9話 醜悪な黒い布


「あれ、もういいの?」


「···はい、待たせましたね。そろそろ行きましょう。」


「うん」



カルナの元に戻る間に普段通りを治すなおすことが出来たレティシア。カルナはその事には気付かずに移動を共にする。



それから10日後、レティシアは今、薬学の講義を受けている。だが普段と比べて明らかにやる気の無さそうな顔をしながらのんびりとしていた。



(はぁ、どうしましょう。)



心の中は雨模様な様だったが。



(今この街を出るのはなにか知っていると言っているも同然。出る建前を探そうとしても不自然な程にそんな依頼等はありませんでした。)



八方塞がり


そう言わざる得ない。



そもそも偶々そんな依頼が無かったのか、それとも意図的に無くされたのか、それすらわからない。



(嫌な流れですね。)



レティシアはこれまで後手にしか回っておらず、安全と好奇心の為に様々な行動をしているが今の所たいした成果は出ていない。



(もう少しだけ、増やしておくべきですかね。)



 するとガチャリと扉が開く音がやたらと大きく聴こえた。

その音はレティシアにも聴こえており薬学の講義を受けていた生徒も担当の教員も、全員がそちらに目を向けた。



ずるり、ずるり



何かを引き摺る音。



ずるり、ずるり



音は聴こえる。

だが何処から響いているのかは、わからない。



ずるり、ずる



はっ、とレティシアは悟る。


(ここまで私が探知できないとは思いませんでした。これは鍛え直しですね。)



 ひっそりと溜め息を吐きながら後ろ・・を振り向く。


 そこには黒い布がいた。


何十にと被せられた布はほんの少し丸みを帯びており、布は丈を越えて足が一切見えなくなっている。その姿はそれそのものを醜悪に魅せる為に飾っているかのようだ。

布の隙間からは黒い靄が滲み出ており、それが一層、雰囲気を悪くしている。


なにより、



(この距離からでも気配を感じられません)



そこにいるのにレティシアの本能は探知出来なかった。それはつまり、レティシアでは勝てない、そう言うことだろう。


瞬時にその思考に辿り着き、レティシアの心はその事実に臍を噛んだ。



「お、おい。貴様、いつからそこにいた!?」



 レティシアに遅れて十数秒後、教員は【黒布】の存在に気付いた。やはり【黒布】の姿に恐怖を感じたのか少し的外れな質問をした。

 必然、教員の視線を頼りに他生徒は振り返る。と、同時にどよめき立つ。


 運悪く【黒布】のいる前に座っていた女生徒は顔を青くしながら震え、口をパクパクと開閉していた。



(ん、おや?これは少し···)



 いつもなら女生徒にも警告でもしよう。そう考えるレティシアだが、今、それを言えるような状況ではない。みな、状況は同じなのだから。

 そして止める者は誰もなく、遂には耐えられずに女生徒は恐怖と混乱を吐き出した。



「きゃああああああああ、あ、あ?」



ポトリ、音がした。



(――――これで、大多数が死ぬでしょうね。)



無感情に少しの憐れみ籠める。





―――女生徒の首は、もう繋がっていなかった。



1秒、5秒、10秒


空白の時間をひたすら作る。


他生徒達は最初、不思議そうな顔をしていたが徐々に現実が認識出来てきたのか顔を青を通り越し、白くした。さっきの二の舞、そうなるのも時間の問題だった。



「あれ?あれ?あれれ~?コロしちゃったの?したの?したの?」



急な声、誰しもが引き付けられる。


【黒布】の反対、扉前から声が聴こえた。


その声は明るく、無邪気、と言ったところだろうか。だがレティシアにはまるで壊れた人形の様な印象を受けた。



(なんと言うのか、明るく、無邪気、そう誰かに定義付けられているかのよう。それに、人が持つ自由な葛藤が見えません。その所為でしょうか?)



扉前の男が喋る。



「ん?んッ?んん~?静かだね?だね?そっちの方が楽だから良いけれど?けれど?」



明るい麻色の長髪を揺らし、首を傾げながら言う。だがその口許に笑みが消えることはなく張り付いている。



「学院の生徒さん?さん? ボクの名前は···フーヴェル、と言います」



その一瞬、男が震えた。



(何に震えたのでしょう?今、何かに震える必要はありませんでした。一体なにに?さっきは名前を言おうとして······ん?名前?···ああ、なるほど。)



扉前にいた男――フーヴェルは壊れた人形だ。自由はなく、葛藤はなく、決まっている思考しかしない。



(それでも最低限決まっていることはあるんでしょう。)



それが名前。

人形が人形であるためのキーワード。

レティシアはそう推測した。



「動かないで、くださいね?さいね?この学院は我々が?が? 、占拠したので?ので?」


「う、嘘だ!?そんなはずはない!ここは!ここは学院だぞ!?彼の偉大なる方が作ったこの学院に侵入者など!」


「出来ちゃってるから~、ここに?ここに?いるんだけど?けど?」



否定出来ない事実、それがこの場にいるほとんどを苦しめる。

違うのはレティシアのみ。



(カルナは大丈夫でしょうか。確か今日は別の教室で講義を受けているはず。)



当の本人はこの場の対策ではなく、全く別のことを考えていたが。



「ま、まぁ?関係ない。ない?ので、アナタ達には。には?」


「関係が、ない?どういう意味だ!」



“関係ない”、フーヴェルの一言に不穏なナニカを感じたのか先程よりも恐怖の度合いを増やしながら叫ぶ。



「あは、あはは、あっははははははははははははははははは!!」


「な、何を!何を笑ってるんだ!!」



狂ったように嗤うフーヴェル。


悪い予感は加速していく。この場は狂気が支配し、その誰しもがあてられる。


そして、





ぐしゃり




果実が潰れる音。



「ほら?ほら?関係ない。」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る