23話 木漏れ日を受けて目を覚ますなんて、とても幻想的ですね。
縦横10mはある木製部屋のベットで、ひとりの少女が眠っていた。
一切動かずに穏やかな顔をしながら眠っている少女は少し痩せ気味だった。身体を動かしていない人間が陥る症状だが、そんな彼女はそれでも美しい。
整いすぎた顔立ちと枝毛が一切ない銀色の髪がそれを助長させている。
それは一種の隔絶された芸術のように退廃的な色気があった。
ふと、ベットの真横にある窓から雲と木々て
隠されていた光陽が少女に向けて木漏れ日を落とす。
「んっ······」
暖かな日差しに顔を嫌そうにして少し歪める。
ゆっくりと目を開け、赤い瞳を覗かせた。起きたばかりだからか、少女はぼんやりとした顔をしながら天井を見続けた。
再び、眩しい光陽に襲われた少女は顔をしかめている。
「·········ここは、どこでしょう?」
少女――レティシア・ネイアは意識が浮上している最中に、ふと呟いた。
視線をあちこちに移し現状の確認を繰り返す。
見れば小さい物置台にランプが、部屋の隅にはタンスがあり、床は明るい茶色の絨毯が敷かれていた。次いで、どうやら私はベットで寝ているらしい、とどこか他人事のように簡素な分析をした。
ゆっくりと身体を起こすと気づく。
「傷が、ない? あれは早々直せる傷ではなかったはず······」
レティシアの身体には一切の怪我はなくなっていた。
しかし疑問が残る。
四肢の骨折や臓器の損傷も魔法では直せない。簡単な臓器の炎症や骨折程度なら魔法でも直せるがレティシアのそれは魔法では直る見込みのないものばかりだった。それらを直せるのはレティシアが知る範囲で魔術だけだ。
なら奈落から助けてくれた人は魔術が使えるのだろうか?と興味を持つ。
また、それがなくとも救ってくれたお礼も言いたいと思っているので、待つのもそろそろ飽きてきたレティシアは探すついでに探検でもしようと立ち上がる。
特に理由なく下を向くとハッと気付いた。
「服が違います」
数多の戦いでぼろぼろになった学院の制服から雪の様に真っ白なワンピースの上に青色のカーディガンを着ていた。
「········ま、まぁたぶん大丈夫ですよね」
少し早口に言ったレティシアはドアノブに手を掛けて、開く。そこは通路で左右に道が続いていた。一定間隔で窓があり、それが太陽を呼び込み明るく照らす。
ホコリが全くない木製の通路を見て、メイドでもいるのかと思ったレティシアは左に進んだ。選んだ理由は特にない。
ゆっくりと歩いているとくらりとふらついてしまう。もしかしたら結構な時間を寝ていたのかも知れないとレティシアは申し訳なく思った。
リハビリ気分で先程よりもゆっくりと歩いて体調を戻していく。このように歩くのは久しぶりに感じて新鮮だと考えながら窓の外を何げなく見た。
芝が這える場に一本の大木があった。それを見ていると不思議と落ち着きが生まれることを実感する。
「······あれは······」
その下に、人がいた。
巨大な木の根元に座り込み本を読んでいる。容姿や性別までは判らないが確かに人がいたことで少し、安堵の吐息を吐いた。知らない内に人に焦がれていたのかもしれないと奈落での出来事を思い浮かべながら、ほんのりと苦笑する。
いる場所がわかるのなら話しは早いとばかりに外への扉を探すことにした。
幸いに扉はすぐに見つかり裸足で芝の上を歩く。こんな経験も初めてだなと思い、また少しだけ楽しくなった。
大木に近づいていくと目的の人も見えてくる。建物の中では見えなかった容姿などもわかるようになってきた。
ダークブラウンの髪に中肉中背の体格の男が本を太ももの上に開きながら眠ってる。
まだ暑い季節だからだろう。黒いパーカー付き半袖を着ていることに気付いたが、レティシアはそこには興味がなかった。
あと10mといったところで停まる。ここが自分が居て良い場所とわかっているからだ。
男はまるで眠っていたのが嘘のように自然にこちらを見た。
「···ああ、起きたのか。······体調はどう? 気分が悪いとかないか?」
「ええ、少しふらつく程度なので大丈夫です。······えっと、質問ですが、貴方が私を助けてくれたで間違いありませんか?」
「ん?ああ、そうだよ、俺が助けた。······あんな場所で倒れてたんだからビックリしたよ。」
苦笑気味にレティシアを見つけた時の感想を話す。それを聞いて苦笑された本人は、表情こそ変えてはいなかったが内心とても恥ずかしく感じていた。あの程度の事態を対処出来なかったのは失態だと認識しているからだ。
「改めてまして、レティシア・ネイアと申します。助けてくれてありがとうございます。」
「はは、どういたしまして。俺はルネ・アペシス、冒険者だ。」
レティシアの自己紹介と感謝の言葉を聞いた男ルネは随分礼儀正しい娘だな、最近の娘等はこんな感じなのかな?と思ったが拾った時の服装を思い出して考えを改める。
(そうだった。この子学院の生徒だったな。なら礼儀作法とかも習ったりしてる、のかな?)
