38話 積乱雲
「えぇ、これをどうしろと?」
「さあ?」
魔術陣の突然の暴走により光に包まれたレティシア達は現在―――落ちていた。
祠にあった魔術陣はどうやら別の場所にも繋がっていたらしい。前回は正規の道、今回はおそらく脱出経路だったのだろう。
その証拠に上空には転移先を指定するための魔術陣がプカプカと浮かんでいる。
「いや、まさか転移先が遥か空の上だとは俺も思わなかった」
「その割にはあまり驚いている様には見えませんが?」
「経験の差だな。それにレティシアさんには言われたくない。この状況で眉ひとつ動いていないだろうに」
ゴオオオオオ!!!と音を立て、加速度的に速度が上がっているにも関わらず呑気にお喋りに興じている二人。
ルネは視線を下に向け、物珍しげに景色を楽しみながら笑う。今の注目はこれから通過するであろう積乱雲だ。
対称的にレティシアはルネよりも下で上向きになりながら落ちている。やはり表情はなく無表情だった。
「私としてはあの転移先にあった魔術陣を調べたかったですけど·········はぁ、後で空を飛ぶ魔術の開発もしないといけないですね。········そもそも空の上に置かないで欲しかったです」
「まぁ、そう言うな。土の中への転移よりはましだろう? それにほら、海も見える。昔に一度だけ見てそれきりだったけど、何時見ても綺麗だ」
レティシアの不満にも苦笑しながら受け流すルネは景色から視線をレティシアに移す。
「さて、観光もこの辺でいいだろ。今はこの状況をどうするかだ」
観光してたのはルネさんだけですよ、と言わんばかりの目をレティシアはルネへと向けては状況への打開策を考える。
そこでふと、レティシアは思い立ち、言った。
「··············ルネさんは、落ちて大丈夫な人ですか?」
「え?」
「落ちて大丈夫な人っているわけないだろう」とルネはレティシアの常識を疑い、そして閃く。
(······え、レティシアさんってこの距離から落ちても大丈夫なの?)
俺、死んじゃうんだけど、と言葉にしようとしたがレティシアは自分の言葉足らずに気がつき、付け加える。
「ごめんなさい、言葉が足りませんでした。この高さからではなく·········そうですね、数百mならどうですか?」
「ああ、その位なら大丈夫だ。多分だけど千mまでならいける気がする」
ん?とレティシアが首を傾げる。
「··········なら、ここからでも大丈夫では?」
「推定一万mを千mと一緒にするな。雲の上を通り越して地平線まで全方向見えるんだぞ?」
「無理だ」とルネは言った。
「·········なら、仕方ありませんね。では私が速度を落としますので、あとは何とかしてください」
嘘つきを見る目をルネに向けるレティシアは渋々と次善策を伝えた。
「ああ、それはいいんだが········先にあれをどうにかしないといけないな」
「あれ?」
ルネが落下方向に指を向ける。
それに釣られてレティシアもそちらに顔を向け、珍しく目を見張った。
「··········え?」
レティシアが見たのは先程までルネが見ていた積乱雲だ。
そこまでは良かった。積乱雲の中に飛び込んだとしても雷に穿たれる程度で済むからだ。
ならば何故レティシアが驚きの声を上げたのか。
「··········雷鳥、ですよね?」
「ああ」
「·······あれって確か、
「そうだな、不死鳥とか霊格とかの有名所とは数段力は劣るけど侮れない強さを持ってるな」
神獣―――雷鳥が積乱雲の中を優雅に飛んでいるのがチラチラと見えてしまったからだ。
魔物の強さを分類する三階位―――下位、中位、上位―――のさらに上の怪物達の登場にほんの少し苦い顔をするレティシアは素早く転移魔術を発動させようとする。
先程までしなかったのは高速移動中の転移はリスクが異常に高かったからだ。そのリスクを選ぶよりも何とか着地する方が安全だとレティシアは判断していた。
(あれは駄目です。不用意に手を出してはいけない)
若干の焦りを孕ませながら魔術を発動させる寸前。
「―――ちょっと待った」
ルネに止められる。
「········どうして止めるんですか? 早くしないと取り返しのつかないことに······」
「大丈夫だ」
「············なにを、根拠にそんな」
「焦りすぎだ。雷鳥はこちらから手を出さなければ何もしてこない。このまま落ちていった方が安全だ」
確かにレティシアも知っている。
雷鳥は温厚な神獣で有名だ。棲みかを横切る程度なら問題は無いのかもしれない。
だからルネが言っていることに従う方がいいのだろうこともわかっている。
しかし、レティシアの脳裏にはあの時の核獣の姿が映っていた。
―――魔王
そう呼ばれる、神獣にも匹敵する怪物だ。
だから不安が煽られている。
「·········ほら、大丈夫だから。掴まれ」
その不安を的確に見抜いたルネは安心させるべく、体重移動で先に落下しているレティシアの元まで追い付き手を伸ばす。
迷ったのは数秒か、もっと掛かっていたかはわからないが最後にはルネの胸に飛び込み、ヒシリ! と抱きついた。
不安で抱きついてしまったレティシアだが自分がしていることを抱きついた後、直ぐさま気がついてしまい耳を赤く染めていた。
その様子すら楽しげに見ていたルネは積乱雲の突入が間近に迫ったことで気を引き締める。
(さて、あそこなら雷鳥を刺激しないで通過できるだろ。問題は―――っと、それは考えても仕方ないか)
「掴まってろよ、レティシアさん!」
二人は積乱雲の中に突入した。
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