第46話 ずっと一緒にいたいね
散歩の帰りに、蓮太郎だけデアクストスの整備棟に寄った。
ファウストは忙しくて無理だそうで、羽町が対応してくれた。
蓮太郎は羽町に頼みごとをした。
「それは、自分の一存では何とも、ですねえ。樋口さんにも聞いてみないと」
「何が難しいですか。何か俺にわかることがあれば」
「うーん、まずは予算かなあ。だいぶかかりそうですよ、それ」
蓮太郎がざっと計算したところでは、それ自体は蓮太郎の貯金をはたけば何とかなるのではないかと思われた。その他の予算はわからないので、そこは軍からも出してもらえれば。
「そこまでする必要あるのかなあ、自分には無意味そうに思えるんだけど」
羽町はなかなかうんと言ってくれない。意味があるかどうかなんてわからないけれど、やれるだけやってみたいのだ。
「……俺が操縦者としてデアクストスに乗ったら、給料とかもらえるんでしょうか」
「そりゃもちろん。破格ですよ、命の代金ですからね。葬式代の心配ならいりませんよ」
羽町は本人に向かってしゃあしゃあと言った。そんなことを気にしていたら白い魔女の補佐官とは話ができない。蓮太郎は笑顔で押し通した。
「それも遣ってください。葬式代はいりません。帰れなければこれが葬式になります。とにかくできるだけたくさんお願いします」
そして羽町がうだうだ言うのを聞かずに、蓮太郎はさっさと帰った。
「おかえりなさい。何の話をしていたの?」
「さっき相談したこと。無理に頼んできた」
帰ると、あやめが猫を抱きながら出迎えてくれた。蓮太郎は猫とあやめをなでた。そうしながら別れ際の羽町の何か言いたそうな顔を思い出して吹き出した。
「俺の貯金全部遣ってもらうことにした」
笑う蓮太郎を見て、あやめが呆れる。
「蓮て、意外と無茶するのね」
「だって死んだら遣うことはないんだし、生きてたらまた働いて貯めたらいいよ」
あやめが静かに蓮太郎を見上げた。
「死なせないわ。絶対」
「うん。一緒に帰ろう」
蓮太郎は笑ったままうなずいたが、あやめは静かにうつむいた。
「あやめさん?」
あやめは改まって、話がしたいと言った。蓮太郎はうなずき、お茶を入れてテーブルについた。いつでも触れ合えるよう、角を挟んで隣に座る。
あやめはなかなか話し始めなかった。蓮太郎はあやめの心が整うのを静かに待った。猫があやめの隣の座布団に丸まる。
猫のしっぽがぱったぱったする音が聞こえるくらい静かな時間が過ぎ、あやめは小さく息を吐いた。
「私の魔力が、少なくなっている気がするの」
蓮太郎はどきりとした。そんなことは考えたこともなかった。
「多分、もう一度デアクストスを動かすことはできると思う。でも、もしかしたら」
あやめは言葉を切った。言葉の続きを察して、蓮太郎の目の前が暗くなる。カンナの姿が浮かぶ。
「ごめんなさい、こんな話をして。大丈夫?」
あやめが蓮太郎を気遣う。蓮太郎は必死に呼吸を整えた。あやめに心配させるなんて、逆じゃないか。
「ごめん、大丈夫。でも、いつからそう思ったの?」
あやめは少し考えて微笑んだ。
「イリスと最後に乗った時、急に力の出し方がわかったの。それで、使えるだけ使って、魔力が減る感覚が初めてわかった気がしました。普通にしていても回復はするみたいだけれど、一番回復するのが、敵を倒して感情の洪水を浴びた時と、操縦者が亡くなった時」
あやめは目を閉じ、揺れる感情を抑えるように細く息を吐いた。
「それでもイリスの時は使い過ぎました。イリスが亡くなった時、半分も回復しませんでした」
あやめはイリスを取り込んだ時を思ったのか、そっと両肩を抱きしめた。
「それまでは自分の体に起こっていることがよく理解できなかったんです。だから、回復してもよくわからなかったんだけど、一度回復する感覚を覚えたら、回復していた時がわかって、思い出せるようになって」
あやめが言葉を切る。蓮太郎はあやめを支えた。あやめは少し微笑み、体を預けた。
「私、魔力って、命の力だと思うんです。生命力とはまた違う、でも命の何か。デアクストスが相手を倒した時襲ってくる相手の感情は、きっと相手のロボットが魔女を守る力がなくなって、デアクストスが命を吸い取って私に補給している時に見える副産物だと思うの。あの毒の空気もきっと減った燃料を補給するための設備なんだわ。私は、人の命を吸ってここまで生きてきたの。だから魔女なんだわ」
蓮太郎は震えるあやめをただただ支えた。何と言っていいのかわからない。でも、蓮太郎はあやめが自分で恐れているほど怖いものだとは少しも思えない。
怖がりで少し泣き虫で甘えん坊で、しかし人のために必死に頑張っている。蓮太郎は知っている。
「秀柾が亡くなった時、はっきりわかったの。私が先に切れて、銀の魔女がその後で、秀柾はきっと毒ではなくお腹の傷が原因で亡くなりました。だから魔力があまり回復しなくて、ずっと心と体が思うように動かないの」
だからあんなにたくさんの薬が必要になったのか。あやめを抱く蓮太郎の腕に力が入る。
「あやめさん」
「でも、あなたにそばにいてもらえると、少しずつ元気になれる気がする」
あやめは蓮太郎の腕にそっと手を添えた。
「あなたが好き。絶対に守るわ」
「俺も君が好きだ。一緒に帰ろう」
あやめは蓮太郎を見上げて少し笑った。
「ずっと、一緒にいたいね」
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