第2話(先発:ねこねる)

 なぜ自分は階段を上りながら九十一と言ったのか? 答えは簡単だった。『段数を数えながら上っていたら、九十一段あったから』。理由はそれ以外になかったので、鈴希はそのまま口にした。すると男は手を顎に添えて「ふむ」と短く答え、考える素振りを見せる。

「この階段は九十段であると、そこの看板クンが言っているのですよ」

「かんばんくん……? は、あれ? でも……うーん、いや、じゃあ数え間違えただけですよ。それより、この神社で男の子を見ませんでしたか?」

 百近い段数であったし、龍のことを気にしながら上っていたのだから、数え間違いくらいするだろうと鈴希は思った。そんな些細なミスよりも龍の情報を何か知らないか聞き出さなければ。しかし、男は鈴希の問いを無視するように続ける。

「呪いの十三階段という都市伝説はご存知かね。十二段のはずの階段が、特定の時間にだけ十三段になるという……」

「ただの数え間違いですって! そんな話、関係ないです!」

 ただでさえ弟のことで不安になっているところに、また都市伝説。不吉な話を聞かされたくない鈴希は語気を強めて遮った。しかし男はめげずに話を続けようとする。

「関係ないとは言い切れませんよ。なぜなら、九十一というのは十三に七をかけた数字です。悪い意味ばかりではありませんが、七という数字も意味深ですよねぇ。七不思議や七つの大罪、七福神、七人の小人……これらは聞いたことがあるでしょう? 国内外を問わず古来より七という数字は特別に扱われているんですよ。それに知っていますか? 正七角形は定規やコンパスを使って描くことができないんです。ふふ……」

 何が可笑しいのか、ずっと真顔だった男が急に笑う。鈴希はその不気味さに咄嗟に言い返す言葉が浮かばず黙ってしまう。握っていた黒猫のキーホルダーにきゅうっと力が入る。そして鈴希の発した沈黙は、相手の話を促す結果になってしまう。

「呪いの十三階段の都市伝説では、その十三段目に足を踏み入れてしまうと、異世界に行ってしまうんだそうです」

 ーー異世界。クラスの女子たちが言っていた話には、神隠しというワードもあった。主観的か客観的か、その違いはあれど、自分たちが暮らすこの世界から人がいなくなるという点でそれらは共通している、と鈴希は思った。思ってしまった。

「見てください、この夕暮れ……まさしく、逢魔が時と言える時間です。ふふふふふ……」

 追い討ちをかけるように男は続ける。噂の巫女さんには会っていないが、階段を登りきった時に自分は、異世界に足を踏み入れてしまったのだろうか。だからこの神社には龍も含めて人の気配はなく、こんな不気味な男と会話をするようなことになっているのだろうか。この神社はこんなにも暗かっただろうか。こんなにも寂しくて怪しい場所だっただろうか。もしかしたら、世界からいなくなったのは龍じゃなくてわたしのほうなのではないか? この男は本当に現実に存在するニンゲンなの? ワタシハ今、ドコニイルノ……?


「……って、なるか〜い! 神主さんとだって話したし、異世界なんかありえないですよ!」

「それはどうでしょう。神主と巫女はグルで……」

「ないないない! 階段だって数え間違い! っていうか、あなたも巫女さんの都市伝説を知ってるんですか?」

「ええ、私は今日噂の巫女を見にきたのですよ。永鯉姫えいりひめというお名前らしいです。それも看板クンに伝説が載っていました」

「へえ……」

 やっぱり見た目通り変な人っぽい。鈴希はこれ以上この人と話すのはやめようと思った。それに永鯉姫の伝説ならこのあたりでは有名だから知っている。神通力が使えるという理由で人々から恐れられこの神社に封印されてしまった少女のことだ。

「……ん? 永鯉姫は封印されている女の子のことですよね。巫女さんはこの神社に"いる"って噂なのに、何か関係が……?」

「ああ、私の推理では……」

「あ、やっぱいいです! わたし人を探してて、急いでるんで!」

 うっかり話に乗りそうになってしまい慌てて手をブンブンと振って会話を打ち切る。今はそれどころではない、日が完全に落ちるまでさほど時間がないのだから。

「手伝いますよ。弟クン探し」

「えっ」

「こう見えて人探しは得意なんです」

 ほんとか? さっきまでのやりとりでかなり胡散臭さを覚えてしまった鈴希はジト目で聞き返してしまう。しかし、ふと男の言い回しに気になる部分があり、鈴希は首をかしげた。

「あれ、わたし弟って言いましたっけ……」

「女子高生が小学生の少年を探している理由なんてそうそうありませんからね。いちばん可能性が高いのは姉弟かなと」

 推理するほどのことでもありませんね、と男は続けた。初対面の変な男を、いや、"かなり"変な男を信じるのはちょっと勇気がいるが、今は人手も多いほうがいいかと、鈴希はその申し出を受けることにした。やばそうな人だとは感じるが、なんとなくその瞳に悪意はないように思えた。

「じゃあ、すみませんが、よろしくお願いします」

 鈴希は膝に手をついて頭を下げた。

「あ、わたし双葉鈴希っていいます」

「スズキクンだね。私は藤村豪ふじむらごうという」

「鈴木と同じ発音はやめてください! 苗字みたいでちょっと嫌なんです。鈴希の発音はオカピと同じです。す・ず・き」

「オカピか……。あれは引き締まった赤身がなかなか美味であったな……。一応キリンの仲間らしいのだがね、見た目通りその肉は馬肉に近いものを感じましたよ。あの時はシンプルに塩焼きと刺身でいただいたのですが、桜鍋と同じ調理法にすればもっとーー」

「と、とりあえず! わたしは龍が行きそうなところに行ってみますね!」

 まさかオカピという単語で語り出すとは思わず、鈴希は発音についてこれ以上突っ込むのはやめようと思った。オカピ以外に近い発音も思いつかないので訂正も面倒臭い。

「いいえ、それはいけませんね。まずは情報と痕跡を集めましょう。無闇に走り回っても時間と体力を消耗してしまうだけなので」

 人探しの基本です、と男は軽くドヤ顔で人差し指を立てた。

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