25話 信用は安らかな眠りの子守唄ですね。
食べ終わったレティシアを確認してルネは話しかける。
「さて、これからのことで確認したいことがあるんだが、いいか? 内容自体は直ぐに終わる」
「はい、こちらにも聞きたいことはありますので構いません」
レティシアは今すぐ寝たい気分であったが次、いつ起きれるかはわからなかったので聞くことにした。
レティシアの返答にひとつ頷き口を開く。
「レティシアさんには少なくとも2、3日以上は休養してほしいと思ってるが、どうだろう」
「······ひとつ、聞きたいのですが···今、学院はどうなっていますか?」
ルネの提案をひとまず置いて、質問する。
レティシアの予想では特に問題は起こってないはずであるが、万一があった場合にはここで呑気に居るわけにはいかない。
「·················はぁ、言わないと直ぐにでも出ていきそうな雰囲気だな」
溜め息を吐くと、次いで苦笑をレティシアに向ける。
あまり言いたくはなかったんだが、と前置きをして真剣な顔をしながら言う。
「現在学院は封鎖状態を保っている。今までなかった侵入を許してしまったのが原因で、だな。それに······生徒は結構な数死んだみたいだ。」
「······故人の名前の一覧などは···」
「ない·····と言うよりも、今も捜索中と言った方がいいか。聖騎士団が協力して情報を隠している、なんて噂だ」
「そ、うですか」
表情は相変わらず変わらないが、しかし隠しきれない感情が雰囲気と言葉に出てしまっている。
「······心配な相手がいるのか?」
「······いえ、大丈夫です。彼女は、強いので······それよりも知りたいのは侵入者の方です」
はて、と頭を傾げるルネ。
「······何を知りたいんだ?」
「侵入者の行方です。捕まったのですか?」
「いや、誰ひとりとして捕まりも死んだりもしていない」
「·········侵入者の目星については?」
「それも全くだな············いや、違うな。判ってて言ってないだけか」
後半、ぼそりとレティシアには聞こえない音量でルネは呟いた。
「······っと、それで質問はもういいのか?」
「はい、ありがとうございます」
「そうか······じゃあ話を戻そう。それで、どうだ?」
休んでくれるよな?と言外に問いかけてくるルネ。
だがこれもレティシアを心配しての提案なので無下に出来ないしする気もない。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いできますか?」
「もちろん。レティシアさんがいるだけで俺の屋敷が華やかになるからな、是非いてくれ。」
「···ふふ」
おどけるルネを見て、思わず笑ってしまう。おかしかった訳ではない。
ただ、わかってしまったのだ。
ルネはそこまで器用な人間ではないと。そうにも関わらずレティシアの為に器用を演じていると。
(カルナ以来ですね。私の為にここまで気遣って、頑張ってくれる人は······)
嬉しかったのだ。
だから笑ってしまった。
そして同時に思う。
(この人は信用しても大丈夫ですね)
ルネに意識を戻すと何故か意外そうな顔をしてレティシアを見ていた。
「どうしました?」
「······ん?ああ、ここに来てやっとまともに表情が動いたからな。少し驚いただけだ」
「そうですか」
「ああ······これで俺の話は終わりだ。悪かったな長引いて。他に何もなければ俺はもう出ていくけど、あるか?」
椅子から立ち上がり、ベットから起き上がっているレティシアを見下ろしながら言った。何もない、ありがとう。そんな趣旨の言葉を吐こうと口を開こうとしたが、ふと、そう言えばと思いつき喋る内容を変える。
「···ええ、ではひとつお訊きしたいのですが······答えてくれますか?」
「何でも聞いてくれ。隠すことはないからな」
頷き、軽く腕は広げながらレティシアの質問を待つ。
それを確認した彼女は胸元を強調するようにベットに両手を置き、上目遣いでルネを見ながら言った。
「······私に、この服を着せたのは、貴方で「さぁて!? ちょおおっと忙しいから急ぐことにしよう!!悪いな、質問はまた今度、レティシアさんがそのことを忘れた頃に頼む。じゃあ!」·····す、か?」
