30話 軽々しい故に重い生命の選別
時刻はレティシアが眠りについた午後8時。
ジクニア王国王城では国家最高権力者が今日も忙しく働いていた。
アーノルドが使えないとわかった今、彼に重要な仕事を回させるわけには行かない。よってその皺寄せが国王には来ている。寝ている場合ではないのだ。
ただ、何も仕事を回さない訳ではない。要は重要でなければいいのだ。だから国王はアーノルドに雑務中でも特に嫌われている部類のものを選別して割り振っていた。
別に嫌がらせをしているのではない。それが効率的だと考えているからこそだ。
カリカリとペンが走る音しかない執務室に扉を叩く音が響いた。
「入れ」
「はい、失礼いたします」
入ってきたのはもう70歳はいったであろう老人だ。
「ワルゼか。何の用だ」
「ホッホッ、少し耳にいれたい情報がありましての。お時間、頂けますかな?」
止まることのなかった筆を持つ手が止まり、顔を上げる。
「―――緊急の用か」
「流石は賢王。その通りでございます」
朗らかに国王を誉めるワルゼだが笑うことはなかった。その様子に国王は鋭く目を細める。
「言え」
「では先程、【誓領国】から『伝教具』で連絡がありました。――神託がおりた、と」
【誓領国】からの神託宣言。
それは『天四大国』も無視できないものだ。
しかしそれも当然と言えるだろう。神託がおりる、ということは何処かで無視できない異常が起こっていることを指しているからだ。
それを知っている国王は思わず舌打ちをする。あまり感情を出さないことで有名なこの御仁でも受け付けないものだったのだろう。
「で? 内容は?」
「······それですが、カルセナクで起こっているようで······」
理解出来ない、そう顔に描いてあるように見えるほど、ワルゼは苦々しい顔をしていた。
「······どうした、早く言え」
「······レティシア・ネイアを殺すことで解決する、と」
その言葉を聞いた国王はほっとする。
「ほう、解決法はわかっているのなら早いではないか。なら、何故言いずらそうにした?」
それと同時に解せない態度を取ったワルゼに聞いた。
「·······今回指定されたレティシア・ネイアのことを少し調べてみたのですが、その者はまだ年端もいかぬ少女だったのです」
「調べた?」
「はい、彼女は学院に通っている生徒でございました」
「··········なるほど、だから歯切れが悪かったのであるな」
ワルゼの言い分はよくわかるものだった。学院に通っているということは成人していないと言っているようなものだ。
そんな少女が何をするのか、ワルゼはそう言っている。そしてそこには【誓領国】の不信も多分にあった。
たが、それに理解を示すだけだ。
肯定はしてやれない。
国王はふぅ、と息を吐き空中に向けて言い放つ。
「·········『常闇』」
「はっ」
瞬時、国王の隣にガタイの大きな男が跪いていた。
「話は聞いていたな」
「はい」
「お前達の中から一名を選出してカルセナクに送れ、選出はお前に任せる。任務は『レティシア・ネイアの殺害』だ」
「了解しました」
「行け」
「はっ!」
音もなく消える。それを見送った国王は再び書類仕事へと戻った。
「『常闇』を使うとは珍しいですな」
「あれはこんな事態でなければ使い道が少ないからな。·······それに
沈黙が滞る。
その言葉の意味を知っている二人だからこそ口を閉じざる得ないのだ。
□□□
ジクニア国王王城の何処かに『常闇』はいた。
「仕事だ」
「へぇ、俺等に頼むとは珍しい」
「本当に、そう」
「でも大概面倒があるよ?」
「それはぁ、仕方ない、ね」
「·········」
六人の男女が寄せ集まり、意見を交わす。
「で、だ。誰が行くかだが·····」
「決まっている。俺であろう?」
「あ~、私は、パスで」
「僕はどちらでも」
「あまり乗る気は、しない、ね」
「·······却下」
あまりにきな臭い仕事に内二人は完全に行かないと言ってしまっていた。それに話の司会者は青スジを浮かべるが口には出さない。
「·······『調教師』、貴様に言ってもらう」
「当然だな。俺にやらせれば問題など起きない」
乗る気であった者からひとり――『調教師』と呼ばれた男が行く事になった。
「任務は先程話したとおり、『何をしても殺せ』。それだけだ」
「ああ、我ら『常闇』の誇りに掛けて」
―――くっ、あっはっはっは!!
哄笑しながら『調教師』はカルセナクに出発するため動き出した。
レティシアを殺すために。
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