第5話(抑え:菅部享天楽)

「なんで私が危ないんですか?」

 予想だにしない返事に鈴希は困惑の表情を浮かべる。言うまでもなく、そのような心当たりがないからだ。カクンと首を傾げる鈴希を見た藤村はやれやれと言わんばかりの微笑を浮かべて立ち上がった。

「それは勿論」

 一呼吸おいてこう続ける。

「私と一緒にいるからに決まっているではありませんか」

「あんたのせいかーい!」

 鈴希は拳を握って勢いよく立ち上がった。どこからか慌てて飛び立つ鳥の羽ばたく音がした。

「そんなに怒らないでくださいよ。探し物はおんなじなんですから、遅かれ早かれこうなっていましたよ」

 鈴希は不満に思ったが、藤村の言うことも最もであり、ぐうの音も出ない。寧ろ、鈴希はエリちゃんが人ならざる者だとは考えもしなかった。いつまでも名前を呼びながら、山を駆け回っていたかもしれない。そう思うと、藤村と行動するのは得策だと言える。

「で、でも、なんで一緒にいるだけで危ないんですか?」

「順を追って説明しましょうか」

 藤村は階段の真ん中に腰を下ろした。鈴希も「結論だけ」とは言えず、仕方なしに横に座った。

「永鯉姫の伝説は知っているね?」

「詳しくは知りませんが、神通力があって、人々から恐れられて、それでこの神社に封印された、ですよね?」

「うーん、それはちょっと、いえ全然違いますね」

 藤村は両手を上げて、やれやれと言わんばかりの態度を示した。「無知ですみませんねえ!」と鈴希は嫌味混じりに言った。

「まあ、表には出ていないお話ですからね」

 そして、藤村は永鯉姫の伝説について話し出した。

 時は平安時代にまでさかのぼる。ある貧しい村にいずみ 津美つみという小さな女の子がいた。

「このツミちゃんが後の永鯉姫です」

 津美は村の外れのある祠を毎日拝んでいた。謂れや誰が建てたのか全く分からない。唯一分かっていることはその傍にある澄んだ湖に住むと言われている文魚ふみうおという人魚が祀られていることだけである。

「なんで拝んでいたんですか?」

「それは永鯉姫にでも訊いてください」

 そんなある時、村を大地震が襲った。貧しい村のぼろの家々はいとも簡単に崩壊、遠くの川が氾濫し、瓦礫や村人を押し流した。その頃津美は祠へ参拝しに行っていた。

「そこで地震に遭い、湖に投げ出されてしまったんです。しかし、そこで奇跡が起こります」

 湖に溺れ、まさにその死の間際、二十代くらいの女性が――違う、人魚だ。人魚の文魚がこちらに向かって来たのである。文魚は尖った石で左の甲を傷つけ、無理矢理血を飲ませ、不老不死にすることで命を救ったのである。

「ところが、これが永鯉姫を苦しめることになります」

 村で唯一生き残った津美だったが、隣村の人々からは「あいつが村人を殺したのでは?」と疑うようになり、集団で壮絶ないじめに遭ったのである。そこで、神通力を使ってしまい周囲の人々が消し炭となった。この一件で村人は地震は彼女のせいだと勘違いするようになったのだ。

 津美は村を去ったが、道中で術者に遭遇してしまい、唐櫃に封印されてしまった。

「まあ、後に封印は解かれるんですけどね」

「ええ!? な、なんで!?」

「まあ、大方の見当はついていますが……」

 そんなことはさておき、と藤村は立ち上がりこう付け足した。

「エリちゃん、そろそろ戻ってきそうですね」

「え、本当ですか?」

「ええ、そろそろ……」

 すると、藤村は鈴希の腕を掴み、旧本殿の裏に駆け出した。程なくして激しい銃声が鳴り響き、金属塊がバラバラと散らばる音が微かに聞こえた。

「何事ですか?」

「先程、神通力を使ってしまい周囲の人々が消し炭となった、とお話しましたよね?」

「そう、ですね」

「それを悪用しようとする輩がいるということだ」

 藤村は両手でゆっくりと髪を整えると、旧本殿から飛び出し、尻のポケットから金属の何かを取り出して正面に向けた。茜色の光をギラリと反射させる鉄の筒は見紛うことなく拳銃である。刑事ドラマくらいでしか、いや、それも恐らく偽物であろう。本物の拳銃を初めて間近で見た鈴希はぎょっとした表情で体をのけ反らせ、動けなくなっていた。

 藤村の拳銃が二回咆哮を上げ、すぐに物陰に隠れる。

「怪異研究所から依頼があったと言いましたが、実のところはエリちゃんの観察と経過報告なんですよね。本来はそれが終われば良かったのですが」

 藤村は鈴希の方を見てこう続けた。

「あなたの弟クンがエリちゃんと深く関わっていると分かり、更にあなたが一人でここに来た――エリちゃんを狙うやつがいるというのに。相手はあなたの事も知っているでしょう。だから、弟クンの捜索の協力を提案しました」

 まあ、私も狙われているんですけどねえ、と藤村は言った。銃撃戦となっているのに、あまりにも冷静過ぎる藤村に鈴希はただ驚いていた。初めて藤村が頼もしく見えた。尤も、見えただけである。

「あの人達は何者なんですか? いきなり撃ってきましたけど」

 姿の知れない相手のことを鈴希は問うが藤村は「さあ?」と首を傾げるだけであった。

「それが分かれば苦労しませんよ」

 藤村はもう一度物陰から飛び出して拳銃を構えた。ところが、何故かゆっくりと拳銃を下ろした。鈴希はこっそりと顔を出して様子を伺う。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 そこには三人の男がいた。全員四十歳前半くらいの見た目で黒いスーツにサングラスとボディーガードでもしていそうな恰好をしている。

 問題はその傍にいる動物である。六本脚の生えた虎並みの大きさの狼のような獣、手が細長く直立しているのに手が地面についている全身に鋭利な毛を纏った人型の生物、コウモリのような羽の火を吹く雉。動物図鑑に絶対に載っていないような生き物、というより化け物が彼らに付き従うように佇んでいた。

「なんなんですか、あれは」

 鈴希は悲鳴を上げて体を引っ込めて後ずさった。

「何って、式神ですよ。え、まさか知らないんですか?」

 再び旧本殿の裏に身を潜めて藤村はすっとぼけた調子で答えた。

「当たり前のように言うのやめてもらえません?」

 オカルトや都市伝説を一切信じない鈴希にとって、あれらは存在するはずのない者達。気が動転しそうになったが、やはり鈴希は強い子、ぐっと気持ちを押さえた。

「藤村さん、何か術使ったりとか、その式神? を呼び出したりできないんですか?」

「そんなこと、出来るわけないじゃないですか」

「じゃあ、どうするんですか!!?」

「大丈夫ですよ」

 怒号を上げる鈴希を藤村は静かな声で宥める。「来なさい」と藤村は旧本殿を少し離れて空を指した。鈴希は近づいて指し示す方を見た。そこには……魔法使い!? 箒に乗って誰かが空を飛んでいるのである。式神に魔女!? 違う、魔女じゃない、あれは……

「神主さん!!!!!???」

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