50話 エピローグ




 ふと、思い返す。


 いつもの、当たり前だった日々を......。

 幸せをそうだと理解していなかった。平坦な上がり下がりのない道だと、ずっと錯覚していた。


 違ったのだ。

 平坦な訳がなかった。


 レティシアが歩く道には、ずっとずっと家族という幸せな道標が出しあったのだ。それを忘れてしまっていた。



 声が聞こえる。


 悲痛な声だ。


 痛みに叫び、悲しみに喘ぐ。そんな声だ。



 その声の煩わしさに反応しようした時、誰かが優しくレティシアを包んだ。


 ああ、暖かい、暖かい。彼のお蔭で痛かった体が安らいだ。


 でも、なぜだろうか。

 いつまで経っても、心は痛いままなのだ。



「.........すまなかった。レティシアさんの両親を助けられなかった」



 ズキン、と心に罅が入った気がした。なぜだろう。両親? 彼が謝ることなど、なかったはずなのに......。



「......もう、俺に出来るのはこの程度なんだ。」



 ギュッ、とルネが強く抱き締める。どこにも行かないように赤子を慰めるように。



 声が聞こえる。



 悲痛な声だ。



 そこで、気付いた。いや気付いていた。



 泣いていたのは自分だった。



 悔しかった。

 あの男を殺せなかったことが。涙を流す程に悔しかったのだ。


 悪意が溢れる。

 害意が滴り、邪念が身体を濡らしていった。


 そしてそれらは言葉となり、宣誓となる。



「私は、あの男を殺します」

「...あぁ」

「私の死を願った全員を殺します」

「......」

「もっともっと沢山殺す。私の『不幸』に釣り合うまで、ずっと、ずっと......」




 今も尚、復讐の情はレティシア自身の身を焦がしている。人の感情に聡いルネにはそれがよくわかった。


 ルネはレティシアを止めることは出来なかった。悪意のままに国を滅ぼし・・・・・、『厄災』とまで言われたルネだからこそ言えないのだ。



「そうか............なら俺も約束する」



 だが、それでも約束は出来る。



「貴女の全てを守ろう。恐れる全てを跳ね除けよう。レティシアさんが、『幸せ』だと言える日まで」



 人生を賭けたルネの、約束の言葉。

 失意に心奪われていたレティシアには余りに眩しく、綺麗で、吐き気がする。でも、だから救われた。



 暖かい、暖かい、暖かい。



(とても、心が暖かい)



 レティシアはこの気持ちに名前を付けようとはしなかった。頭の何処かではわかってはいたが、今ではない。そう思ったからだ。



「一緒に行こう。必ず守るから」

「......はい、行きましょう。一緒に・・・



 また、涙が溢れ落ちた。













 この日、世界有数の町カルセナクは滅び、新たにひとつの名が指名手配される。


 恐ろしき悪魔に魅了された魔女。


 見るも悍ましい生物を操る、異生物。



―――『銀冷姫』レティシア・ネイア



 いずれ、『幸せ』になる優しい少女の名前だ。





















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幸福の道標 Retisia @nori510

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