最終話(抑え:菅部享天楽)

 鈴希はただその場に立ち尽くしていた。

 式神使いのスーツのおっさんに空飛ぶ神主、それを特に不思議と思わないバウンティーハンター、そして、人魚の血を飲んだ少女。インスタ映えに特化しすぎたパフェのように、どこから手を付ければいいか分からない程ツッコミどころ満載の光景である。もはや鈴希の理解の及ぶ範疇ではない。これをどう科学的に説明しようかと必死に考えて脳がエラーを起こしている。

 紺と紅が入り混じる空を飛行する神主を、魔改造された桃太郎のお供みたいな化け物は姿勢を低くしたり、両手を伸ばしたり、翼を広げたりして威嚇をする。しかし、神主は涼しい顔で彼らを見下ろす。痺れを切らした有翼の妖怪が空に火を一吹きすると、甲高い奇声を上げて神主にめがけて飛び立った。体をのけ反らせ神主に向けて炎を吐こうした時、突然、その姿勢のまま、羽根をパラパラとまき散らしながら地に落ちた。よく見てみると羽根と首を絞めつけるようにして、金の輪ががっしりと付いている。そして、残り二体の式神が驚いて身を引くや否や、彼らの足元から沢山の鎖がにょろにょろと生えてきて、妖怪を捕縛した。三体はそれでも、おどろおどろしい声を出すが、そこに威勢はなく、口を開けるのが精一杯といった風な弱々しいモノであった。

 相も変わらず、神主は何食わぬ顔で空を旋回し、ゆっくりと男たちの前に飛んできた。

「ここは神社、つまり聖域です。聖域でこのような行為はやめていただけませんか?」

 神主の口調は穏やかなであったが、筆舌しがたい圧力がにじみ出ている。スーツの男達は気圧されて萎縮していたが、平静を装いこう言い返した。

「それを言ったら永鯉姫はどうなんだ? あれは怪異だろ」

「永鯉は怪異なんかじゃありません!」

 神主は大きな声でそう言うと、こう続けた。

「あの子はただの人間です。この神社で暮らす普通の女の子ですよ」

 男達はだんまりを決め込んでいたが、「永鯉姫を出せ」と声を上げた。

「永鯉はここにはいませんよ。それにいたとしてもあなた達の前には出しません。何度来ても同じです」

 鈴希はそっと藤村に近づいて「そんなしょっちゅう来ているんですか?」と訊いた。「知りませんよ、私に聞かないでください」と至極当然の返事が返って来た。

「しかし、今回ばかりは見逃せませんね、一般の方に危害を加えるなど、猶の事永鯉を出すわけにはいきません」

 神主は箒から降りて男達の目の前に立ちふさがる。それでも男達は睨みを利かせたまま、一歩も引かない。

「そりゃあ、あの女、永鯉姫と一緒にいるガキの姉だそうじゃねえか。捕まえりゃあ永鯉姫も出てくるだろ」

 これを聞いた鈴希は藤村に「私、捕まえられるところだったんですね、有難うございます」と頭を下げた。しかし――

「ん? それなのに、何故最初は二手に分かれたんですか?」

「それは決まっているじゃありませんか。敵がどう動くか、確認したんですよ」

「ええ!? 囮にしたんですか!? 私を!!」

「いいじゃないですか。何もなかったわけですし、結果オーライですよ」

「何が結果オーライだ! 全然良くないですよ!」

 鈴希は両手を握りしめ拳を数回振り下ろした。それに合わせて左足で地面を踏みつける。一方藤村はというと、やれやれと両手を上げていた。

「もういいよ、神主さん」

 鈴希と藤村に突如少女が姿を現した。これは小針棒大の表現ではなく、テレビの画面が切り替わるように突然現れたのである。背丈は百五十センチ程でおかっぱ頭、真っ白なワンピースを着ている。そして、すぐ隣には

