第3話(中継ぎ:上坂涼)

 二人はさっそく二手に分かれて弟の龍と神主の娘であるエリちゃんの痕跡を探し始めた。

 ――まずは探すアテを掴みましょう。彼らが近くにいるのか、それとも遠くに行ってしまったのかを知るだけでも今日一日の行動はガラリと変わります。

「あ、あの! ここらへんで小学生くらいの男の子と女の子を見ませんでしたか?」

 ということで鈴希は藍芽山の登り口まで戻り、通り過ぎる人に声を掛けていた。

「そうねぇー。あんまりこっちに来る人いないからねえ。見てないねえ」

「そうですよね……。呼び止めてしまってすみませんでした。ありがとうございました」

 藍芽山は小さな街の外れにある裏山的な立ち位置だった。近隣に建っている家々の数は多いが、古めかしいものばかり。建物も住んでいる人も年季が入っているのが窺えた。周囲に漂う人の気配は薄く、ひっそりとしている。風情のある閑静な住宅地といえば聞こえは良いが、人気の無い裏通りと思うと一気に不気味さ増した。

「龍……どこに行っちゃったの?」

 一方の藤村は神社に残り、再び神主のもとを訪れていた。

「では二人は間違いなく一緒にいると」

「ええ。私の娘は必ず龍くんを家に送り届けてから、帰ってくるんです。なので二人が別々の理由で行方知れずというのは考えにくいですね。考えられるとしたら……何か事件に巻き込まれてはぐれてしまったくらいでしょうか」

 藤村はそうやって言いのける神主の表情を見逃さなかった。

「そうですか。分かりました。もし二人が戻ってきたらこちらまでご連絡ください」

 神主の手元に名刺を差し出す。それを受け取った神主がきょとんとして「ばうんてぃーはんたあ?」と呟く声を背中に聞きながら、男は参道の階段を下っていった。

 特に寄り道することはなく真っ直ぐ階段を降りきって、不安そうにしている少女に声をかける。

「首尾はどうですか?」

「全然ダメです……みーんな見てないって。というかここらへんほとんど人が通らないんですよ。お手上げです」

「そうですか。こちらは収穫がありましたよ?」

「え! 龍が見つかったんですか!?」

 藤村は両手を肩の高さまで持ち上げて、やれやれというようなジェスチャーをして、

「そうであれば良かったんですがねえ」

 と、鈴希の期待を裏切る発言をした。

「まあそれでも一歩前進です。龍くんは十中八九、エリちゃんと一緒にいるでしょう」

「一緒にいたからってなんなんですか? もしかしたら危険な目にあってるかもしれないんですよ!?」

 憤慨する鈴希を尻目に男は山をくりぬいて作られた階段を見上げる。ささやかな風が吹き、木の葉がこすれる音がやってくる。今でこそ住宅街の裏通りにあるちっぽけな山という風貌をしているが、かつては霊験あらたかな山として崇められていたのだろう。木々の隙間からやってくる息吹には、かすかな神聖さを含んでいた。

「ま、歩きながら話しましょうか」

 にっこりと笑う男に、鈴希は薄ら寒いものを感じた。


 藍芽山の参道である階段の途中で脇道に入る。草の生い茂った獣道というわけではない。明らかに人が手を加えた跡がある土の道。下調べ済みだと言わんばかりにズンズン進んでいく男の背中を鈴希は追いかけた。

「私の職業ってお伝えしましたっけ」

「聞いてないです」

「バウンティハンター。聞いたことあります?」

「……なんですか? それ」

 話している間も歩みが止まることはない。どんどん山の奥深くへと向かっていく。道も途中で獣道になることはなく、一本の茶色い線を自由に走らせたかのような道を描き続けている。この道は果たしてどこに通じているのか。このままこの男に付いていってしまって良いのか。いったい龍はどこに行ってしまったのか。鈴希はだんだんと不安を募らせていった。

「この国では賞金稼ぎと呼ばれている人種です」

「まさか龍をさらったんですか!?」

「ふふっ。たまに人攫いもしますが……堅気には手を出しませんよ。安心してください。私は悪人にしか手を下さない主義なのでね」

「あ、悪人なら手を下すんですね」

「ええ。といっても殺人は犯していませんが。せいぜい情報を引き出すために拷問をするくらいです。そんなことより本題に入りましょう」

 鈴希の前を行く大きな背中がピタッと止まった。

「あいた」

「ご覧なさい」

 大きな背中から覗き込むように、その先にある景色を眺める。すぐに飛び込んできたのは古めかしい木造の建物だった。

「ここは旧本殿です。私の調べが正しければ」

「旧本殿?」

 神社に理解のない鈴希としては至極当然の質問だった。

「もともと御神体を祀っていた建物のことだ」

「それがなんだって言うんですか?」

「中を覗いてみてください」

「えっと」

 藤村に不信感を募らせている身としては、彼に後方を取られるのは嫌だった。既に人気の無い場所まで連れ込まれているわけだから、元も子もないのは承知しているが、それでも気持ちは納得してくれない。

「あ、あなたが先に入ってください」

 男はやれやれと両手を持ち上げて、旧本殿へと向かう。観音開きの扉は既に開け放たれていたので、別段苦労することなく中へと入りこみ、死角へと姿を消した。それからほんの少しばかりして、また姿を現す。手には見覚えのある物体が。

「ああ!? 龍のポケッチ!」

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