46話
『御影』は何故レティシアに処刑を勧告したのか。それは分からない。
しかしそれはレティシアには無視できないものだった。
レティシアにとって家族とは絶対の存在。守るべき、愛するべき者達のことをいう。それが殺されそうだというのは許されない行いだった。
ああ、だから······だから、何が起きようとやることは決まっているのだ。
これから、レティシアは目を覚ます。
彼女は救いに行くだろう。
これは、始まりなのだ。
レティシアの、『幸せな』物語。
その、一歩目を。
□□□
「んっ······う······ここ、は」
ボンヤリと思考が滞る感覚に身を委ねながらレティシアは目を覚ます。
「ああ、よかった。目が覚めたか」
どこかから聞こえる芯のある声。その方を見る。
「ルネ、さん?」
「そうだ」
ルネの優しい目はレティシアを穏やかな世界へと導こうとするが、思い出す。
――しょけイ、されルの、は、あなたノ、りょうシん
はっ、と急速に意識が覚醒する。
そうだ、幸せな世界に旅立っている場合ではなかったと、焦る。
「いま! あれから、どの位経っていますか!」
「うおっ!?」
「······え?」
「おい、暴れるな。落としたらどうするんだ。······ふぅ、気絶して一時間も経ってないよ」
ルネの声が聞こえる場所。一定の感覚で揺れる自分の身体。半身に感じる暖かい温もり。
レティシアはやっと今の状況に気付いた。
ルネに抱かれている。
そう認識した時、頬が熱くなるのを感じた。
「す、すいません」
「いいさ······それで? 何を焦ってたんだ?」
「それは······」
理由を聞かれ、思わず俯いてしまう。伝えていいのか、迷ってしまったのだ。
これから、どう転ぼうと私は何かの事件に巻き込まれるだろう。しかしそれにルネまで巻き込んでいいものか。言わなければ安全なのではないか。そう、頭に渦巻いた。
「レティシアさん」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
どこまでも優しい目が、そこにあった。
「大丈夫だ。貴方が何を思ってもその通りに俺は、ならないよ」
「······」
ああ、これだ。
これは、困ってしまう。
優しい人に優しい言葉は、卑怯だ。
レティシアの両親も、カルナも、ルネも、優しい人間はいつもレティシアを甘やかす。
だから、だから――
「······広場へ······広場へ向かってくれませんか?」
「その怪我なのに、か」
「それでも、お願いします」
「······わかった」
進路を変えたルネはなるべく急いで広場へと向かった。
「っと、着いたな。ここで間違いないか?」
「はい、大丈夫です」
程なくして広場に着いた。
流石に広場と言えど真夜中には人一人いない。そんな中で一際目立つ花壇は闇に紛れようと綺麗なままだった。
「降ろしてくれますか」
「大丈夫なのか?」
「無理はしません」
「わかった。降ろすぞ」
ルネの腕から抜け出したレティシアは掲示板の前へと歩く。そこには朝、見たときにはなかった新聞が一枚貼られていた。
そこにはこう書かれていた。
『ジクニア王立学院襲撃の襲撃犯、
『御影』の言っていた事は事実だった。レティシアの両親は今日の昼過ぎに処刑されてしまう。
レティシアは足元が崩れそうな心地になるが、口の端を噛み締めて耐える。ここで挫けても何も変わらないことは知っているのだ。立ち止まる愚かさを、レティシアはよく知っている。
掲示板から振り返り足を進める。
「何処へ······行くつもりなんだ」
黙って事を見守っていたルネが問いかける。
「······カルセナクへ」
「敵がいるぞ? たくさんだ」
「知っています」
「これは、罠だぞ」
「知っています」
その問い掛け全てが、もう過ぎた問い掛けだった。そして、ルネもそれを知っていて問い直す。
「それは、私の責任です。過ぎた力を·····欲望を抱いた対価なんです」
「······」
「だから、私は逃げません」
レティシアもルネも気付いているのだ。
ここまで速い対応をしてくるのは王国だけでの判断では不可能なことを。別の何かの思惑がそこには混ざっていることを。
そして、その思惑を口にした国の事も····。
「おそらく、神聖教会が絡んでいます。どこかで、私が悪魔の力を宿したことを知られたんでしょう」
「それなら、本を渡した俺にも責任がある」
「いいえ、ありません。貴方は開けるなと、忠告してくれました。それを破り、開けたのは私です」
「だが!」
「私です。他が介入する余地などは、ありません」
「っ·····」
レティシアは譲らなかった。
いや、もとより譲るものなどなかった。
(ルネさんが悪い事など、あるはずがないのです)
言葉を尽くす程度で崩せるものではないことをルネは感じた。
「······まぁ罪の所在はこの際どうでもいい。それよりもレティシアさんの今の身体で、間に合うと?」
「っ······!」
普通に移動して五日の道程を半日にも満たない時間で踏破。さらに処刑をどうにかするなら少なくとも数時間前には辿り着かなければいけない。
「得意の魔術すらまともに使えない状態だ。行ったとしてもその頃には終わってる。間に合ったとしても·····その身体でどう戦う」
「·······どうにか、します」
「どうにかって?」
「······」
返す言葉はなかった。
レティシアも理解している。今の自分では勝つ為の土俵にも立てはしないのだ。
助けられない。
それが現実だ。
そう――一人では。
「なぁ、言っただろ?」
「······っ」
びくりと肩を強張らせる。
「俺はいつも言ったはずだ」
「······でも」
一歩、ルネがレティシアに近づく。
それを思わず半歩、レティシアは下がってしまう。
「助けるって·····俺は、言ったぞ」
「でも! これは! 私がしないといけないから!」
「それでもだ!」
「っ!」
ルネに顔を掴まれたレティシアは、俯いた目を強く合わせる。
ルネの目は強く、揺るぎない。
ああ、なんて強い人だろう。
罪と罰に迫られて砕けそうな自分とは大違いだ。レティシアは自分の瞳が揺れていること感じた。
「それでもどうか··················頼ってほしい」
結局、この流れは止められなかったのだろう。
レティシアはルネを見てそう思う。彼を見ていると優しい誰か達を思い出す。
これから先、レティシアの揺れた瞳が定まることはもう、ないだろう。微笑みで隠すことはもう出来ない。
残りの人生を迷い、戸惑い、苦悩して、一人を選んでしまう。そんな物語を歩むのだ。
レティシアはそれを知っている。
だから隠したのだから。
··········ただ。
ずっと昔から、憧れていた者があった。
魔法を至高とする前。
そんな事はあり得ないと、直ぐに悟ってしまったあの頃の夢を。
あぁ。
「········どうか」
私はずっと
「どうか私を」
「助けて」
彼の胸を前に縋った。
それを聞き、
ずっと、
ずっと待っていたんだから。
だから、強く、強く、言おう。
「当たり前だ」
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