21話 思い出の中は常に温かでいたいものです。(後編)





 レティシアは《砂城》の壁の一部を散弾として変化させ打ち出した。たいした威力にはならないが牽制程度なら出来るとレティシアはふんでいた――が、核獣は全身から目に見える程の魔力を噴出させ、自身の前面に集め壁を作り、砂の散弾を受け止めた。

 それにレティシアは目を細めて分析する。顔はうっすらと笑っている。

 レティシアにとって今がどんな状況だろうと自身が知らない現象があるのだから調べずにはいられない。


「······なるほど、魔力が一定の濃度に達すると物理的な効力を得るのですね。······ふふ、この法則は色々と捗りますね」


 なら、こういうのはどうだろうと《砂城》に今まで込めた魔力の数倍もを供給してみた。

 レティシアは今まで魔術が発動する最低限の魔力しか込めてこなかった。それは魔力の削減の為でもあるが、最もな理由としてはそれでも強かったからだ。

 だからかそれ以上に魔力を注ぐなど考えもしていなかったので、まさに目から鱗の気分だった。そして魔力を大量に供給された魔術はどんな結果を及ぼすのか、それを知りたかった。


「出来れば面白い結果でいてください、ね!」


 再び砂の散弾を射出する。

 それは前回よりも威力も速度も桁違いに強まっておりレティシア自身も驚いていた。


 そしてそれは核獣も同様である。

 魔力が大量に注がれているのは感じ、警戒していたが明らかに強くなりすぎている。


 この核獣は賢かった。

 だからわかったのだ。

 この威力の原因はあの変な絵が書かれているモノ(魔術陣)の所為だと。そこに魔力が集まっていることも確認している。

 ならば、何かが起こる前にそれを潰してしまえばいい。

 迫り来る砂の散弾を前にそう考え、レティシアに向けてまっすぐ突き進む。


「っ!?無理矢理、来ますか!」


 射出速度よりも速く、やはり牽制程度にしか意味をなしてはいなかった。ただ核獣は様子を窺ってただけだったのだ。

 当たろうとも迫る速度は衰えず逆に上がる一方だ。このままでは不味いと感じたレティシアは《砂城》による散弾の他に《斬風》を発動、横一閃の風の刃を放つがこれも避けはしなかった。


――イ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"!!


 間近まで来た核獣は右前足を振り上げ凪払うように振り下ろす。


(受けたら不味い!)


 直感でそう感じ、咄嗟に後ろに飛ぶ。

 そしてそれは間違いではなくレティシアは風圧だけで吹き飛ばされてしまう。当然、追撃に迫り飛ばされている最中のレティシアの現れる。


「え?···っ!?」


 姿を見失ったレティシアは気配殺意を追い後ろにいることを知る。······叩き潰そうと足を振り上げていなければ気づかなかったろうが。


 全力で《身体強化》を発動し《斬風》による風の槌で強制移動を成した。これはすると身体がおかしくなりやすいので使いたくなかった方法のひとつだった。

 誰もが傷を負いたくないと思う(一部除く)ように、レティシアも骨が変な方向に曲がるのはあまり好ましくはないのだから。


 案の定、右の腕が曲がってはいけない方向に折れた。冷や汗を流し、歯を噛みしめながらレティシアは木々の後ろに隠れる。

 折れてもなお握りしめている短刀を左手に移し鞘に直す。

 右腕の損傷を素早く分析し、治癒魔術を展開した。


「····《遡る残傷》」


 ビギィ!バキッ!と音を鳴らし腕はもとに戻る。


「うっくっ!っ!」


 《遡る残傷》は無理矢理もとの形に戻す魔術だ。最初に通常時の自分を魔術で記憶する。そうすることで通常時と違うところに《遡る残傷》を発動することで、自動で治してくれる魔術の完成だ。

 しかし欠損――四肢を失くすなど――は魔力を大量に使うことで部位の一部を魔力で創造する。

 今回のレティシアの傷は複雑骨折を起こしているので骨折間を魔力で癒着させることで治した。そして最大のデメリットは無理矢理治すのでとても痛いことだ。

 考えても見てほしい。

 この魔術がしていることは極端に言えば“曲がってはいけない方向に折れている足を力ずくで元の方向に動かす”なんて狂ったことをしているわけで······。

 



 現在骨折を治したレティシアの魔力は全体の3分の1程度しか残ってはいない。さらに体力も少なく、核獣はまだまだ本気を出していない。わかっていたことだが勝つ見込みがない戦いはとても辛かった。


 しかし、それでも勝たなくてはいけない。万が一に勝てなくとも、私の命に釣り合うだけの傷を負わなければと愛すべき人達の為の使命感を露にした。


(今残っているのは《怨鎖》のみ。これは攻撃用ではないから倒せません。··········ん?いや、いけるのでは?)


