26話 彼の願いを叶えんが為に・・・
あれから三日後、レティシアの身体は完全に治った。
正確に言えば身体自体は二日で治り、一日をリハビリに費やした。······リハビリは身体を限界まで酷使するような武術の特訓だったのでルネにとんでもなく怒られていたが···。
「それじゃあ、行くか」
「はい」
カルセナクに帰るレティシアを送るためにルネもついてくることになった。
レティシアはしなくていいと言ったのだがルネは 「街で買うものがあるから丁度良い」と言った。そう言われるとなにも言えないので、ありがたく送ってもらうことにしたのだ。
今現在レティシアが着ているのは黒のテールスカート――前と後ろの丈が違うスカート――に長袖の白シャツだ。シックな装いがレティシアの銀髪に映えておりどことなく可愛らしさが増したように感じる。
ちなみにこの服飾を作ったのはルネだ。そもそもこの屋敷に女性物の服はない。
ボロボロの制服しか着るものがないレティシア。こんな美しい女性に自分の服など着せられないと十分で作ったのがあのワンピースとカーディガンだ。
しかしそれだけでは足りないと言わんばかりに服を作っていく。
その結果、この三日間でレティシアの着る服は十着にまで増えていた。三着目辺りでもう作らなくていいとレティシアは言ったが自分の我が儘だからと言って聞かないルネは聞き届けることはなかった。
そんなこんなで帰り際に持つ荷物は半分程が服となっている。
その荷物は黒の長ズボンに赤いシャツその上にロングコートを着たルネが持っている。
二人は並んで道を走る。
周りから見ると全速力で走っているような速度だが二人はこれでも軽く走っている。
レティシアは魔術で身体を強化して、ルネは信じられないことに素の身体能力だけで走っている。
「あの······どうやって身体強化した私についてきているんですか?」
「ん? どうって、普通に走ってだけど」
こんなことは当たり前だと言いたげなルネを綺麗な眉をひそめながら見るレティシア。
「つまり、魔法や魔道具で強化したとかではない、と?」
「ああ、そうだ」
「·······馬鹿げてますね」
「よく言われる」
罵倒とも取れる発言を苦笑しながら受け入れるルネはそっとレティシアを観察する。
魔術を見る機会は少ないので見ておきたかったからだ。
(魔力の流れが綺麗だ。余程練習したんだな)
流麗に動き続ける魔力に感嘆を洩らす。自らに劣らない魔力の操作は多分に才能を感じさせられるとルネは再び苦笑を禁じ得ない。
ふと、ルネはカルセナクに意識を向ける。
「···········レティシアさん······少し、急ごうか」
「······わかりました」
ほんの少しだけ険しい顔をしたルネを見て何かを感じ得たのだろう。何も聞かずに了承する。
そして二人はさらに速度を上げた。
□□□
二人がカルセナクに着いたのは半日後だった。都度ルネがレティシアの為に無理矢理休息を取らせたりしての時間なので実質その半分程度だろう。
「······それで、レティシアさんの家はどっちだ?」
「こっちの道沿いにあります」
レティシアは街並みを眺めながら――なんて感傷的なことはせず、真っ直ぐに自宅に向けて歩いていく。
それについて来ているルネはここでも苦笑してしまう。命懸けでの生還を達したにも関わらずのこれである。薄々と気付いてはいたが、本当に他人に興味が無いのだと悲しい気持ちになった。
二人で肩を並べて歩き暫くすると、都市の中央近くの一等地に着いた。
「ここですね」
「······へぇ、良い家だな。俺の屋敷より少し小さい位か、いやだけど土地を考えると大分と金が掛かってるはず······と、それはいいか。ほら、行きな」
「······貴方はどうするのですか?······もし、よかったらお茶でも·····」
小首を傾げながら見上げるレティシアにルネはほんわかした気持ちになった。
表情は無くとも可愛さは失われないのだ。
「······悪いな。急用が出来たんだ。もう行かないと···」
是非ともご相伴に預かりたかったが
「そうですか······なら、帰る前に一度寄ってくれませんか?」
