43話 覚醒
レティシアは別次元から取り出した液体で地面に何らかの魔術陣を書き始めた。
「······なんだ、その紫色の液体は·····」
「これは
なるほど、とルネは納得する。
薬師をしている身として斑草はもちろん知っていたが、使い道としては発熱や酔い止め程度だった。なので魔術関連の使用方法を聞いて色々あるのだなと実感した。
その間にレティシアは魔術陣を描き終え、その上に雷鳥の死骸を乗せた。
「それで? 今から何をするんだ?」
「力の覚醒に必要なのは強力な魔物の血です。ですので先程描いた魔術陣で雷鳥を分解、吸収します」
「危険は?」
少し迷う様に視線を動かしては「······私の潜在能力が雷鳥の力に負けなければ問題ありません」と言った。
「もちろん負ける気はありませんが、私は神獣である雷鳥の潜在能力がどれ程なのかがわかりませんので·······」
「どうとも言えない、と」
「········はい」
要は一か八かに近いことをするとレティシアは言っているのだ。危険があれば止めざる得ない、だが·······。
「そうか·········なら、勝て」
「!·····はい」
ルネは彼女に任せてみることにした。
大人として、子供がやりたいと思っていることをやらせるが当たり前だとルネは考えている。だから、正直に危険があると、そして出来ると言ったレティシアを信じようと思ったのだ。
ただ、他にも思惑はあった。
ただの人間が魔人の力を覚醒させる。正しく、前代未聞の所業だ。
その果てを、ルネは見てみたかった。自分の目的の足掛かりに成ってくれることを期待して。そう言う意味では酷く非道な考えでもあるのだろうとルネは苦笑した。
全ての準備を終わらせたレティシアは魔術陣の前に両膝をつき手を胸の前で組んだ。それはレティシアが持つ容姿と相まって、さながら聖女の様である。そして目を閉じ、魔術陣を動かす
「起動·······分解」
魔術陣の回りに淡い光の粒が発生し始めた。
いや、それは意図したのものではない。魔術陣の範囲に入った空気が一気に分解、素粒子に換わった時に出たエネルギーであった。
それを瞬時に察したレティシアは対象を雷鳥のみにし、他に影響しないようにするための魔力操作技術が足りていないことを理解した。しかし、それだけだ。その程度で終わる訳にはいかない。
光の粒を作り出しながら雷鳥を自然と取り込みやすい形へと変えていく。雷鳥は分解され大きな光の玉になりレティシアの前に浮遊している。端から見れば大きな光の玉とそこから出た粒が同じ物の様に感じるだろう。
「スー······フゥ····」
大きく深呼吸する。
勝負はここからなのだから。
「起動········吸収」
ゆっくりと発動の言葉を吐く。
次の瞬間、光の玉となった雷鳥は光の粒と共にレティシアの吸い込まれる。
「っ!?」
酷い、痛みが走った。
「うっ、くぅ!」
痛みにはかなりの慣れがあるレティシアだったがこれは痛みの種類が違った。
身体ではない。
魂が痛むのだ。
痛みに耐えかねたレティシアは地面に倒れ頭を押さえて蹲ったところにルネが直ぐ様近くに寄り、肩に触れる。
「······負けるな、レティシアさん」
見守ると決めたルネにはこう言うしかなかった。戦うと決めたのは彼女なのだから。
苦痛に声を出し、苦しむレティシアに突如として変化が起こる。
「な!?」
黒い、煙とも言える物が身体から噴き出したのだ。ルネは瞬時に離れ、それが何かを知る。
「·······
ルネは顔を
瘴気は本来、極一部の場所で、それも自然発生しかしないものだと言われている。実際にルネも調査しては同じ結論に達したのでその事はよく憶えている。
瘴気は吸うと身体が黒くなりながら壊死もしくは崩壊し一切身体が動かなくなるのだ。やがて死ぬことすら自らでは出来なくなった者は、ただ己がこの世から消えてなくなるのを待つしかなくなる。多大な苦痛を受けながら。
そんなものがレティシアから発生していることに内心驚きながら
「ふぅ、これで無暗に瘴気は拡がらないはずだ」
ルネは近くにあった手頃な岩の上に座りレティシアが居る方向を見る。本当ならレティシアに直接聖水を飲ませたかったが儀式の邪魔になる可能性を考え、止めた。苦渋の決断だった。
「······頑張れ、信じてるぞ」
応援の言葉は空気に紛れて消えていった。
ルネが瘴気を嫌い離れた後、レティシアに更なる苦しみが訪れていた。
彼女の近くの瘴気は気体から液体へと変化を遂げ、レティシアに纏わり付いていたのだ。
気体だった瘴気では一切影響を受けなかったが液状と化した瘴気はレティシアの身体に入り込み侵しては身体を黒く染めていった。全身を黒く染め終わろうとしたその時、レティシアの身体が白く発光し始める。
白い光は瘴気を内部から浄化し、レティシアの魂までも癒した。
痛みは徐々に引いていき、雷鳥の吸収も痛みが失くなると同時に、白い光と同時に消えた。
痛みが収まった所でレティシアはそのことを曖昧な頭で認識し、その場で意識を失った。
気付くとレティシアは立っていた。
辺りを見回すと雲ひとつない茜色の夕焼けに地平線の見えない海。
レティシアの心の世界であった。
「······また、ここですか」
最近はよくここに来るなとレティシアは思ったが、それ相応の危機を越えてきたのだからある意味当然の事ではあった。
ふと、気紛れに歩いてみた。
すると百mも移動していないレティシアは、足元に影が出来ていることに気がついた。大きなものが近くにある時のようにレティシアを覆い尽くす程の大きな影が。
それを見た時、辺りから妙な音が鳴っていることに気付く。ふと、耳を澄ませるとドクン、ドクンと響いている。それはさながら脈打つ心臓の様だ。
音を発している物を確める為、レティシアは
「······なるほど、これが魔人の力ですか」
国があった。
壁があり、街があり、城があった。
そこにある
だが直ぐに気がつく。形作られたその素材は普通でないと。
気になったレティシアは下へ行けと望む。その瞬間、レティシアは城壁の前にいた。そっと近付いては城壁に手を当ててみる。
「······肉、ですね」
城壁の素材にレティシアは目を見開く。
レティシアが見上げても頂上が見えない城壁、その全てが何らかの肉で出来ていたのだ。そして気付く。
「·········すごいですね。これは、生きているんですか」
そのことに気づいたレティシアは好奇心に目を光らせる。魔人の能力がほんの少しだがわかったのだ。
だがその時、レティシアの視界が白く染まり始めた。まるで見るべき物を見せ終わったとでも言うかの様に。
「時間切れですか。街の中まで見たかったのですが、仕方ないですね」
そして再び、レティシアの意識は消えた。
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