20話  思い出の中は常に温かでいたいものです。(中編)






 大陸の中央にある国『ラオバール聖国』は数年前までの間、宗教間での争いにより一般人はあまりよろしくしたくない人々が住み着くようになっていたが、先代聖王が死去し現聖王が即位した直後······強引な対策に乗り出た。


 したのはとある都市の滅却だった。


 そこはほとんどが盗賊、闇組織、詐欺師、闇商人、殺人鬼など表に顔が出せない人間の終着点で、当時は『咎人の闇沼』と呼ばれていたりもしていた。


 その者達のほとんどがこの都市を拠点としていたので、ここを潰せばラオバール聖国の大半の膿を取り除くことができる。そう現聖王は考えた··········そこに住む優しい者達を見捨てれば、だが。


 当然、聖国民には選択の余地はない。


 決断は早かった。

 都市を囲み、魔法を使い、端から邪魔なゴミを掃除するかのように消し去っていく。

 しかし用心深い人間は存在している。脱出の仕方はさまざまだったが、その者たちは地下通路から都市の脱出に成功していたのだ。

 また、別の生き残った者達は散り散りとなり別の国へと向かっていった。




 レティシア達を襲おうとしているのは用心深く生き残った組織のひとつだった。

 あの都市では小規模組織として知られていたがもうその名を知っている人間も少ないだろう。


「おい、わかってんだろうな?」

「うす、ボス」


 森の中、切り株の上に座った偉そうなボスにびっしりとピアスを顔中につけている下っ端の男が返答する。


「しかしボス、なんで南の『ジクニア王国』のこんな大きな都市を狙うんですか?俺達の組織が狙うならもっと小さくて気付かれても暫くは動かなそうな村とかじゃあ、駄目だったんすか?」


 少し前から思っていたことを下っ端の男は言う。


「ああ?そりゃテメェ、無いからだよ」

「?ないってなにがっすか?」

「決まってんだろ!テメェの言う小さい村だよ!」


 怒鳴るボスに怯えた下っ端の男は思った疑念を言う。


「な、なんでないんすか?俺等が行ったことある国には絶対にあったのに」


 どこの国にも必ずあるのにここにはない、これがどうしても下っ端の男にはわからなかった。


「んなもん知らねぇ。だがな、ここで成功すれば俺達の組織は全盛期以上に膨れ上がる秘策がある」

「ひさくっすか?」

「ああ、だから今回ばかりは失敗できねぇからな!わかったか!!」

「う、うす!」


 これがレティシア達学院生を襲う数十分前の会話であった。

 



□□□




 一人目は木から木へと移動しながら前進していた。下手に姿を出しながら動くと死ぬ可能性が増えることをあの時に知っているからだ。


(クク、この仕事は簡単だったな。たくっ、ボスも俺等を必要以上にビビらせすぎなんだよ)


 ボスへの不満を思いながら油断なく進んで行く。そしてある木へと移り背を預けた時、


「イギッ!?グゥ!アア、アアアアアアアァァァァ!?!?!」


 身体の骨と肉が砕け、臓器が破裂し潰れていく感覚が脳裏を通り過ぎていく。口目鼻耳からは大量の血が流れ出て、身体の活力を奪っていった。


「ウッ、アァ、ァァ·······」


(い、や······だ···········)