凄まじい速度でレティシアが言い終わる前に捲し立てて逃げていった。
レティシアは余程このことに触れられたくなかったのだな。とひとり納得する。
面白そうなんて理由だけで遊ばれたルネであった。
「······ふあっ·····ふう·····」
眠気の限界を伝えるためにアクビをしてしまう。もうしばらく休もうとベットに身体を預けゆっくりと目を閉じる。
(――今日は、安らかに眠れそうです)
何の抵抗もなく、レティシアは穏やかな眠りについた。
□□□
その頃、ジクニア王国王都ジーニステアでは都市カルセナクで起きた出来事を知ったジクニア国王は聖騎士団の責任者である第二王子アーノルド・フェラ・ジクニアを自らの執務室に呼び出した。
執務室は入り口の真正面にデスクがあり、そこで国王は落ち着き払ったようすで座り、アーノルドはその目の前で両手を後ろに組み直立不動の体勢でいた。
「それで、どういうことだ? 何故学院に侵入者などが出た」
「········申し訳ありません、陛下。どうやら数年見ぬ間に聖騎士の練度が落ちたようで······私の失態で「誰がそんな上辺だけのことを聞いた? 私が聞きたいのは、あの組織――『愚者の軍勢』に依頼した理由だ」······」
先程まで爽やかな笑顔をしていたアーノルドは不意に表情を消す。
『愚者の軍勢』はジクニア王国で出来たスラム街の住人が集まり出来た組織だ。出来た目的も居る場所もわかっていない。
判っていることは何千という人員がいること。それを束ねる13人の幹部がいること。そして『愚者の軍勢』に依頼する方法だけだった。
「·········どうして、わかったので?」
「ここは私の国だぞ。貴様のやることなど筒抜けだ」
言外に監視していると言われたアーノルドは苦虫を噛み潰したように渋面を作り、言葉を探す。
「下らん言い訳などするでないぞ」
同時に国王に釘を刺されてしまい、言葉を潰されてしまう。
暫くだんまりをきめこもうとしたアーノルドを察したのだろうか、国王は時間の無駄だと言わんばかりに机に重ねられている書類に目を向け、捌き始めた。
「っ!······」
屈辱、そんな顔をした。
元来アーノルドは傲慢な人間だ。だがそれは権力の頂点である王族に産まれたからではない。
そもそもジクニア王族は5歳まで王族らしい生活をすることはない。
基本は中堅層の貴族程度の生活を強制させられる。
その頃からアーノルドの性格の核は出来上がっていたのだ。つまりは、例えどんな対処をしたとしても変わりはしないだろうと言うことだ。
そして現在、プライドを刺激され激昂寸前だった。
他愛ない出来事、いなくとも何も変わりない存在と示されている。それがどうしようもなく癇に触れる。
だが実際はそうではない。
確かに王族として必要であったから
大国であるジクニア王国は慢性的に人手不足に陥っている。だから
だがそれを知らないアーノルドには関係ない。
国王に――この国の頂点に殴りかかろう。そう脳が指示を出す直前、止まる。
そしてニタリと一瞬笑った後、すっと顔を戻し国王に話す。
「陛下、私が『愚者の軍勢』に依頼した理由、でございましたか」
「······ああ、そうだ。私はそれが知りたい」
話し始めたアーノルドを見た国王は目を細め、うむと何かを理解したようにひとつ頷いた。
「今回の一手で『愚者の軍勢』のリーダー及び幹部を明らかにするためです」
「ほう、なるほど。·····それで、わかったのか?」
「全てとはいきませんでしたが13人中3人程は·····」
国王はアーノルドの言葉に片眉を気付かれない程度に上げた。
「そうか、なら話せ」
「はい······まずリーダーは【愚者】ファーブル・リグマスと言う、白髪で大柄の男とのことです。······次に【黒天】リヒト、そして【鉄人】ノクアです。こちらの二人は、申し訳ありません。名前だけしかわかりませんでしたが······」
「うむ······」
話し終わった後に悔しそうに首を横に振るアーノルド。
聞き終わった国王は俯いて考えを纏めようとしている最中、アーノルドはひっそりと嗤う。
やがて顔を上げた国王はそれからについて話す。
「だが、それが分かったからと言って罰をなしにとはいかない。アーノルド、お前は暫く謹慎だ。いいな?」