「ああ、その位なら·····2、3日は掛かるかもしれないけどそれでも良いなら」
「構いません。ありがとうございます」
了承を貰ったレティシアは丁寧に頭を下げる。久々に信用出来る人が出来たのだ。ここで縁が切れるのは余りに惜しい。
「ほら、ご両親もレティシアさんに逢いたがってるだろうし、早く家に入りな」
「······はい、では···また」
「ああ、じゃあな」
ルネは扉の前で手を振りながら見送ってくれるレティシアに手を振り返しながら
それを見送ったレティシアは扉を開ける。
「―――ただいま」
嗚呼、そうだ。
話をしよう。
きっと、三人にとって楽しい時間になるはずだから。
空気を切り裂くように歩く。
なるべく人が来ない場所まで。
辿り着いたのは家の間に出来たそこそこ広い路地裏だった。
そこでルネは立ち止まりボンヤリと空を見上げた。
「······はぁ」
溜め息を吐き身体から力を抜いていく。
刹那、身体を独楽のように回転させる。キーンと地面と金属が削り合う。
黒ずくめの男がルネに向けて剣を振り下ろしたのだ。ルネは回転しながら左腕で男の側面を殴打する。
「がはっ!」
そのまま壁に叩きつけられてしまった男を見ながらルネはゆっくりと男の方へと歩いていく。
それに気がついた男はすぐさま立ち上がり剣を片手に突っ込んでくる。両手で持った剣を振りかぶるのに合わせてルネはカウンターを狙う。
「死ね」
「断る」
瞬間、ルネの拳が男の顔にめり込み、床に叩き付ける。
「······うわっ、きたなっ!」
男の脳は四散し、辺りにビシャリと血を撒き散らしていた。飛んだ血はルネのズボンとコートを汚した。ビクンと身体は痙攣しているのを見て、ルネは顔をしかめる。
「······それで、これだけじゃ、ないだろう?」
唯一の道が塞がれる。
影が差すのを感じ、上を見上げると囲むように人影があった。
―――何十という黒ずくめの集団がルネを囲む
「······ルネ・アペシス。貴様は、死ね」
「お前達は同じ台詞しか吐けないのか? もう少し本でも読めばマシな言葉が喋れるようになるかもな」
「っ······やれ!」
黒ずくめのリーダーと思わしき人間が合図を出し、一斉にルネへと向かっていく。
「死んでも、文句言うなよ」
いつの間にかルネの手には細身の大剣が握られていた。
幾人が息を合わせたように剣を振り下ろし、振り上げ、横凪に剣戟を放つ。しかしルネは自然体のまま動こうとしない。
チャンスと言いたげに狂気的な笑顔を浮かべながら勝利を確信する黒ずくめ達。
あと、数秒ともせずに刃が当たるところにいるのだ。躱せる筈もない。
しかし、見えてしまう。
否、見てしまう。
―――凍えるようなルネの冷たい瞳を。
ぐしゃり、音が鳴る。
最初、ルネが切られてしまう音かと思った黒ずくめ達だが数瞬後、気付く。
異常が起きているのは自分達であると。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!?!?」
「な゛、な゛んでぇ゛ぇ゛ぇ゛!」
「い゛だい゛、だ、だずげぇ!」
五人の両腕が捻れたようにあらぬ方向を向いている。そして三人の頭から胸にかけてが捻り潰されていた。
周りは唖然とした空気に満ちていたがその中でルネはまだ生きている五人に向けて大剣を横凪に放つ。
まるでバターを切っているかのように抵抗なく切れていく様子を見守っていたリーダーは急いで次の指示を出そうとする。
「は、早く奴を殺せ! 数で押せば必ず殺せるはず」
「そう簡単にいくわけないだろ」
「なっ!?」
屋根の上にいたリーダーの前には剣を振りかぶっているルネがいた。ほんの一瞬、意識から外した隙にここまで近寄られたのだ。
「はっ!」
「うぐっ!?」
力強く振り下ろす。
しかし、必死の回避により片腕を犠牲に生き残るリーダー。切られた切断面を押さえ血が流れるのを押さえる。だが痛みに怯んでいる隙をルネが逃す理由はない。
「ガッ!」
リーダーと横並びになり、突き落とすように剣身で吹き飛ばす。浮いたリーダーの男が落ちる瞬間、ルネは空中で再び剣身を振り下ろし地面に当てて潰すように殴り付ける。
ズドォォォォン!!!!