 ふと、頭にひらめいた。

 これならばいけるのではないか、と。


 勝てる見込みは相変わらず少ないが先程よりはマシにはなった、と言ったところだがそれでも良いとレティシアは行動を開始した。




□□□



 核獣は何故自身がこのような場所にいるのか、知らない。

 暗い洞窟の中で寝ていたはずが、次に目を覚ますとこの森の中だった。


――魔素が少ない


 世界に蔓延している魔素が普段と比べるべくもないほどなかった。

 まぁ、いいだろう。部下共は放っておいてもいいだろう。。住み処などまた探せば良いと核獣は周囲を見回した。


――人が多い


 核獣が察知できる範囲には人が多かった。これではまともに眠ることすらできない、住み処は別の場所にしようとここらから去ることにした。

 しかしひとつだけ気になる気配を持つものがいた。


――ひとなのに、ひとではない、な


 そしてほんの少しの興味の下、見物することにした。そこに自身にとって喜ばしい者がいることを感じながら。



□□□




 間違いではなかった。

 ここに来たのは運命だった。

 戦う姿を見て、わかる。


 これはいつか厄災となり得る存在だと。


 自身すら呑み込もうするその意思は霞の如く曖昧で、闇の様に見えない。

 今はまだ弱い。

 しかし、そう遠くない未来に、自身と並ぶとなるかもしれない。いや、なる。

 これは予言じゃない。予定調和だ。


 そして、世界を知ることになるだろう。

 どちらに傾くかは、わからない。だからこそ、願おう。


――我らの敵にはならない様に




・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・






 夕焼けが照らす時間にレティシアは目を覚ました。


「······ああ、そうでした。·····負けて、しまったんでしたね」


 この場にはもう核獣の姿は見えない。

 レティシアは確かな殺し合いを演じた。

 それはつまり、


(見逃された)


 理由はわからない。

 力不足だからか、女だからか。しかし相手は野生の魔物、そんなものがあるとは考えにくいと首を捻らざるえない。


「あ····目、覚めた?」

「···········おはよう、カルナ。それと、やってくれましたね」

「うん、そうだね······そうかもしれない。だけどね、裏切りたくは····なかったから。」

「·········」


 寝ていたレティシアに膝枕をしながら、カルナは寂しそうな顔をする。それが、レティシアは嫌で嫌で仕方なかった。

 笑っていてほしいのだ、ずっと。

 泣いてほしくないのだ、永遠に。

 しかし、それを言うわけにはいかない。だからまた、話を変える。


「·····カルナ、ごめんなさい。私は貴女に隠し事をしています。」

「·······」

「ですが、カルナが信用出来ないからではありません。だから私は貴女に·····」

「ううん、言わなくて良い。······違うね、まだいいよ。」

「······それは、どうして?」


 カルナはまた、寂しそうな顔をする。

 ああ、本当に嫌いだ。

 もやっとしたものが脳を巡る。


「私もね、あるんだよ······隠し事。とっっても、大きな隠し事が····」

「そ、うだったん、ですね。気付きませんでした」

「あはは、知ってる。頑張って隠してたからね。············私はいずれ、レティシアにも話したいと思ってる。でも、それは今じゃない····だから待っていてほしいの······レティシアに。」


 寂しさの中に、愛しさが宿る。

 それを感じたレティシアは、とっくに返す言葉は決まっていた。


「·····あまり遅いと····忘れちゃいますよ?」

「なら、急がないとね」

「ええ、大至急でお願いします」

「気の長い大至急だ。········ありがとう」

「······どういたしまして」


 荒らされ尽くした森の中、囲まれながら、レティシア達ふたりは笑い続けた。








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