47話
「っ······すごい」
風を切り裂き、視界の景色は一秒毎に現れては消えていくのをレティシアは驚きながら見ていた。
現在は深夜。
処刑を止める為、レティシアはルネに横抱きにされながらカルセナクを目指していた。
「これなら、まぁ間に合うはずだ。余計な者まで出なければ、だけどな」
「···そうですね」
タテムとカルセナクの間には大きな森がある。本来レティシア達はそれを大きく迂回しながらカルセナクや王都を目指すばすだった。しかし処刑の時間上、森を横断するしか選択肢がないのでそれを察したルネは眉を顰めていた。
森の横断はあまりしたくなかったらしい。話を聞くと、この森は上位の魔物が住み着いていると噂されていることで有名だったからだ。
それにレティシアを自分から危険な場所に連れていくことが嫌だったと若干のため息を吐いて言った。
しかしそんなリスクを背負ってでも通るべきだとレティシアは主張した、それをルネも承知した。けれど絶対に上位の魔物には会いたくないため、経験上いるだろう場所をルネが想定し避けながら走る。これは事前にレティシアと決めていたことで、時間を極力削るためである。
しかし本音は違う。
雷鳥も不味かったが、上位の魔物はそれの比じゃない位でヤバいからだ。。
レティシアもルネも、その事を知ってか緊張した面持ちで辺りを見回している。
「······レティシアさん、疲れてるだろう? 今の内に眠っておけ」
「しかし······いえ、そうですね。お言葉に甘えます」
おそらく顔色が悪いことに気付いたのだろう。体調を直しておけと言外に告げられた。
だがルネが頑張っているのに自分だけはと言いたかったレティシアは、しかし自らの体調を顧みて、その言葉を飲み込んだ。
本当を言うと、起きているだけでも大分辛かったのだ。痛みはまだ引くことはなく、魔術を使うことはできない。それにこれからの事を考えると、今は少しでも回復に努めるべきだと思い提案を受け入れる。
「では、少しだけ······眠ります、ね······」
「······ああ、お休み」
意識は、すぐに途切れた。
□□□
深い深い海の底、重い目を開けることはできず、ただ沈んでいく事だけは理解できた。
落ちる、堕ちる、墜ちる。
魂がざわめいている。危機を知らせるためではない。
これは歓喜だ。
暗い底から招かれて、レティシアは事の成り行きに身を任せる。
光はもう、見えなくなった。
はっ、と目が覚める。
先程まで感じていたナニカは身を潜めている。レティシアは不思議とそれを気にすることはなく、周囲を見回した。
「ここは……あぁ、またここですか」
空は青く、足元は深い海。見たことがある景色。
レティシアはここが自分の心の中であることに気づいた。しかし驚くことはない。おそらく悪魔の力を使ったからだろうと当たりを付けるが、そんな事はどうでもいいと頭を振った。
やはり下には肉で出来た国がある。この前と何も変わらないそれを見ていると、ふと、気付いた。
上から見て綺麗な円だった国が今、少しずつ形を変えているのだ。
ブクブクとアメーバ状の肉塊が感染するように周囲に広がっていく。肉塊は形を固め、床、壁、家、城となった。
「―――なるほど、そういうルールでしたか。謎が解けました」
レティシアはひとつ頷くとしゃがみ込み水に触れた。確信があった訳ではない。しかし、なぜかそうするべきだと思ったのだ。すると流れ込んでくる何かを感じ取った。
「水が流れ込んで? いえ、これは……魔力?」
流れんできたモノは魔力に近かった。しかしレティシアはそれが魔力ではないことはわかったが、その正体は掴めなかった。
流れ込んだモノは手から腕を通り、体中をめぐっていく。最初、怪訝な面持ちだったレティシアは起こった身体の変化に気付き、遂には目を見開いた。ソレがなにをしているのかが分かったからだ。
「魔力回路を、修復してるんですか」
ズタズタになった回路がもと通りに補填されているのを感じる。しかしそれは有り得ない現象でもある。人間が千切れた血管を繋ぎ合わせることが出来ないように、同じ理由で魔力回路の欠損は直せないのだ。
「凄いとは思っていましたが······悪魔の力、自然に存在していると思えませんね」
また、研究することが増えたと考えながら回路が修復されていく心地を目を閉じて感じた。
(これで、カルセナクでは心置きなく戦えます)
自分を呼び寄せる為に両親を囮に使った敵にどうしようもない殺意を浮かんだ。敵は殺さないといけない。これまで出会った敵の全員が、不幸を招く者達だったから。
「誰が提案したのかは知りませんが、必ず、殺します」
だから、この殺意を今はとっておこう。来るときはすぐなのだから。
「――おはようございます。ルネさん」
今度こそ現実に目が覚めたレティシアは最初に視界に入ったルネに挨拶を告げる。
「ん? あぁ、起きたのか。丁度いい、あと少しで着くぞ」
「······? 申し訳ありません。夜通し走らせてしまって、疲れてますよね」
「いや、問題ない。肉体的な疲れは殆どないからな」
そうは言ってもレティシアにはルネが疲れているように見えたが、本人が否定しているので特に追求しなかった。