衝撃で床が、建物が揺れる。
叩き落とされたリーダーの男は苦しげに陥没した穴から這い出ようとしたが
「···うっ、ぐはっ! はぁ····はぁ······な、なんて、強さだ」
「そんなお前達は弱いな。こんな戦力で俺に立ち向かおうとするのは、自殺行為だったな」
少し離れた場所にルネはいた。コートをはためかせながら片手で持っている大剣を振ると放射状に血が飛び散る。
ルネの言葉に辺りを見回すと連れてきた全員が殺されていた。
それは首だけを。
あれは右肩から袈裟斬りに。
これは磨り潰されて原形がない。
どれもこれもが何の抵抗も出来ずに死んでいったのがわかる。
わかってしまう。
「······それで、何で俺を襲ったんだ?」
「····き、さまぁ! なにも、何も知らずに我らを殺していたのがぁ゛!!」
リーダーの男は激昂する。
この男は
罪深い、あまりに罪深すぎる。
「―――そうだが?」
「――は?」
「勝手に襲ってきたのはそっちだろ? 俺はお前達に何かした覚えは、ない」
ポカンとした顔でその堂々とした言葉に一瞬、男は呑まれてしまうが、すぐに言い返す。
そしてそれはルネにとって予想外の内容だった。
「······だ、だが貴様は我が一族の――へリセス一族の遺跡を襲ったではないか!! その為に姫様を、姫様を拷問し! 殺したではないか!!」
それを聞いたルネは目を見開く。
「―――お前達は、あの一族の者だったのか。·········だが、待て。あの姫を拷問? 俺に求婚してきた姫が、殺された? ······どういうことだ」
「ぎ、ぎざまぁ゛!? まだしらばっくれるかぁ!?······グボォ゛!?」
血走った目でルネを睨む男は、遂には目から血涙を口から血反吐を流し始める。
「し、しんで······じんでぇじまえぇ!?!?····し·······で······ぇ゛·······」
怨嗟の叫びを吐きながら男は死んでいった。
死んでもなお目を開き、恨みの籠った瞳を向け続けていることに、その
「······貴方の恨みを必ず、晴らしてみせよう。······姫は、俺の友人でもあったから、な。······だから、安心して眠れ」
シャン! と柄で打ち付け音を鳴らす。
「『汝の残念よ、旅立ちたまえ。』」
シャン! と再び打ち付ける。魔力は錫杖に集まり始め、淡い光を灯す。
「『汝の願いよ、叶いたまえ。』」
シャラン! 音が魔力となり周囲に伝播する。撒き散らされる魔力は物質――つまりは石や木々など、そしてこの場所で死んでいった者達の死体に同調し、それらは光を灯し始めた。
「『汝の魂よ、救われたまえ。』」
この場にあるのは光だけ。
それは確かに、誰しもが救われる領域であると、心から言える場所となったのだ。
終わりの言葉。
最期の、祝福を口にする。
「【
「·····幸福を」
目を閉じて、祈る。
誰かにではない。
己に信念に、だ。
目を開けるとそこには死体も壊れた通路も屋根も撒かれた血の跡すら無くなっていた。
「······何が起こってるんだ」
ぼやきながら再び
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