40話 積乱雲③













 神獣は、群れない。

















 これが世間一般の認識である。

 それは単体で上位の力を持っているが故、そして単体で戦うことに特化しているからだ。



 しかしルネは知っている。

 神獣が群れを作るたったひとつの例外を。



「··········千年に一度の、産卵期、か」



 笑えない冗談だ、と荒れ狂う敵意を肌に感じながら何処からともなく出した大剣を右手に持つ。


「········やはり、無理にでも転移しておくべきでしたね」

「ああ、それは本当にすまない。産卵期のことをすっかり忘れていた。まさか千年に一度のそれに鉢合わせるとは俺も思っていなかったんだ」


 どことなく遠い目をしながら《導眼》を発動するレティシアには、ただ謝るしかない。


 元々、ここまで危険を晒すことはしない予定だったのだ。あっても中位の魔物が出るかどうか、そう予想していた。まったくもって全て外れてしまったが。


「ここからは雷撃が飛んでくるから気を付けろ。奴らの雷を受ければ消し炭になりかねないぞ?」

「ええ、知っています。確か、《強制麻痺》でしたか」


 いつかの図書館で、確かこう書いていました、とその頃をレティシアは思い出す。



“赤と黄を混ぜた羽毛を持った巨大な鳥。その身は常に鳴り止まぬ雷が迸り、万物を滅す”



 ああ、嫌な一文であった。そう言わざる得ない。

 脚色を加えた主体的な物語、雷鳥を討伐した冒険者のそれはレティシアにとって雷鳥の特徴を表す一種の図鑑であり、決して心を揺さぶる英雄譚ではなかった。


 思い返しても、冒険者のそれと今見ている本物は同一の存在だとはあまりにも思えなかったのだ。



 つまりあの本の内容は、信用ならない。



 しかし、他の図鑑や文献などには等しく載っている雷鳥の特徴がある。



 それこそが《強制麻痺》。



 雷に触れた生命を強制停止させてしまう、最悪の『変覚』である。



(なにより、厄介なことに魔力すら停止させてしまうのですから、笑えない)



 そう、魔力すらもだ。

 レティシアにとってこれ以上ない程の最悪な力である『変覚』をどう攻略していくのか、それが今考えるべきことだろう。



「········言ったろう? 心配するな。生き残れるさ、簡単だ」

「···········随分と気楽ですね」

「ああ、どれだけ固まったところでやることは変わらないんだ。········なら、だ。多少気を抜いた所でバチは当たらないさ」



 天敵を前に固くなり始めたレティシアを励ますかの如く、笑いかけたルネは耳元でレティシアに囁く。

 そう、それはまるで後ろから恋人に抱きつき愛を述べる時のように。


「さて、レティシアさん。この状況を乗り切るのに役割を決めようと思う。なに、簡単なことだ。心の臓が鼓動を続けるように、な」

「·················それ、結構な重労働だと思いますが?」

「よくわかったな。大体の人間がこれに騙されるんだが········まぁ、それはいい。それで本題だが防衛は俺がしよう。レティシアさんには迎撃を担当してもらう」

「··················分かりました。迎撃だけでいいんですね?」

「ああ、そうだ。頼んだぞ」




『qeaeqeqeaaeaeaeaaaaeaeaeae!!!!!』




 ああ、やっぱり忙しい。

 ひどい嘘つきです。


 そう言っては《残風》を放ち迎撃を開始した。

 







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