19話 思い出の中は常に温かでいたいものです。(前編)
深い深い闇の中、回りには何もなく、何かが見えることはない。
血が、流れる感覚があった。【肉塊】の『変覚』による遅延攻撃だろうか、それはわからない。
「ふっ、あっ、あは!····うっ!?」
不意に笑いが込み上げてくる。
自らの命が流れる様子、計画全ての頓挫した無様、笑うしかないだろう。痛みに呻いたレティシアが、目覚めた瞬間に思い描いた思考である。
「昔のことを·······思い出し、ます、ね」
懐かしい、懐かしい。
繰り返し脳内に廻りだす。
頭を働かせ過ぎたのだろうか。一気に眠気が襲ってくるのを我慢できずにゆっくりと目蓋が落ちて行くのをレティシアは感じた。
「ああ、すこし、寝ましょう。····ふ、ふふ。」
ほんの少しの思い出の中に。
□□□
見ているものが違うと感じた。
出来てしまう範囲が違うと認識した。
学院に入学してすぐ、レティシアはそのことに気づいた。だがそれはどうしようもないことだと諦めた。
自分が出来てしまうのは誰の所為でもないことは齢12歳のレティシアにもわかった。
いや、わかってしまった。
レティシアはそこで初めて自分では何も出来ないことがあると知った。
ある授業の日、レティシアたち1年生は都市カルセナクの外に植物の生態の見学に赴くこととなった。
その頃のレティシアは魔術にのめり込み周りのことなど全く気にしない子供へと成長していた。基本、隣にはカルナしかいたことがない。
今日もカルナと二人でペアを組み、外壁近くの森で植物探索に乗り出していた。
「やはり、自然は良い。この空気は落ち着きます。」
「なんか、おばちゃん臭いね!」
「··········」
「あうっ!?いたっ!いたいいたい、ごめんなさい~!」
あまりに無神経な発言にレティシアはいつもの無表情のままカルナの耳を引っ張った。しかしちょっと楽しかったのか少しの間カルナの耳からレティシアは手を放しはしなかったが。
「それにしても見つからないね~?ほんとにあるの?」
「さあ?探すのはカラクサ草と呼ばれる極一般的な薬草です。どこにでも生えているのが特徴な草なのですが·····見つかりませんね。」
ふらふらと探してはみるもそれらしきものの影は見つからず存在自体を疑い始めたカルナとレティシア。周りにいる他の生徒たちを見てもどうやら見つかっていないようだ。
「あー、なーんか飽きてきたなぁ。ねね!何か面白い話ない?」
「ありません。」
「あ~ん!レティシアが冷たい~!」
「冷たくないです。普通です。」
「普通の子は脅したりしません~!」
「それは······ん?脅す?なんのことです?」
え、本気で言ってる?みたいな顔したカルナを見てもやはり首を傾げるしかないレティシア。本当に見に覚えがないのだ。
「私、そんなことしました?」
「したよ!めちゃしてたよ!」
「それはいつ?」
「いつも教室入ってくる時、威圧してるじゃん!」
「してません」
「それに食堂で並んでたら、前で喧嘩してた人の耳に何か囁いて気絶させてた!」
「体調が悪かったんでしょうね。」
「この授業の組分け無理やり私と二人にした!」
「皆さんが勝手にやってくれました。良い道具が手に入り、私はたいへん満足です。」
「もうその言葉が物語ってるよ!」
息を切らせながら話すカルナを見るレティシア。その目には楽しいという感情が宿っている。無表情だが。
「········カルナ」
「う~ん?な~に~?」
「少し、人が集まり易い場所に行きましょうか。」
レティシアは森の奥を見ながら言った。しかしそれはカルナにとってあまりにも驚くべき言葉だった。
「え?レティシア、熱でもあるの?」
「いえ、ありませんが。」
「じゃあ、頭、涌いた?」
「カルナが私のことをどう思っているのかは後で問い詰めることにしましょう。」
「あ、お手柔らかに?」
「それが私に出来ると?」
「だって!レティシアが人のいる場所に行きたいなんて初めていったんだよ!正気ぐらい疑うよ!」
「それに対して私は怒りの限界を迎えそうです」
「い、今こそ限界を越える時だよ!」
「······はぁ、もういきますよ」
こうした会話している時もレティシアは森の奥から目を逸らすことはなかった。
レティシア達は授業の付き添い兼護衛として来た都市の外壁に勤める騎士の近くに寄り、ゆっくりとする。騎士は幼いながらも女としての魅力も持つレティシアに見惚れていたがそれに気付いたレティシアが騎士に微笑み返すと、まるで恋をした乙女のような反応が返ってきた。
それを見たカルナは頬を引き吊らせながら、諸悪の原因の手を引きその場を離れる。もちろん何故レティシアが引かれているのかは理解していない。
「なんですか、カルナ。あなたも人がいるところに行くことを了承したでしょう」
「違うよ!そうじゃない!」
「じゃあ、何がですか?」
「う~、あーもう!このわからず屋!!」
「それ意味が違いませんか?」
「知らない!」
そっぽを向いたカルナに不思議そうな顔を向けながらカルナが不機嫌になった理由と並行してもっと切羽詰まっていることを考える。
(·····さっきからこそこそとこちらを見ている屑がいますね)
視界には映らないが気配はしっかりと感知しているレティシアには隣をうろうろとされているようにしか感じなかった。
