに両の手を握っていた。


 百見がかすみの目を見、ゆっくりと何度もうなずく。その唇が動いた――おそらく、『大丈夫だ』という声の形。

 その両手は密かに甲を合わせる形になっている。百見の守護仏、『広目天こうもくてん』をぶためのいんを、即座に結ぶことのできる姿勢。


 崇春は大きくうなずいた。

「望むところよ。じゃが、しばし待てい」

 黒田へ手を貸し、抱え起こす。肩を貸して場外へと共に歩いた。


他の部員に黒田を預けた後、柔道場へと戻る。転がる武器を拾い上げた。

「待たせたの」


 構えたままで平坂は言う。

「そんな武器えものでいいのか。好きなもん取ってこいよ、竹刀でも……木刀でも」

 あごをしゃくり、剣道場の隅――授業で使うものだろう、竹刀や木刀がかごに何本も入っている――を示す。


 崇春は首を横に振る。

「無用よ」


「そうかい……なら、行くぜ。さっきのルールでいい、部活よりは……楽しめそうだ」

 崇春に目を向けたまま、ゆっくりと構えを変えた。

左脚を半歩前に出し、左肘をやや引いて、竹刀を斜め前に寝かせた形。その切先は自分の頭部を守るようにも、崇春の顔へ向けられているようにも見えた。おそらくは、剣道のルールにない構え。


「むう……」

 崇春は武器を構えたまま、じりじりと間合いを詰める。


 平坂もまた、にじるような足でわずかに近づく。


 やがて二人の動きが止まった――そのとき。


「オイそこ! 何やってる!」

 道場の入口から低い声が飛んだ。

 顧問の先生が来たのだろうか、そう思ったが。その声は学校外で聞いた覚えのあるものだった。


 剣道着を身につけて竹刀を持った、伝法渦生でんぽううずきがそこにいた。


渦生うずきさん――」

 どうしてここに、とかすみは言いたかったが。


「何やってんだオイ!――」

 それより早く渦生は駆けていった、崇春と平坂の方へ。


「――てめえこら……崇春!」

 跳び上がり、蹴った。崇春の方を。


「むうううーーっっ!?」

 困惑したような声を上げながら崇春は吹っ飛び、床の上を転がっていった。


 そこへ渦生が声を浴びせる。

「剣道部員にケンカ吹っかけようとはいい度胸だなてめえ……この俺が指導してると知っての狼藉ろうぜきか! あぁ?」


 かすみは大きく口を開けていたが。

「いや、違いますからーーーっっ!」

 一呼吸遅れて上げたその声は、何よりも大きく道場に響いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る