レティシアは身体に魔力を循環させる。やはり魔力回路は完全に修復されており、あの空間で起こった事は本当にあったことだと理解した。
ルネに寝ている間にあった身体の変化のことを訊くと特にそれといった事は起きていないらしい。
魔力の操作が再び身体に馴染む頃、目視でカルセナクが見える距離まで来た。
レティシアは
「やはり待ち伏せがいます。あの鎧は···聖騎士団です」
「そうか、聖騎士団か······なら団長がいるな」
「処刑の主導者だと思いますか?」
「······いや、たぶん違うだろうな。あれに小細工は向かない」
「······そうですか」
心底残念だ、と言いたげに会話を終わらせたレティシアの目には剣呑な雰囲気が漂っている。一番の目的は両親の救出だが、隙があれば実行犯は殺す心持ちだった。
「カルセナクには町全体に大きな結界が張られている。だから俺達には正面突破しか道はない」
「えぇ、わかっています」
元よりその心算だと、頷く。
ルネは微かに目を細めるが何も言うことはなく、また前を向いた。
「なら、突っ込むぞ」
「――はい」
ドン、とルネが地面を踏み込む。
遠目からしか見えなかったカルセナクがあと数秒で着いてしまう程の加速。これまでのルネの加速は最高速度ではなかったのだ。レティシアは思わずルネを見つめてしまう。
だが役割はしっかりと果たす。
ルネの加速に合わせて《怨鎖》を何重にも発動する。他の魔術にしなかったのは極力殺さない為だ。
レティシアは決して殺戮狂ではない。だから望んで殺すことはない。しかし殺さないだけだ。レティシアが創る《怨鎖》には強力な呪いが宿っており、常人が捕まってしまえばこの先まともな生活は出来ることはないだろう。そんな魔術を放っている時点でレティシアは普通ではないが本人にその自覚はなかった。
《怨鎖》は創られた数だけ聖騎士を捕縛していく。そこでようやく気付いた聖騎士団の上層部達は慌てて門の前に結界を張った。
「レティシアさん! 俺が結界と門に穴を開ける。そこを通ってそのまま行け!」
「! はい!」
ルネはレティシアが切り開いた道を走り門の前にたどり着くと、結界に触れる。
「――はっ!!」
何かを鷲掴みしている様な手の形にしたままルネは勢い良く肩から腕を右に回す。
―――バギッ! バキバキバキバキ!!!
レティシアには視界全体が捻れていくように見えた。結界が、門が、音を立てて捻れていく。遂には薄氷の様にバラバラになり、ルネ達を阻む一切合切が消えていった。
「行け!」
「はい! お気をつけて!」
レティシアはルネの腕の中から飛び出して処刑場に向かって走った。学院に近い広場が処刑場らしく、今レティシアが走っている道をただ真っ直ぐに進むだけでいい。
《身体強化》を使い速度を上げながら周囲を見るが人が見当たらなかった。
誘い込まれている。
それを察したレティシアは短剣を持って臨戦態勢のまま、更に加速する。
(誘い込まれている? 関係ありません。邪魔をするなら全部踏み倒して救って見せます!)
広場の中央、まだ距離があるここからでも見える巨大噴水がレティシアが行くべき目印だ。
レティシアは急ぐ足を更に速めた。
真っ直ぐ、
真っ直ぐ、
真っ直ぐ。
町並みを抜けて、広場までもうすぐ、というところでレティシアは気付いた。
(······大勢の、人の気配?)
レティシアは訝しむ。
それだけならばレティシアも不思議には思わない。そこに敵が待ち伏せているというだけだからだ。レティシアが不審に思ったのは気配の種類だ。
戦い、商人、貴族、など不思議とそれ相応の気配をほとんど全員が纏っている。レティシアはそれを感じて生きてきた。しかし、今大量に感じているのは何でもない、ただの人の気配だった。
(なぜ、こんな数の人が·······処刑を見に? だから人がいなかった?)
考えるがわからない。
あぁ、でも考えるだけ、今は無駄と言うもの。レティシアはそれ以上の思考を止めて広場に入口に立った。
「さて、ここからですね」
そう、ここからだ。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、噴水を目掛けてレティシアは進む。
広場には中央にひとりの男が、そして広場を覆うように数えきれない程の民衆がいた。ひとりを除き、一様に現れたレティシアを見ている。
「さぁ、よくぞ来たな犯罪者」
赤い短髪の男が、背を向けながら、そう言った。
「本当なら、こんな面倒な事しなくてすんだんだがなぁ? お前がいないとあっては、しかたないであろう?」
悲劇の男を演じる様な口振りで、しかし口元はニヤケさせながら男――『調教師』は同意を求めた。
「よぉく見て、絶望しろぉ?」
振り向き、両腕を開いて、誇張する。
「―――これが、お前の運命だ!」
赤く染まった、ふたつの十字架。
そこに、
人が、
よく知るふたりが、吊るされていた。
あぁ、間に合うことは、無かったのだ。
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