48話









 レティシアが走り去っていくのを見送ったルネは一息つく。門の残骸、砕けた鉄が水滴の様に落ちていくのを尻目に町の中を見た。そこには人ひとりいない町並みだけ。ふと、そこで気が付いた。



(しまった、罠か。··········でも、遅いな。レティシアさんも気付いているだろうけど、止まらないだろうな)



 自分の判断ミスとレティシアの猛進にまた、ため息を吐きたくなるが、もうそんな猶予はなくなったようだ。


 後ろには大勢の聖騎士が剣を持ち盾を構え魔法を詠唱している見える。レティシアの魔力回路が完治している今、ルネの役割は後ろの敵を通さないことだ。



(こいつらじゃない。警戒しないといけないのは······いた)



 ひとり、集団の最後部に佇んでいる白い鎧の男。両手剣を杖にルネを睨み付けているのがよくわかった。



(あれが聖騎士団長か。噂には聞いていたけど、強そうだ)



 どの国にいても強者の名前と噂は必ず聞こえるものだ。このジクニア王国で一番の強者と呼ばれているなら、尚更。



「貴様等ぁ! 油断さずに死ぬ気で掛かれぃ!!」

「「「「はっ!!!」」」」



 団長の発破に士気を上げる団員達。同時に嫌そうな顔をするルネ。



(余計なことを·····)



 こういう団結力のある組織は、死兵になりやすい。相手が強い程その傾向があるのだ。



「殺れ!!!」

「オオオオオオオオ!!!」



 魔法使いが火の玉を放ち、次いで剣士が迫っていく。単純な作戦ではあるが、単数にはよく効く作戦でもある。


 数百の火の玉が地面を穿ち、燃やす。間髪をいれず剣士達が土煙が立つその中に飛び込み剣を振るう。ルネが生きているかは関係ない。“かもしれない”からこそ、振るうのだ。ここで聖騎士達はルネの死を確信した。



「―――あぁ、よく訓練されている。良い騎士達だ」



 刹那、数人の首が飛んだ。



「でも、足りないな」



 地にまみれた地面の上、ルネは大剣を片手に土煙の中から無傷の姿をあらわす。


 首回りを覆う様に巻かれたマントが風で前に・・はためき、ルネを存在を主張している。その所作は威厳ある覇王の様で、聖騎士達を威圧していた。


 傷ひとつないルネに聖騎士団員達は動揺を露にする。いくら強くとも、傷付かない訳ではない。だから、先程の戦法で終わりだと誰もが思っていたのだ。



「留まっていて、いいのか?······手遅れになるぞ」



 相手を慮る言葉に、聖騎士達は総じて怒る。敵に手加減される所か心配されるなど、ただの屈辱でしかない。


 再び魔法使いが詠唱を、剣士が剣と盾を構え駆ける。次こそ必ず仕留める為に。


 だがその意気込みとは裏腹に、一向にルネは動かず聖騎士達を眺めている。冷たい目、憐憫の眼差しをルネは向けていた。


―――バタ!


―――バタ、バタバタ!!


 突然ひとり、ふたり、と突撃した剣士が地面に倒れていく。



「イ、イィダい! あ、ガぁあああああ!?」

「なん、で!?」

「た、たすけ!·····足が、とけ、とけて!?」



 先に倒れた者達の苦痛の声が響き渡る。しかし、誰も助けようとはしない。いや、誰も助ける事が出来なかった。



「ア、アアアアアァ!!!!」



 その殆どが、同じく痛みに呑まれてしまったのだから。苦しみ足掻く姿を嫌そうに見て、ため息を吐く。



「······だから、忠告してやっただろうが」



 素直に引き下がっていれば良かったものを、と思っても口には出さない。自分が聖騎士達を煽った風なのを自覚しているからだ。ルネは躊躇いなく人を殺せるが、下劣な者にはなりたくなかった。そうならない為の線引きだった。


 ルネが使ったのは昔から愛用している殺戮用の薬品だ。用量、用法を守って使わないと国が滅びるレベルのそれを使うのはルネとしても好ましくない。しかし早くレティシアに追い付く為には仕方ないと使うことにしたのだ。

 効果は見た通り、皮膚から薬品が吸収され人体を侵し、殺す。ただそれだけの兵器だ。


 粗方の苦音は聞こえなくなり、屍が積み重なってきた頃、聖騎士団長がふらりとルネの前に現れた。



「······うむ、『調教師』の奴から聞いてはいたが、なるほど。卑怯な戦い···いや、虐殺をするな」

「ふん、どの口が言ってる。お前、俺を試す為に部下を見殺しにしたな?」



 ぐっ、と大剣に力を込めて聖騎士団長に言葉を返す。



「あぁ、そうだ。それがどうかしたか?」

「······」



 ルネは何も口にはしなかった。



「うむ、貴様は今さら善人を気取ろうというのか? 笑わせるな、虐殺者。貴様などには日の光など上等過ぎるぞ」

「······はっ、残念だったな。俺はお前の様にこそこそしないと光を見れない小物じゃない。逆に光から寄ってくる始末だ······光に群がる羽虫が、目障りなんだよ」



 ぴくり、肩を動かす聖騎士団長に思わず頬を吊り上げて、ルネは笑ってしまう。意趣返しは及第点には達したようである。



「さて、ここからだ」



 時は違えどルネはレティシアと同じく台詞を呟いた。そう、全てはここからだ。

 大剣を肩に担ぎ一歩、ルネは前へと進む。



「罪人よ。貴様は我が剣の前に平伏すがいい」



 合わせるように聖騎士団長も戦意を高めて一歩、踏み出す。



「『厄災』ルネ・アぺシスだ。老害は駆除させてもらう」

「聖騎士団団長グルガ・ロートルである。罠に嵌まった罪人が、消えるのは貴様だ」




「「死ね」」



 互いの剣が、火花を散らし交差する。


 ふたりの戦いが始まった。








 












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