「龍!」

 鈴希は龍の姿を確認すると、力強く抱きしめた。すっかり安堵してしまい、力がぬけて崩れ落ちるようにその場で座り込んだ。

「どこに行ってたのよ」

「うん、心配かけてごめんね。有嶋町に行って、鳥先町に行って、川国市に行って、それから」

「ちょ、ちょっと待って! 有嶋に行って、鳥先に行って……川国!?」

 有嶋町はここから見て西側にある町である。鳥先町はその真逆の東側、川国に至っては県をまたぐ。

 とんでもない話を聞かされたが、鈴希はあり得ないと否定できなかった。寧ろあり得そうとさえ思えるようになっている。何故なら龍の横にいるのは、恐らく、いや殆ど間違いなく永鯉姫だからだ。

 こういうやり取りをする鈴希達を後目に、永鯉姫はすたすたと神主の隣まで歩いて行った。

「いいのかい、永鯉?」

「うん、この人達、私が直接言わないとダメそうだから」

 そう言うと、永鯉は男達に向き直った。

「残念だけど、私は事務所に入るつもりはありません」

 ……事務所?

 鈴希は目をぱちくりさせた。まるで話について行けない。

「そこをなんとか! 是非うちの怪異アイドル事務所に」

「入るかあ!!」

「で、では報酬にタピオカミルクティーはどうでしょう?」

「う、うううう……いけない、私はそんなに軽い女ではなあああ」

 永鯉姫は頭を抱えて激しい葛藤を始めた。まるで洗脳魔法を自力で解こうとする漫画のキャラクターのようである。

「アイドルになれば、実に様々な方から注目されこんな感じで崇められるようになりますよ」

 すると、男たちは目にも留まらぬ早さでスーツを脱いだ。どうやら、スーツの下に服を着ていたようで、「EIRI」と書かれたピンクのTシャツにジーパンという恰好になった。そして、どこに忍ばせていたのか、団扇を取り出した。これにも「EIRI」と書かれている。男たちは準備が整うと「せーの!」という掛け声と共に歌って踊り出した。

「エ・イ・リ エ・イ・リ E・I・R・I 永鯉!!」

「それ前も聞いたから! 呪いの舞踊はやめよ、気色悪い!」

「E・I・R・I」

「やめよ!」

 鈴希は聞きたいことがあり過ぎたが、とりあえず、藤村に怪異アイドル事務所について訊いてみた。

「知らないんですか? 怪異専門のアイドル事務所なんですよ。怪異界隈で有名じゃありませんか」

「あの、ほんと、当たり前のように言うのやめてもらえません? 当たり前じゃないんですよ」

 怪異界隈ってなんだよ、と鈴希は思ったが、気にしないようにした。

「弟クン探し、終わりましたね」

 藤村はポツリとそう言った。鈴希には何故か藤村は残念がっているように感じた。不思議に思いながらも「有難うございます」と頭を下げた。

「あとは成り行きに任せますよ、では、さようなら」

 藤村はさらりとそういうと、たったとその場を去って行った。あまりにあっさりとしていたので、鈴希はその場で呆然としていた。

 藤村の姿が見えなくなると、永鯉姫たちに視線を移した。相変わらず、男たちは狂気の乱舞をしていた。見ていて痛々しいので間に入ってあげようかなあと鈴希は思った。

「ちょっと、いい加減にしてくだざいよ、なにしてんですか、いい歳の大人が」





 藤村は九十段もある階段を数えながら、藍芽山を下りていた。

  世界七大幻味――宇宙の真理を解き明かすと言われている幻の食材。一つ食すと一つ悟りを得ることができるという。

 藤村は確信している。世界七大幻味の一つは間違いなく……。今回は邪魔が入り過ぎたが、次は大丈夫だろう。文魚の居場所を聞くだけなのだから。

「九十一」

 藤村は階段の先を見上げた。夕焼けに照らされて、真っ赤な鳥居が一層赤みを帯びていた。



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