どうでもよさそうなことを頭に浮かべながら言葉を探す。
「そうやって立ってるとしんどいだろ?こっちに来なよ」
間を持たせるように隣に誘う。実際、ふらつくと言っていたので心配だったのだ。これなら望みを二つ同時に叶うので良いだろうとルネは思った。
「······そう、ですね。·····そうさせて貰います。」
身体を気遣ってくれたことも間を持たせようとしていたことも気付いていたが知らない振りをしてしれっと答えたレティシアは先程と同じくゆっくりと歩きながらルネの隣を目指した。
「失礼しますね」
ルネの隣に座ったレティシアはふぅ、と吐息を漏らす。こうして落ち着いて座っていると木の影と自然の風のおかげかとても快適だった。
ルネはその様子を見て、やはり疲れは取れていないと分かり、しばらくは安静にして貰いたいと思った。
「そういえば、ここはどこですか?」
何かあっても問題ないように現在地を訊いたレティシア。しかし本心は確認だった。
この男は信頼はともかく信用できるのか。それが今一番知るべきことだと思ったが故の問いかけだった。
「ああ、ここは都市カルセナクから少し出た山の頂上だ」
そんなレティシアの思惑など気付かず平然と答えるルネ。その顔をじっと見ながら聞いたレティシアは取り敢えずは問題ないかな?と結論付けた。ルネには他の男がレティシアに向ける邪心があまり感じ取れなかったのが決めてだった。
少ない邪心はどうしようもないとレティシアも納得しているのだ。
「なぜ、こんな所に家を作ったのですか。生活するなら都市内に入れば良いでしょうに。」
「ズバリと言うな。······そうだな、こんな風に自然の中にいるのが好きだから、かな」
楽しそうに笑いながら答えるルネ。それに嘘はなく、ただただ好きなだけと理解させられる態度にレティシアは多分の無関心と少しの呆れを心に滲ませた。
「レティシアさんは自然が嫌いか?」
試すように語り掛けられたレティシアは自分がどう思うかを考えた。
「······嫌いではない、ですね。しかしこんな風に町の外で暮らしたいと思えるほどではないです」
「あはは、まぁそうだよな。」
レティシアの返答を聞いても一切揺れない言葉を吐くルネ。あぁ、そうだったと言ってレティシアに質問した。
「なんで、あんなところに、レティシアさんはいたんだ? 普通の人はまず入れない――いや、見つけられないような場所に」
風で草木が揺れる音を聴いていた所の、いきなりの質問だったが特に慌てることはなく密かに息を吐く。
屋敷でルネを見たときから、いずれ聞かれることだと分かっていたレティシアは考えた通りの言葉を話す。
「入れそうだったので入りました」
「え?·······」
「いえ、ですから入れたので入ったんです」
え?何言ってるのこいつ、みたいな顔をしたルネを見て分かっていないのかな? と繰り返し言ったレティシア。
「本当に見つけれたのか? あそこの入り口を?」
「はい」
「············待てよ?レティシアさんは
真剣な顔をして訊かれたレティシアはなるほどと納得する。
(彼はおそらく、魔術は使えない。それに魔法庫へは図書館から入っていないのでしょう。)
「······学院の図書館から、ですね」
「············あぁ、なるほど。レティシアさんは魔術が使えるのか」
「はい」
当然の様に言い当てられたことに驚きはなかった。もしルネが図書館から魔法庫への入り方を知っているなら、魔術を使わないと入れないと言うことも知っているはずだ。だから自然と返答はすんなりと言えていた。
「でも駄目だぞ? そこが危険なことはわかりきってたんだから」
「う······はい」
「こうして死ぬかも知れない状況にもなったりするんだから、もう危険なことはするな。するにしてもちゃんと安全圏を確保しながらだ。わかったな?」
「はい。わかりました」
少し怒った顔をしながらレティシアを叱るルネを見て、本気で心配されているのだなとわかり、ほんの少し信用することにした。こんな風に心配してくれる人は誘拐や監禁など考えもしないと知っているからだ。
微妙、と書いてある顔をしていたルネだがしかないなと苦笑する。結局はレティシア自身が決めることだからだ。こんなことはあまり言っても聞かないとルネは経験で知っている。
「···ま、説教はこのぐらいでいいだろう。そろそろ戻ろうか」
「はい」
軽く伸びをしながら立ち上がり言ったルネは同じく立ち上がったレティシアを見て思案する様子を見せた。それを小首を傾げながら見ているレティシアに気がつき、なんでもないという風に手首を振った。
「じゃあ行こう」
「はい」
軽く歩いているルネとゆっくりとしか歩けないレティシア。必然と距離は離れてしまう。それにいち早く気付いたルネはレティシアに近づいた。ルネに気付いたレティシアは心配して来てくれたと推察し「大丈夫ですよ」と言おうとした時、ふわりと身体が浮いたのを実感した。
「······え?」
「部屋のベットまで送らせてもらいますよ、お嬢様」
「······ぇ?」
ぽかんとした顔をしているレティシアに面白いものを見たと言わんばかりに口先を上げるルネ。
「う、えっと、あのだ、大丈夫ですから!」
「あははは、ダメ。大人しくしてな。」
「いや、でも」
「聞こえないなぁ」
慌てるレティシアをお姫様抱っこするルネはレティシアの抗議を聞こえないものとして無視した。何を言っても聞いてくれないとわかりレティシアは抗議を止めて運ばれることにした。·········うっすらと頬を赤らめて。
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