第1話(先発:ねこねる)
「ねえねえ、藍芽神社の都市伝説、知ってる?」
「えーなにそれえ。知らなあい」
「なんかよくある話なんだけどさ、神社にいるらしいおかっぱの巫女さんに遭遇すると、神隠しされてみんな消えちゃうらしいんだよ〜」
「マジでありきたりじゃあん。ていうかあ、みんな神隠しに遭うのにその話どうやって広まったのお?」
「え? 言われてみれば確かに〜!」
きゃははと教室で笑い合う仲良し二人組の会話を盗み聞きしつつ、
「あ……」
キーホルダーは弟の
決して都市伝説を信じたわけではないが、チェーンが千切れて転がった黒猫を見ていると何か嫌な予感がしてしまう。過保護だとは思うが、今日は部活は休んで龍の顔を見て安心しようと思った。どのみち、今から参加してもすぐに下校時刻になってしまうだろう。鈴希は落ちたキーホルダーを拾い上げて昇降口へと駆け足で急いだ。
「八十二……八十三……八十四……」
鈴希は階段を上る時に段数を数える癖があった。ブツブツと声を出しながら一段一段上っていく。陸上部で日々鍛えている鈴希にはなんてことのない階段だ。
「八十八……八十九……」
一旦家に帰った鈴希だったが、そこに龍の姿はなく、靴もないためまだ帰っていないことがわかった。時刻は17時をまわり、普段であれば龍はきちんと家に帰ってきている時間だ。数日前から両親は仕事で家をあけている。姉として自分がしっかりしなければと思えば思うほど、龍が心配になってくる。まだ焦るような時間じゃないと思いながらも、鈴希はすぐに家を飛び出し、神社に龍を探しに来たのだった。
「よし、九十一」
勢いをつけてピョンっと最後の段を上る。平時であれば気持ちのいい瞬間だが、今の鈴希の表情は真剣そのものだ。階段のすぐ先の大鳥居、鬱蒼と茂る木々、威厳のある建物、そこには当然神秘的な光景が広がっているものだと思っていた。しかしそこにあったのは……いや、そこにいたのは。
「……」
「わぁっ、あっ……すみません」
階段を上ったすぐ目の前に、あまりにも神社の雰囲気に合わない容姿をした男が立っていた。血の気の通わない白い肌に痩せこけた体、真っ黒な長髪をオールバックで固めた全身黒づくめの男。まるで映画に出てくる西洋の吸血鬼のようだと鈴希は思った。超絶怪しいので関わらないようにしようと、軽く頭を下げて足早に参道を進む。しばらく男の視線を感じたが気にしないようにと自身に言い聞かせて無視を貫いた。
鈴希はぐるりと神社の敷地内を見渡した。決して広くはない神社のため、境内の参道の真ん中から見回せばほぼ全てが視界に入ってくる。やはりというべきか、先ほどの男を数に入れなければ今日も藍芽神社に人はいない。もちろん龍の姿も見あたらなかった。とりあえず社務所に行けば誰かいるかもしれないと思い、鈴希は小走りで右側にある建物に向かう。
「あのう、すみませぇん……」
社務所の窓口のようなところから顔を覗かせて中を伺うも、人の気配は感じられなかった。声をかけてみるが当然返事はない。
「神主さんならさっきお見かけしましたよ」
「ヒッ」
背後から声がして振り返ると、鳥居の側にいた男が真顔で立っていた。思わず小さく悲鳴をあげてしまう。
「ほうきを持って、社務所の裏に」
「あ、そ、そーうですかぁ……どうも!」
またぺこりと軽めの会釈をして、鈴希はダッシュで社務所の裏手へ回った。男の言う通り、そこにはニコニコと掃き掃除をしている紫色の袴のおじさんがいた。おそらく神主で間違いないだろう。神主は鈴希に気づいて、キョトンとした顔を向ける。
「おや、どうかされましたか」
「え、えーっと、向こうに怪しい男が……じゃなくて、今日ここで男の子を見ませんでしたか? 小学高低学年くらいのすごく可愛いこなんですけど……」
「ああ、龍くんですね。よくうちの……娘と遊んでくれているので、覚えていますよ。一、二時間ほど前に境内で遊んでいるのを見ましたが、それからは見てませんねぇ」
神主さんは眉毛を下げて申し訳なさそうに首を振る。そして何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そういえば、娘にはスマホを持たせています。電話をかけてみましょう」
神主さんの提案で娘さんにスマホで連絡をとってもらったが、電波なしのアナウンスが流れるばかりで繋がらなかった。今日は神社には神主さんしかおらず、出歩くわけにはいかないとのことで、神主さんには引き続き電話で連絡をとってもらい、娘さんのことも一緒に鈴希が歩き回って探すことにした。両親が帰ってきたら、龍にもスマホを持たせるように頼んでみようと鈴希は心に誓う。完全に日が落ちても戻らなければ警察に頼ることにして、まずは探せる場所を探すことにする。とはいえ、今はアテもない。どうしたものかと視線を彷徨わせた先で、吸血鬼と目が合った。
「一応、聞いてみるか……」
鈴希は意を決して男に近づいた。軽く深呼吸をして気合を入れたが、先に声を出したのは男のほうだった。
「お嬢さん、一つお尋ねしたいのですが」
「へ? あ、はい」
「さっき、なぜ君は九十一と言ったのかね?」
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