44話 儀式
「··········んっ、んん」
目を覚ましたレティシアは太陽の眩しさに片手で覆い隠しながらボンヤリとした。
(·······確か、私は能力覚醒の儀式をして、それから?)
寝惚けている頭は次第に明瞭となり、自身に起きていた事を正しく思い出した。
瘴気よって死にかけていたこと。
心の世界での肉の国家のこと
数えれば起きた出来事は少ないが、どれも当事者には苦難の出来事である。
「さて、ここは何処でしょう。ベットで寝ているということはルネさんが運んでくれたのでしょうが······」
今レティシアは何らかの建物の中にあるベットの上にいた。本来なら魔術で現在位置を把握するのだが目覚めたばかりなのと身体に変化があった場合、周りが危ないので自重している。
やることがなかったのでしばらくの間ベットの上で身体に異常がないか確めながら、レティシアは新しい能力の詳細を魂から感じ取ろうとした。しかしまだ一部しか使うことは出来ないらしく、その事に若干のがっかりはあったがそれでも強力な能力には変わりない。気を取り直したレティシアは思考加速させ能力の使い道を思案する。
どれ程の時間が経ったのだろう、思考に耽っていたレティシアの耳にドアを叩くノック音が聞こえた。ガチャリとドアノブを廻す音の先に視線を向けるとそこには食料の入った袋を持ったルネの姿があった。
レティシアが起きている事に気付いたルネは
「目が覚めてよかったよ、レティシアさん」
「ありがとうございます。ご心配をお掛けしました」
「それで、体調はどうだ? 違和感とかは?」
「そういったものは特になさそうです。········それにしても、ここは何処ですか?」
ルネはレティシアの様子をじっくりと診て、異常は今のところ無しと判断した。彼女の事だから事前に調べはしていたんだろうが、もっと自らの身を案じてほしいとルネは思った。
「······ここはカルセナクから南にあるタテムって町の宿屋だ」
その言葉を聞いた時、何故か嫌な予感というものをレティシアは感じた。それを払拭するため躊躇いながらもルネに訊く。
「あの········私は、何日ほど眠っていました?」
「あ、あ~···············四日、だな」
「········そんなに眠っていたんですか、私」
どこか呆然とした表情を浮かべたレティシアにルネは何がそうさせたのかを考える。
(眠っていた日数か? それとも大事な用事でもあったのか··········いや、しっくり来ないな。·····まぁ、取り敢えずは······)
「·······この四日間で起きたことを話そうと思うんだけど、聞くか?」
「······はい、お願いします」
今、自分がするべきは彼女との情報共有であると結論付けたルネは先程の疑念を思考の隅に追いやり、自前の椅子に座りながら
当然、レティシアも二つ返事でお願いするが自らが発した言葉の速度に愕然とした。
魔法庫に関わってからここまで、何度も頭の痛い出来事を味わっている所為なのか体と心が一致していないと今まさに実感した瞬間だった。
「そうか·········なら、話そう」
そんなレティシアの変化に気付いていながら、気付いていないかの如くスルーしてルネは話しを始めた。
□□□□
聖水を辺りに撒き終え岩に座ってから二時間経った頃、ルネはレティシアから放たれた瘴気が薄くなっていることに気がつく。
「········成功、しているといいんだが」
積もった不安を口にしながら瘴気に触れる。
「ん·······やっぱり瘴気の耐性を付けるのは難しいか」
前々から何とか欲しいとは思っていたがそう簡単にはいかない。ルネはため息を吐きながら瘴気から離れた。
(·······2時間でこれなら、あと半日ぐらいで消えそうだな)
それまで何をしておこうかと考えいた時、レティシアがいる方向から白い光が見えた。光は瞬間、大きく弾ける。弾けた光に照らされた瘴気は浄化されて消えていくのをルネは見た。後数秒ほどで残りの瘴気も消えるだろう。
それを見届けたルネは愕然とする。
あの白い光、あれは·······
「··········『窮魔光』、なんで、あそこから······」