「······御意に」
深々と頭を下げる。
「なら、下がれ」
「······失礼しました」
アーノルドが退室した所を見送った国王は椅子にもたれ掛かり、息をゆっくりと吐き出した。
「······奴め、喰らおうとして喰われおったな。しかも己が操られていることにすら気がついていないと見える······先程の情報も充てに出来んな······」
苦々しい顔をして呟く。
そこにアーノルドが『愚者の軍勢』に操られていると判り辛いと思う顔はなく、あるのは国を安定させる為の人員が減ったことに残念だという思いだけだった。
□□□
「クソがっ!? クソクソクソクソクソ!! あの老いぼれがぁ!!! こっちが下手にいてやってるのをいいことにぃ!! 調子に乗りやがって! クソォ!?」
目についた全てに八つ当たりしながら叫ぶアーノルド。しかし部屋は防音なので外には何一つとして聞こえていない。
しかし、そこで――
「いつまでぇ、暴れているのかなぁ?おうじぃ」
――あるはずのない緩い声が、届いた。
「······あ?ああ、セルティナか」
「そだよぉ、かわいいかわいいセルティナちゃんだよぉ」
ピンクの髪をツインテールにした小柄の女が怠そうな顔をしながらソファに寝転がっていた。
「ほらほらぁ、王様になりたいんでしょお?そ~んな態度でいいのぉ?」
にやにやとアーノルドを見ながら協力する
「うるさい! そんなことはわかっている!」
キッとセルティナを睨むが彼女はにやけることは止めずにその視線を受け止める。
暫く睨み合いが続いた。
先に目を逸らしたのはアーノルドだった。
睨み合いに時間で冷静さを取り戻した彼は長引くだけ自分の不利を増やすことになることがわかり、引くことにしたのだ。しかし己が引かなければいけないことに苛つき、それを消すように舌打ちをひとつした。
「······それで、何の用だ」
「判ってるくせにぃ。私達のお蔭であの場で殺されずに済んだのにぃ、そんなでいいのぉ?」
図星だった。
確かにあの場でアーノルドが
あの時、その状況を避けるのを手助けしたのがセルティナだった。
しかし、分かっているが、それ言われるのはプライドが許さない。先程よりも険しく、殺意のこもった瞳でセルティナを凝視した。
「ならぁ、早く座りなよぉ。始められないよぉ?」
「ちっ、わかっている!」
どしどしと床を踏みつけながらソファの前に置いてある椅子に荒々しく座る。
「よっこらせっと······じゃあじゃあやろっかぁ」
セルティナはアーノルドの後ろに廻り、両肩を掴んで言った。
「早くしろ」
「も~う!君が遅かったんだからねぇ······じゃ、目を閉じて」
言われた通りにアーノルドは目を閉じる。
両手を包むようにアーノルドの後頭部に近づける。すると突如セルティナの手に黒い靄が産まれアーノルドを覆う。
「·······いいかなぁ? 今から言うことをちゃぁんと聞いてぇ、やるんだよぉ」
「······ああ」
「まず一つ目がぁ、聖騎士団にぃ、学院の捜索を長引かせることぉ」
「······わかった」
「ええっと、二つ目がぁ、
「······わかった」
「ん~、いいこだねぇ」
手を下げたセルティナは再びソファに寝そべる。だがアーノルドの頭には靄が架かりっぱなしだ。
「あー疲れた~」
「――ああ、よくやった。セルティナ」
返ってきた声にセルティナはピクリと肩を動かし目を向ける。
そこには大柄で白髪の男が立っていた。
「ああ~、リーダーだぁ。何しに来たのぉ?」
「セルティナがしっかりと働いているか見に来たのだ。」
えー酷いぃ、と言いながら足をバタつかせるセルティナは不意に真面目な顔になる。
「ちゃんと言われた刷り込みをしておいたよぉ。後、ルネ・アペシスに関しても独断でやっておいたけどぉ、いいよねぇ?」
「·····いいだろう。今、奴が王都にいないことは判っているからな······ここにいないのなら計画に支障はない」
「······まぁ、そうだよねぇ」
その緩い返答に男は窓から見える月を見ながら宣言する。
「―――我ら、『愚者の軍勢』の悲願への一歩目の始まりだ」
【愚者】ファーブル・リグマスは、高らかに、厳かに、言った。
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