 絶命まではほんの数秒、仲間に聞こえたその悲鳴が全滅のカウントダウンだった。







「上手くいっているようですね。安心しました」


 ふぅ、と息を吐きながらも警戒だけは怠らないレティシアはそろそろカルナから手を引いても良いと判断し手を退けた。

 他の盗賊たちも似たような状況の中で予期せぬ罠に掛かり死んでいった。

 その罠、《崩球》は振動を起こす魔術だ。強く細かい振動波は人の血管、筋肉、臓器を容易く破裂させてしまう。


「あ、もういいの?」

「はい、問題なくなりました」

「それでなんで目を塞いだの?」


 素で返答に困った。

 正直、言い訳は適当にいっても納得してくれるだろうと安易に思い、全く考えていなかったレティシア。


「········カルナには、汚いものを見せるわけにはいけませんので」

「いや、それ誰視点の話!?」

「···········神は、いつでもカルナの悪い部分に突けこもうとするんですよ」

「え?それ私がお転婆って言いたいの?その通りだけどそれは言ったらいけないと思うの。ねぇ、どう思う、ねぇ····」

「·····はぁ·······どうも盗賊が来て教諭が死にました」


 いきなりの語りだしにカルナは驚き、内容に顔を青くした。さっきまでのお気楽な気持ちではいられないと悟ったのだ。


「······それで、どうするの?」

「盗賊はほとんどか半壊しているそうです。着いてきていた騎士が半分以上を倒してくれたみたいなので」


 ばれないために騎士の近くに寄っていたレティシアは当然のように嘘をついた。


「そ、そっか、わかった。なら、これからどうする?逃げる、それとも救助でもする?」



「いや、ここで死ぬんだよ」



 話の割り込みを聞き、レティシア達は声の方向に顔を向ける。


「テメェらみたいなガキを売ったら高いからなぁ。とっとと捕まれよ。俺は闇組織のボスだぞ?」


 悪い男、が、現れた。

 カルナは出てきたガラの悪い男を怯えた顔で見ていたがレティシアは特に反応しなかった。内心は“あ、この男馬鹿だ”と思っていたのが。


「クク、クッハハハハハ!?この程度のことで組織立て直せるんだから楽だよなぁ!なぁ!?聞いてんのか、クソガキどもぉ!?アァ!!?」

「ひう!」

「ガラ悪すぎでしょう、これ」


 恫喝する男、怯えるカルナ、冷静に感想を告げるレティシア。三者三様の状況だったが、しかし事態は急変し出す。誰も予想をしなかった形で。


―――ギィィィィィアアアアァアアァァァ!!!


「「「ッ!?」」」


 同時、発生源へと顔を向ける。

 事態を最初に理解したのは男だった。


「おい、おいおいおい!こんなの聞いてないぞ!?なんで、なんで核獣がここにいる!?」

「な!?核獣!?」


 その言葉に驚きの声を上げたのはレティシアだった。レティシアの知識の中の核獣はこんな場所には来ないといっている。相手もそれを知っているのだろう、と推測したがすぐさまその思考を切る。大事なのはそこではないからだ。


「カルナ、急いで逃げますよ!下手に戦えば死にます!」

「う、うん!」


 この頃のレティシアは一般に下位の魔物と呼ばれている魔物としか戦ったことはなかった。核獣は中位の魔物に分類されており個体の実力を測るのは難しい。

 レティシアはカルナがいる場所では戦いたくはないし、戦うとしても無傷とはいかないことを理解している。

 結局、逃げの一手こそ最善だと判断した。あわよくばあの男が核獣を引き付けてくれないかなぁなんてことも考えていたりもしたが、そう上手くはいかない。


「あっ!くそテメェ!?俺を置いて逃げるなんざいい度胸してんなぁ!?アアァ!?」

「え?····ああ、ありがとうございます」

「いやレティシア、誉めてないから」


 一周回って不思議と落ち着いてきたカルナはレティシアの天然にツッコミをいれる。しかしレティシアには今聞く余裕がなかった。


(不味いですね。察知範囲外からでも気配を感じます。······これ、本当に逃げきれるんでしょうか?)


 淀んだ魔物特有の気配を感じてレティシアはひっそりと冷や汗をかく。都市の入り口までおよそ五分、今のところは200m圏内にはいないが何時入って来るのかはわからない現状を鑑みてレティシアは決める。


(よし!あの男を囮にしましょう!)


 一番簡単そうな方法を選ぶことにした。もう今の状況でばれるばれないなど言ってられないので魔術を最大限使うことも覚悟した。


「チッ!このままだと逃げ切れねぇな!」


 追い付かれることを察した男は生け捕りを諦めることにした。


「火を灯せ!赤く鮮烈なる炎を!《火球》」


 男はカルナへ向けてを放った。《火球》は初歩魔法に分類されているが生物のほとんどが弱点としている火なのでそこそこの被害を相手に与えることができる便利な魔法だ。実際、世界中で魔法使いを名乗る者の大半は《火球》を好んで使っている。