なんでと口にしたが当然ルネも気がついている。あれは、レティシアが発したものだと。
「······条件は、満たしていないはず、だったんだがなぁ」
どこか懐かしそうに目を細めて、感情を落ち着かせる。
苛ついている人程に煙草を吸うと聴くが、なるほど、こんな気持ちだったのだなと考えては思考をずらす。
なんとか落ち着いたルネはとにかくレティシアの元に向かった。
レティシアは最後に見た時と変わらない体制で転がっていた。ルネは生きているかを確めるために呼吸、脈の確認を急いだ。
「······問題は、なさそうだな」
どうやら意識を喪っているだけのようだが心配だ、とレティシアの手を軽く握る。
少しして人のいる場所に向かおうとルネはレティシアを背負い森を駆ける。当然、抱き方は横抱き、いわゆるお姫様だっこだ。
人里の場所がわからないルネはレティシアを待っている間に人の付けた痕を見つけた。おそらく狩猟でもしていたのだろうと当たりをつけるが、こんな山奥だ、盗賊などの
しかしそれでも問題はない。
そいつらを
そう考えているルネだが別段、ルネがおかしい訳ではない。この世界ではこれが普通なのだ。
しばらく森を駆けた時のことだ。
幸か不幸か、ルネは森の中で人を見つけた。
···········明らかに盗賊と思わしき巨漢の男だったが。
(さて、ここで姿を見せるのは愚策だな。しばらく様子見が良い。付いて行けば人里に出れるかもしれないし、盗賊なら··········)
行動の指針を決めたルネは気配を消し男の後をつける。男がつけられているのに気付かないのは仕方のない事なのかもしれない。
本筋は魔術だが武術にも精通しているレティシアが一切気付かなかった隠密だ。視たところ大した武術も習得してないだろう男に気付けと言うのは酷だ。
そうこう考えている内に男は目的の場所に着いた様だった。
(······盗賊だったか。下手に接触しないで良かったな、レティシアさんが危ない)
過去の自分の行動を誉めながら次を考える。
やはり盗賊だけあって何十の人の気配をある。これらを殺すのは簡単だが、相手が居るのが洞窟というのが
何年か前に洞窟を拠点とする盗賊を相手にルネは戦ったことがあるが、やつらは最後の最後で洞窟を崩壊させて生き埋めにしようとしたのだ。無傷ではあったがしてやられた気分だったことをよく憶えている。
そんな危険な場所に気絶しているレティシアを連れていく訳にはいかない。かと言って置いておくのはルネの心情的に抵抗がある。
なら、どうするか。
(·······洞窟に入らずに敵を無効化していけばいい)
ルネは懐から幾つかの試験管を取り出す。親指サイズのそれらの中には透明な液体が入っていた。蓋を開けた試験管を洞窟の入口に投げ入れると液体が外へと溢れていった。
(·······よし、これで暫く待てば大丈夫だろう)
ルネは手頃な木に登り、投げ入れた薬品が効くのを待った。
意識を洞窟に向けると既に何人かの気配が無くなっている。どうやら早くも投げ入れた薬品が効いてきたようだ。ここ最近作った薬品だったのでルネは密かに喜んでいた。
後は文字通り、ルネは静かに時を待ったのだった。
そう時間は経たずに気配が全て消えたことを感じたルネはレティシアを抱いたまま洞窟へと足を運んだ。
入口に程近い場所に早速数人の盗賊を見つける。その全員が息をせずに倒れていた。
「······うん、ちゃんと効いてる。実験は成功だな」
その結果は満足がいくものだったのか大変嬉しそうだった。
倒れている盗賊を放ってさらに先へと進んでいく。奥に行く程盗賊の数は増えていき、遂には最後の部屋にたどり着いた。
「こいつが頭領か········若いな」
おそらく二十代前半だろう、鍛えられた肉体を持つ男が頭領だとルネは決めつける。
「さて、と!」
暴れられては面倒なのでルネは手に出した細身の大剣で男の手足を切断した。しかし切り離された傷口からは血は一切出ることはなかった。
「おっ、凝血も引き起こすのか。······まぁ、予想内だからいいけど」
だが、ルネは驚かない。
さて、そろそろルネが投げ入れた薬品を説明しよう。