しかもまた数が多くて気色悪い、と砂糖に群がる蟻を見た時の感想を素で思った。しかしこのままではカルナと自分に危険があるかもしれない、そう考えたレティシアは事前に対策を打つことにした。
「足止め出来るぐらいで済ませましょう······《崩球》」
レティシアは手の平にひとつの《崩球》を生み出した。近くにいるカルナに悟られないよう魔力の操作を最大限に気遣いながら。
「·····分裂」
ひとつだった《崩球》が何十という小さな球になり必ず掛かるだろう場所に設置していく。数cmあるかないかの大きさなのでカルナが気付いた様子はない。それを確認したレティシアは小さく安堵の吐息を吐いた。
(約束は、約束ですからね。しっかりと守らないと····)
昔、レティシアは両親に魔術を見せた時に、ある約束をしていた。
―――絶対に他の人に見せちゃダメよ
この約束がある限り、レティシアが誰かに魔術について話すことはないだろう。本人的にはカルナになら知られてもいいと考えているが、ばれるまでは言うつもりはない。
(だいたいこんなものでしょうか·····守る、と言うのは難しいですね。······まあ、確実性のない事態をたくさん引き起こす行動ですからね。妥協しましょう。)
時間があるのなら確実に殲滅出来るようにもっと大量の罠を仕掛けて置きたかったのだが、それが出来ない現状の歯痒さに少し不機嫌になってしまうレティシア。
「あれ?どうしたのレティシア、何か怒ってる?」
先ほどまでそっぽを向けながらチラチラとレティシアのことを伺っていたカルナは突如不機嫌に―この時点で態度は表情に出ることはなくなってる―なっていることに気付いたカルナは中途半端な怒りを忘れてレティシアを心配する。
「私に出来ない、理解が及ばないことが存在していることに苛立っていました」
「·····なんか、難易度高い悩みだね」
「難易度どころか世界の法則を否定していますから」
「もう、私にはレティシアが何考えてるかわからんよ」
「大丈夫です。理解できなくとも生きていけますから」
そういう問題じゃないよ、と口には出さなかった心底言いたい言葉を飲み込み呆れた顔をレティシアに向けた。
また理解できない変顔をしている、と思ったが言わないでおいた。言ったら暫く話してもくれなくなるに決まっているのだから。
「みなさ~ん!そろそろ集合時間が迫ってますので指定の場所に集合してくださ~い!」
担当教諭の声が近場にはっきりと聞こえた。十数人の生徒を見なければいけない教諭という仕事はたいへんだなと場違いとも言えることをレティシアとカルナは考えていたが、どうでいいかとさらりと流した。
「もう行こっか」
「もう少しだけ、いいですか」
「?いいけど、怒られるよ?」
「いえ、それは大丈夫だと思いますが·······それはいいでしょう。とにかく、まだここに居たいので付き合ってください」
集合まであと数分というところでカルナは指定の場所に向かうことを提案したがレティシアは今そこに行きたくはなかった。
それを感じたわけではないだろうがカルナは何も言わず、レティシアの隣で鼻歌を口ずさむ。その優しさがとても嬉しかった。
(そんな風に在れないとわかっていますから尚更、ね)
ふとした瞬間、この気持ちが湧き出て来ることがある。
だからレティシアは目を背ける。そうせざる得ないから。
(ああ、この思考はいけません。忘れましょう。······それよりも、そろそろ、来ます····)
丁度レティシア達以外の生徒が全員揃ったことを確認した担当教諭は近くにいるレティシア達を声を張り上げ呼んだ。
「あなた達~!集合「グジュ!」デジュ?·····あっ」
教諭の額に斧が刺さる。
周りが呆然とそれを見つめ、レティシアはカルナの目を塞ぐ。変なトラウマを受けては欲しくないので音を届かなくする
意識が現実に追い付いたのだろう、他の生徒は青白い顔をしながら恐慌状態になり、騎士は教諭の容態を確かめに走る。
「ね、ね~レティシア?なんで私の目を塞ぐの?」
「ごめんなさいカルナ。もう少しだけ待って欲しいです。」
「う、うん。わかったよ」
レティシア達が話している間にも事態は動く。
他の生徒達は散り散りとなり逃げ、騎士は教諭の死亡が確認できたのか死体はそのまま事態の解決に動こうとしていた。
(あーあ、外から攻撃が来たのにそっちに向かって走るとは······自殺志願者と一緒ですね)
レティシアの気配察知の範囲はそこそこ広い。この頃のレティシアは約200m前後、その範囲内にいる敵を見逃すはずもない。
じっと気配察知に集中すると幾人かの気配がふっと消えた。気絶したか死んでしまったのかわからないが、それはレティシアにとってどうでもよかった。
(数は24、気配的にあまり強くありませんね。けれどこの数でこられると私も苦戦は必至。········さて、ここに来るまでに何人殺せるかが勝負ですね)
危険がある戦いはないにこしたことはない。だから罠を張り、敵が弱るのを待ち、首をかっ切る。
これがレティシアの考える最も手っ取り早い駆除の仕方だ。
(盗賊狩りの、始まりです)
罠にはまって行く敵を感じながら微笑を張り付けた。
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