「チッ·······《砂城》」


 砂の城壁を築く。

 レティシアが好んでよく使う魔術のひとつだ。砂さえあれば少ない魔力で大きな結果を生むことができ、なによりも名前が良い。

 防御系魔術は他にも作ってはいるが《砂城》の使い勝手の良さには敵わなかった。


「え?砂が壁に····」


 砂と火がぶつかり合い弾ける音が響くが気にすることではないとレティシアは無視して走った。


「クソォがぁぁ!?!?俺の攻撃を防いでんじゃねぇぞぉお!!アァ!?」


 自分では勝てない敵に追われている。その恐怖に堪えきれず、更に自分の最高としていた攻撃を防がれた反動か、理性をなくした男は発狂したかのように喚き散らす。


――ああ、これは完全に居場所がばれましたね


 意識の大半を気配察知に費やしていたレティシアはすぐに気がついた。

 そして核獣は自らの居場所が知られていることを分かっていながらも、レティシアの察知範囲に踏み入れた。


(っ!······強いですね。さて、これはどうします?私)


 猛々しい戦意を感じた。

 確実にカルナがいると勝てない。けれど男がいるとカルナに危険が及ぶことは明らか。


「《砂城》······カルナ、先に行ってください」

「え、だ、ためだよ!レティシアも一緒に逃げよう!」

「無理です。逃げ切れません」


 カルナが逃げれば勝つ可能性があると推測しているレティシアは逃走を促すが当然否定されてしまう。そのことに“今非常時なんだから言うこと聞けよ”と少しいらっとしたが顔には出さなかった。

 それにレティシアは言葉を拒否されようとカルナの安全を守ることは出来る。


「あ!砂がまた!?」

「早く逃げてください。カルナがいると勝てませんので」


 レティシアとカルナの間に横幅がわからないほどの砂の壁が創造される。カルナの辛そうな顔を見て、レティシアに少しの罪悪感がよぎる




――が、数瞬あと脳にもやが架かり見えなくなる。




 もう、レティシアの抱いたモノはそこにはなかった。




「おい!?なんだよこれはぁ!?なぁあ!?とおせよ!ここをぉぉ!?」


 レティシアに追い付いた男は《砂城》の城壁にしがみつき無理矢理出ようとしていたが、その程度のことで破られる魔術ではない。

 物理で叩いても通れないことにやっと気づいた男は《火球》を唱えるが所詮は初級魔法、《砂城》の防御力には敵わない。


「もう貴方は要りません。どうぞ、安らかに」


 立体型魔術斬風を使い、男の首を飛ばす。勢いよく出た血が城壁を汚すがレティシアはそれに一瞥すらくれない。


「カルナ、早く逃げてくださいね」


 壁に手を添えてカルナの無事を祈る。今の他に別の悪いことが起きるかもしれないからだ。


「ふぅ········そろそろ出てきたらどうですか。私がそう簡単に隙を晒すわけ無いでしょう」


 独りでに言葉を投げ掛ける。気配を隠そうともしない敵に。



 パキリ、と木の枝が折れる音が聞こえた。



 ズルリ、と何かが擦れる音が反響する。



 ぽとぽとと水滴が落ちる湿った音が微かに聞こえた。



 木々を薙ぎ倒し、土に足跡を付けながら核獣が現れる。


「っ!銀印が、ありますね。······これはちょっと死んでしまうかも」


 およそ100年以上生きた核獣にのみ出る額の銀印は魔物の領域へと踏み込んだ証。正真正銘の化け物だ。

 これほどの魔物は滅多に現れず、レティシアが構築している情報網ではここ数十年間で世界中でもたったの2件しかない。そしてその全てが最低でも万単位での死者を出しているのだ。


 昔から魔物が育ちすぎないよう定期的に魔物狩りが実施されているが、どうしても上位の魔物の出現は止められなかった。


「はぁあああ~~~~~~~~~」


 腰を落とし、いつも持ち歩いている白色の短刀を構える。いつも通りの生半可な気持ちでは死は必然、記述型魔術身体強化立体型魔術斬風、《崩球》、《砂城》、《怨鎖》を構築し待機させておいた。


(カルナは······もういませんね。よかった)


 その身に心残りはもうない。


「さあ、私が貴方の死になりましょう」


 命を賭けた闘争が来てしまった。







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