簡潔に言うと、あれは肉体を仮死状態にしてしまう薬だ。イメージとしては瞬間冷凍と思っても良いかもしれない。この薬品は本来の用途として医者が手術で使うことをルネは想定していたのだが、どうやら戦闘でも使えたらしい。これがルネが喜んでいた理由でもある。
ちなみに無理矢理仮死状態にされた盗賊たちの命に別状はない。薬も三日程で切れるので問題も罪悪感も全くと言って良い程なかった。
強制的に仮死状態にする危険地帯製造薬品が
手足を切り落としたルネは男の切断面に手に出した試験管の中身を撒いた。丁寧にやる気など本人には一切ない。すると撒いた薬品は気化していく中、次第に男の傷口はまるでそこに手足など無かったかの様に消えていった。
「よし、これで良い。·······次はこれだな」
その様子を一瞥してはルネは別の薬品を男に撒いた。最早、男の扱いは植物と同じ感覚なのかもしれない。
「···············っ!?!?!?!?!」
先程までピクリとも動かなかった男は目を覚ます。本人は
男が混乱している間に別室にあったベットにレティシアを寝かしに行っていた。これから煩くなる予定であるし、ずっと抱いているのはレティシアの負担になることを考慮しての判断だ。出来ればずっと抱いていたいルネである。ちなみに散蒔いた薬品の対処も部屋中に抗体薬を放ってきたので問題ない。
「ああああああああああああ!!!?!?」
どうやら本格的に目が覚めたらしい。野太い声が洞窟に響き渡る。その五月蝿さに顔を顰めながら男がいる部屋に戻った。
「俺の、俺の腕が、足が、ない!! なんで、なんでだ!? ふざけるな!! あああああああ!?!?!?」
「うるさい」
「べぎゅ!?」
ギャアギャアと赤ん坊の様に喚き散らす男に苛ついたルネは落ちていた――落ちている訳ではなく、男の物である――棍棒で男の顔を殴り付けた。
「い゛、い゛でぇ······だ、だれだテメェエエエエエエえ!!!!?」
「だから、うるさいって言ってるだろう」
「ベッ! ガッ!? ギグゥ!?!?」
まだ喚く男に更なる
うるさくなったのはルネが男の手足を切断したのが始まりだがそれはルネの中で無かったことになっているので関係ない。
「なら、質問に答えて貰おう。ここから一番近い街は何処だ?」
「ご、ごごがらぎ、ぎだに」
「北、ね。そうか、じゃあお前らが貯めている金目の物は?」
「···········」
金の話になると黙ってしまう男。
ああ、これ言うの渋っているなと感じたルネは再び躾を開始する。躾とは相手が盲目に従うまで続けることだ。悩んでしまうなら男に対する躾は中途半端ということだ。
取り敢えず半殺しまで続けることを決めたルネ。途中、話すから止めろ的なことを言われた気がするがまだ半殺しではなかったので躾を止めることはなかった。
「あ゛、あ゛ぁ゛·········」
「ほら、とっとと話せ。金目の物の場所は?」
躾のやり過ぎで顔が変形してしまいとても聞き取り難かったが、どうやら隠し部屋にあるようだ。
「そうか、もういいぞ」
「あ゛、あ゛ぎがどう」
「ああ」
「······え?」
もう生かしておく価値が失くなった男の首を一刀両断する。なぜ、彼は生かされると思っていたのだろうか。ルネの疑問は尽きなかった。
そして金品を回収した後、レティシアを背負いタテムを目指したのだ。
□□□
「そんな感じだな」
「··········」
なんか、色んな事が起こっていたらしい。盗賊の
「まぁ、そんな訳でここからカルセナクに帰るには二日は掛かるんだ。そう急いだ所で遅くなるのは変わらないんだし、数日はここに居ようと思う」
「······そうですね。わかりました」
これで話は終わりだろうとレティシアは再び能力の思案に暮れようとした。しかし、その間にルネは覚悟を決める。
「············この、数日中に」
「?」
「·······色々と、話そうと思う。·········聞いてくれるか?」
「·····はい」
「そっか、ありがとう」
それじゃあ、とルネは席を立ち部屋にある台所へと足を運んでいった。
ふと、浮かんでいたレティシアの嬉しげな顔を見ないまま。
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