10話 『崩球』


果実を片手で潰したかの様な形になる教員の頭。


血は四散し、近くの者は運悪く直に浴びてしまった。


だが叫ぶことはしない。女生徒に続きたい者など、ここにはいないのだから。


そしてそれはフーヴェルも同じ。



「あれ?あれ?あれれ?真っ赤だ、真っ赤だ。」



にやにや、にやにや、


血を飲むかのように上を向き、意地汚く嗤う。



(う~ん、破裂の仕方が綺麗ではないですね。まぁ、お祭りなら辛うじて有り、と言ったところでしょうか。)



血を浴びれる場所に座っていなかったレティシアは悪趣味な評論をしていた。恐怖に震える所か、殺し方の汚さに苛ついてふるえていた。



(それにしてもお粗末な能力です。)



なので、とレティシアは呟く。



「それでは、私には勝てません。」



右手に、闇を灯す。


闇は掌に集まり、何かの図形を描いていく。


円、三角、四角、そして何を意味しているのかわからない文字。


その全てが立体的に折り重なり、積み上がり、組上がる。


それは人にとっては意味のない形、だが世界にとっては意味があった。


その形は、人から世界に与える、強制させる文字。



その形は、事象を操る、支配の文字。



その手法、遥か昔に廃れた技巧の術、



名を、



―――魔術と呼んだ。




□□□




「あ~あ、次は、だ~れ?だれ?君?君?ん~?そ、れ、と、も?あなた?あなた?」



無邪気に、楽しそうに選別していく姿は、オモチャを選んでいる子供のようだ。


だが突如、


―――ぴたり


フーヴェルは動きを止める。


立ったままピクリとも動かない様はその見た目も相まって本物の人形の様だ。



突然の停止に驚き、生徒等はびくり、と肩を跳ねさせた。

だが、沈黙は続いている。


喋れば殺される、そう言われんばかりに。


そして、稼働する。



「あ、あ?うん······うん···うん。······わかった。」



一人、うん、うん、と言いながら頭を振るフーヴェル。


その様子を不気味そうに見ている生徒達。


先程から何の反応も示さない【黒布】。


その中、レティシアは気付いていた。あれは誰かと話していると。



(やはりはただの道具おとり。本命の人員ではありませんね。)



レティシアは敵の考察を進める。相手の情報を得るのはそう難しいことではなく、さらりと先を考えられた。



(······はぁ、それにしてもすごい戦力を兼ね備えた連中ですね。私としては羨ましい限りです。)



そしてついでに個人的感想も付け忘れることはない。レティシアは素直に羨ましいと思えば、表情には出ずとも心の声にて駄々漏れになるのだ。

それこそレティシアの人間味もしくは欠点なのかもしれない。


個人的感想と並列しながら操作を続ける。


完成した魔術陣は立体化しており同じ紋様にしか見えない。


それを、落とす。


魔術陣は吸い込まれるように地面を波立たせながら消えていく。しかし、それ以外は何も起きず、傍目から見ていても何をしていたのかはわからないだろう。



(よし、これで準備は整いましたね。)



無表情ながらも満足気な顔する。これは最上位の笑顔だった。だがこれでも一切笑っているようには見えない。それがわかるのは長年一緒にいたカルナか両親だけだろう。



(さて、お人形さんはどう動くのでしょうか。)



レティシアはフーヴェルが踊る場面を待つことにした。


はたして今は舞台の序篇。登場人物の前口上の真っ最中。

誰も彼もが舞台の虜に、いや、舞台の呪いに掛かっていく。


そして今、舞台序篇の中盤が終わる。


最終幕はもう、そこだ。







□□□





カリッ、キリッ。


木の幹を剥がしたかのような音が鳴る。発生源はフーヴェル。



「う~、あ、い、···予定が変わった?換わった?うん、だからね?うん?みんなには死んでほしいなぁ?なあ?」



ぐしゃり、


教壇前の一列、突如として全員の頭は潰された。



(―――嗚呼、儚い)



