22話 非道な私は決して願ってはいけない。それでも――
自分が生きる為の大事な部分が消えていく感覚、そんな無意識の危機に脳が急激に動きだし、レティシアは目を覚ました。
夢の内容は覚えておらず、仰向けに寝ながら現状把握を先に努める。
「っ!······くぅっ!?」
全身から強い痛みに襲われてしまう。特に痛いのが内臓、おそらく何らかの損傷を受けていると判断し
(魔術が、使えない?)
発動の兆しすらなかった。
痛みで鈍っていた思考を無理矢理冴えわたらせれば答えはすぐにわかった。
(魔力が身体から抜け出しています。だから魔術が発動しない······出した端から盗られていってるから)
魔力は魔素へと変換され何処かへと消えていくのを見たレティシアは【肉塊】以降から危機が去ってはいないことを悟る。
あまり知られてはいないが魔力は生命を維持するために必要なものだ。決して攻撃の為とか世界の真理に挑む為とかではない。
魔力は身体の
昔の論文にはある三流魔法使いが魔法を使い続けるとどうなるか? というものがあった。その話をしよう。
魔法の種類は《火球》としていて、一発目は問題なく発動した。二発目も、三発目も、問題なかった。
おかしくなったのは十発目からだ。発動した直後気分が悪いと訴え出した。
十一発目、発動最中に吐いていた。
十二発目、発動すらできずに気絶してしまう。
これから導き出せるのは“魔力を使い続けると体調が悪くなる”という結果だけだった。
ここからレティシアは疑問にぶつかる。
―――何故、魔力なんてものがあるのか?
本来、無くとも生活できるのに存在している。
生物の身体には全て理由があり、歴史がある。それを理解しているレティシアは魔力にも、そこにある理由があるのでは? と睨んだ。
結果はレティシアの想像以上のものだった。
生物は生きているから魔力が発生しているのではなかった。
魔力が存在しているから生きていられたのだ。
レティシアが調べた範囲の話になるが、人は肉体の活動だけではその成長に耐えられない。具体的に言えば体内の臓器の活動、骨の硬質化、筋肉の発達、それら全ては魔力によって支えられていたことを発見した。
現状、人が生活に必要な魔力を少しずつだが吸いとられている。このままでは水分ならぬ魔力が失くなって死んでしまう。しかも魔術が発動出来ないので今負っている怪我でも死ぬかもしれない状態だった。
死ぬ可能性を最小限にするため、レティシアは立ち上がる。傷が熱を持ち、骨は少し動くだけでピキッ、と不吉な音を響かせる。激痛に顔をしかめながらふらふらと前に倒れこむ様に歩いていく。
逆流するものが口に到達し血を吐いた。だが足を止める訳にはいかない。相変わらず辺りは真っ暗で何も見えず、しかし足元はくるぶしまである黒い水があることはわかった。
水をパシャ、パシャと踏みつけるように、あての無い道を歩いていく。
一歩、一歩。
その動作はレティシアの命を確実に削る。多少あった顔の色は今や真っ青だ。
もとから曖昧気味だった意識はとっくに無くなり、レティシアが普段使わない意識領域に歩き続けることを命令していた。
いわゆる歩くゾンビ状態である。
バキッ、希望が消える音。
バシャンと水をたてながら倒れた。
足が折れてしまったのだ。これでは歩けない。
しかしそれでもレティシアは腕だけで前に進もうとする。腕はまるで神経が露出したかのように敏感に痛みを伝え、意識のないレティシアを苦しめていく。
これほどに苦しんでも進むのは歩いていた時の時間に比べても半分にも満たしていない。
それからきっと数分だろうか。運命が決まる時間だ。
ゴキッ! 絶望が手をこまねく。
両腕が上腕骨から関節にかけて骨の存在が判らなくなるほどに粉々となった。
「うっ!?·············あ······ああ··········これでは、進め、ません、ね。」
折れた痛みで目を覚ますレティシアは現状を理解し、目を伏せながら言った。
口に水が入らないように身体を動かし、仰向けになる。不思議と痛みはなかった。
今も魔力は身体から消えていき、決して貯まることはない。
傷付き過ぎた臓器は狂いきったのかもしれない。動く感覚も痛みも半減したように感じていた。
レティシアはゆっくりと自身の生命が喪失してしまう感覚に気が狂いそうになる。
(あ······ああ、いきたい·······生きたい!)
何よりも大切としてきたものが無くなる。そのことに正気を保つことをレティシアはしなかった。
「生きたい! 生きたい!! 生きろ!!!」
叫ぶ、慟哭する。それはレティシアが人生の中でしてこなかったことだ。しかしそれが今の自分にはとても素晴らしいことのように感じた。
ついには、言ってしまう。なによりも言いたくはなかった言葉を。
「ああ、········
最後には願った。
ここまでの想いで何かをお願いしたことは一度としてレティシアの記憶にはなかった。
しかしここは異次元。誰かが助けてくれるような場ではなかった。
それをふんわりと実感し、自らの物語の終わりを感じながら幕は閉じていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます