13話 日常でしていることは無意識にしてしまいますよね?
またしばらく歩くと大木の下に、小さな祠があることに気づいたレティシア。
こんなところにあるのだからそれ相応に汚れていてもおかしくはないのだがその祠は一片の汚れもなくそこに鎮座していた。
「········怪しいですね、これ以上ないほどに。」
当然の帰結である。
なにかあるだろう、無ければ潰してからまた探す。胸に思いを秘めながら決意した。
祠に近づき不審な点はないかを探る。だが怪しいところは何処もなく、ただただ綺麗な祠だった。
「そう、ですね······祠、祭りもの、念仏、お供え?···なにかを捧げる?」
祠に関することを羅列していくとふと何かを捧げればと考え付いた。
(私が探しているのは魔法庫、推測になりますが捧ぐものは魔力、次点で特定の魔法でしょう。)
前者は魔力を込めるだけ、後者には心当たりがある。結果に期待を寄せながら祠に向けて魔力を注ぐ。
すると注いだ魔力は祠の扉の中へと吸い込まれるかのように入っていった。
その時、ふと気付く。
扉の中、その中心に見えない魔術陣が注いだ魔力によって起動し始めていることに。
レティシアは自身の知らない魔術陣に驚いた。
(なるほど、私以外にも魔術について気付いた人がいたのですね。)
少し感動的で当然のことだとレティシアは思う。自身が考え付くのだから他の生物も至るだろうと。
誰がこの魔術陣を描いたのかを思案しながら何の魔術陣なのかを調べる。
文字・図形の解析、組み合わせることで成る意図、それらを順次明らかにしていく。
結果、レティシアは驚愕する。
(これは、転移魔術陣!)
それはレティシアがいつか実現してみたいランキング三位に入り、今だ実現可能領域の入口にしか立てていなかったもの。
その完成形がそこにあった。
「完成させられる人がいるとは······悔しいですが、素晴らしいとしか言い様がありませんね。」
魔術陣を組む上で理論の矛盾を突き付けられることは日常茶飯事だ。
魔術は法則であり理論だ。起こることのない現象――つまりは自然に起こる現象――は起こせるが、存在しない現象を起こすことは今現在不可能とレティシアは結論を出している。もちろん例外もあるが、今はいいだろう。
(魔術陣の内容は座標指定魔術に私の知らない魔術······空間切断魔術、のようなものですね。そして私が提唱したものとは少し違いますが、魔力融合および分離の魔術ですか。)
正確に位置を指定する座標指定魔術で移動する場所とする前の場所を精密に指定、その周辺を空間的に切断する。
続いて座標指定魔術と空間切断で切り取った空間の座標を魔術陣を掛け合わせる融合魔術を使い、座標指定魔術で確立した二つの座標を融合させ、今いる場所を曖昧化させる。そうすることで二つの場所に同時にいることを理論上可能とした。
あとは融合魔術で融合した空間座標を魔術陣を切り離す分離魔術でまた二つに戻す時、自分のいる場所を転移先に設定することで転移が完了、現象として発現出来る。
(それにしても空間魔術の理論構築が甘いですね。)
これが最も難しいところだが、すぐさま空間切断魔術を効果分解、改良する。これはレティシアが日常的にしていことを無意識の領域にまで固定化していて、特に意識的にやっていることではない。今もそう判断したのは無意識領域でとっくに空間魔術の改良を完成させ、改良前と後との違いと長所短所を脳内資料として納められているからだ。
そもそも原型の魔術は空間と言うものを部分的にしか理論的に証明出来ておらず、限定的な空間魔術にしか使えない品物となっていたが、そこから理論証明されている構築部分を引き継ぎ、空間という抽象的だったものを確立させることにレティシアは成功していた。
限定的だったが故に魔力消費が思いのほか少なかった魔術が、レティシアの空間魔術の自由度が高くなるよう基盤を造ったので、結果、魔力消費は数倍以上にはね上がった。
そのことに後悔はない···が、レティシアが保有している魔力の関係で逆に使いにくくなった感は否めなかった···。
(······と、そろそろ魔術陣が起動しますね。行き先まではわかりませんが問題ないでしょう。この場の座標も覚えましたし。)
祠にある魔術陣は注いだ魔力によって直接見ることが可能となっていた。行き先への不安は少々あるが問題視するほどでもないし、空間転移を使えるからと無視する。
そしてレティシアはさらりと言ったが座標を覚えるなど普通の人間にはほぼ不可能である。
座標は自身を中心として求められる。つまり転移したい場合、そこからの座標を毎回更新しなければいけない。だが一歩歩く毎に変わるものを常に測ることは不可能だ。
本来、そこで使われるのが座標指定魔術だ。
座標指定魔術とは言わばその座標へと印を付ける魔術と言ってもいい。印を付けることで別の場所にいた場合、そこからの距離が分かり転移に必要な座標が求めることが出来る。
しかし、それを良しとしない理由がレティシアにはあった。
印を付けるのだから他の誰かにばれてしまい、最悪の場合、印を壊されてしまう可能性もがある。さらに今、下手に敵に感知されたくはないのでレティシアは自分がここにいたと言う証明を残したくはない。よって魔術による印付けは出来ないのだ。
ならどうやってレティシアは座標を覚えたのか。別に逐一測るわけではない······本人はやろうと思えば出来そうだが。
それは魔素を観測することで結果的に座標を知る、という方法だ。
レティシア自身もほんの少し前――正確には脳内資料に保管されている空間魔術の詳細を読んだ際――に知ったことだが、世界は生きているらしい。生きていると言っても明確な意志、思考があるわけではなく、仮死状態の人間のような物だが。
そしてもちろん生きているからには世界にも精神的肉体が存在している。
話は逸れてしまうが人を構成する粒子は大量に存在し、数えきれないほどある。
物質的肉体でもそれならば、精神的肉体はどうなのか?
それは魔力の粒子、魔素と呼ばれるもので構成される。
そう、全生物の精神的肉体は魔素で構成されているのだ。
だが物質的肉体と違うところがある。
それは魔素自体は直接干渉しない限り変化せず、構成される魔素は一つ一つ性質が違うことだ。さらに何かに干渉されたとしても時間が経てば元に戻る。
レティシアはその場の魔素の性質を覚えることで座標を取得し、マーキング無しの転移を可能としたのだ。
しかし、覚える為には一度その魔素を観なければいけない。常人はどうやっても見ることの叶わない物をどのようにして観たのか。
何てことはない。
見えたから観たのだ。
今のレティシアには常時魔素が見えている。それは異常なことなのだが他人がどうかなどあまり気にしないレティシアには関係のないことだった。
そしてついに臨界、魔術陣が起動した。
足元に半径三m程の魔術陣が浮かび上がったのを見たレティシアは目を閉じる。
期待に胸を膨らませる。
不安に脳を凍らせる。
愉悦に、いつもの微笑を張り付ける。
次に目を開けた時、そこが魔法庫であることを願いながらレティシアはそこからいなくなった。
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