ああ、命とは何と儚いことか、とレティシアは独白する。



(もし、命に重さがあるのだとしたら、人一人の重さはどれ程になるでしょうか。そして今、【お人形さん】はいくつの重さを持っているのでしょうか。)



命の価値を誰何する。


それは何の意味も持たない思考ではあったけれど、それでも、必要なことだとレティシアは思った。これは感傷的な考えでありレティシアが生涯、見詰め続けるだろう問いなのかもしれない。



「つ、ぎぃ?だぁあ~れぇ~?え~?」



言葉が幼くなってゆく。辛うじて意味ある語を話しているが、もしかするとさらに進行して意味を失っていくのかもしれない。


その姿、そのあり方に知性を尊ぶレティシアはフーヴェルの姿に嫌悪した。



(操り人形、命令に従属する哀れで悲しき道具にて永遠の不完成品。)


(だけれど、人よりも完成されている存在。)



二つの意見、二つの極地。


二律背反の意見を持ったレティシアは、それでもフーヴェルを嫌悪する。


(己を無くした愚者ほど私が嫌いな者もないでしょうね。自意識の忘却こそ、自身の最後、終焉、閉幕。つまりは人生の、バットエンド。)


(それを覆す因子こそが、感情。知性を強めてくれる強化剤。そしてなにより、何かを強く思う心はどんな怪物よりも、強い。)


(それがない【お人形さん】程度に、私が負けることはありません。)



少し······ほんの少しだけ、レティシアは瞳に愉悦が宿る。



(起動、振動せよ、『崩球』)



途端、揺れる。



「え?あれ?なんで?なんで?ゆれてるの?るの?」



酷く混乱するフーヴェル。


今だ動かない【黒布】。


無表情で静かに座っているレティシア。


二人以外の全員が動揺していた。フーヴェルの態度から明らかに不本意な出来事。予測がつかない今に恐怖をまた色濃くしていく生徒達。


その中で最も揺れていたのがフーヴェルだった。



(――人形は、予測がつかないことが起こると、隙だらけになります。それこそが人形の弱点。残念でしたね。)



ふと、レティシアは思考を動かす。



(この人形を作った人間がこの弱点を知らないとは思いません。改善の時間が無かったのか、出来なかったか、それか――そう作られたのか。)



それはレティシアにもわからない。わかる必要もないだろう。




既に床はそこらじゅうに罅が拡がっていた。遂には堪えられなくなったのか一人の生徒が悲鳴をあげる。

それが起因となり、悲鳴の合唱が始る。ここは阿鼻叫喚の場となった。



レティシアがいるのは五階建ての教塔の二階。


それを根本を崩すため、振動は全体に拡がる。


崩壊する寸前、フーヴェルはレティシアの方を向き、目を見開く。それはあり得ないものを見たかの様に。

そして、ゆっくりと口が音を刻んだ。



―――ニーベルクルフ?―――



声には困惑が含まれていた。


その言葉をレティシアは訝しむ。フーヴェルがレティシアの方を向きながら意味の不明な単語を呟いたのだ。

何か、自身に関わるものではないか、と推測する。

それとも····、と思うがそれはないはずだと切り捨てる。



(ニーベルクルフ、ですか。覚えておきましょう。これはお相手の情報にも繋がるかも知れませんし、ね。)



そのとき、教塔は崩れ始めた。

床はレティシアを中心に足場を失い、天井は重力に従い、落ちる。



当然、最も早くレティシアは落ちた。

生徒は阿鼻叫喚の極致を迎えている。だが、やはり三人は相手にもしない。

いや、レティシアだけは違った。



(叫び声が綺麗ではありませんね。折角盛り上がる場面なのに。)


(こう、叫びの合唱と万人に言える程度には頑張って貰いたいですね。)



これが外に漏れたら誰しもに後ろ指を指されてしまいかねないが、そうそうと漏れることはないだろうはずである。

どちらにしろレティシアの選択次第としか言えない。



ふと、そのときに気付た。




姿が見えなくなる瞬間、なにが起きても一切の反応を向けなかった【黒布】がこちらを見ていたことを。



「―――本当に、厄介ですね。」



そこにはレティシアの本気の賛辞だけが残った。






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