第26話 お前が生きる世界を


 両手に剣というのは厄介だ。ひとつかわしてもすぐ次が来る。体勢を立て直したいが、大きく離れても他の色付き3機が邪魔をする。あしらっているうちに金銀が来る。

 デアクストスの腕にはまだ銃がついている。金銀には効かないだろうが、色付きには有効なはずだ。撃つために一瞬の隙がほしい。

「大丈夫、私はあの魔女たちには負けないわ。だから落ち着いて」

 焦れるイリスを励ますように、あやめが手に力を込めた。

「魔女、たち?」

「多分、金銀には魔女が2人乗ってる。だから操縦者も2人だわ。そんな感じがする」

 デアクストスを振り回しながら、イリスははっとした。

「イリス?」

「さすが俺の魔女!」

 イリスは素早くあやめを見て笑いかけ、正面を見据えた。


「そういうことなら中央突破だ。行くぞあやめ!」


 デアクストスは翻弄するような動きをやめて、一直線に真正面から金銀に突っ込んだ。

「イリス!」

「あやめ、俺を信じろ!」

 デアクストスは軌道を変えない。金銀の間合いに入った。

 金銀の両手が2本の剣を振り下ろす。デアクストスは思い切り体を倒してその真ん中に滑り込んだ。

 ガギン、と金属がぶつかり合う。

 デアクストスの頭上すれすれで金銀の剣が交差し、ぶつかり、止まった。その下をすり抜け、デアクストスは金銀の足元を抜けた。

 背後にまわってすぐ、デアクストスは直前に外していた腕の銃を構え、撃った。撃ち終えるとすぐさまもう一方の銃も外して撃つ。色付きが撃ち抜かれて次々に爆発した。

 金銀が振り返るのに撃ち終えた銃を投げ付けて隙を稼ぎ、真紅だったものから剣を抜き取ろうとした。食い込んだデアクストスの剣は抜けず、やむを得ず真紅の剣を奪い取る。そして大きく下がり、デアクストスは金銀と向き合った。


「どうだあやめ!」

 さすがに息を切らせ、イリスが笑う。あやめも少し笑い返した。

 あやめ、頑張ってくれ。イリスは少しでも力を伝えたくてあやめの手を強く握った。イリスの操縦桿を掴む手も痺れてきている。

 デアクストスは剣を振り上げ、金銀に攻め込んだ。足を止めず回り込み続け、できるだけ金銀の斜め前を維持する。この間合いでないとデアクストスの剣は届かない。一撃食らえばそれまでだが、イリスは受けない自信があった。

 さっきの真紅に比べて、金銀の操縦者は素人だ。

 振り下ろす剣は速く重いが、単純だ。さっきの真紅の鍛え上げられた剣筋とは違う。

 デアクストスはずっと銀の剣をかわし、銀を攻撃している。この位置を取っていれば金は手出しができない。銀の装甲にはデアクストスが積み重ねた傷がいくつも残り始めている。致命傷には全くならないが、衝撃やダメージを受ける恐怖が募っていくはずだ。

 おそらく金の方が気が強い。イリスはそう見ていた。金銀の攻撃は全て金が初手だった。右利きなのかと思ったが、2人乗っているなら話は別だ。


 銀がまたデアクストスの剣を受け損ねた。デアクストスも防御を念頭に攻撃しているため、速さはあるが切れ味はそれほどでもない。この斬撃も銀の腕をかすめて装甲に切れ込んだだけで、腕を飛ばすほどの威力はない。

 しかし、遂に金の苛立ちが限界を超えた。

 金は無理に体をよじり、剣を振るった。金銀のバランスが崩れる。デアクストスは飛んだ。

 金の装甲に肩から腰まで一直線に、デアクストスの剣が走る。

「まだ浅いか!」

 イリスはすぐさま追撃体勢を取った。


 その一瞬。


 がくん、とデアクストスの足が取られた。

 強い思いがあやめを通しイリスを貫く。


 このままでは死なない。絶対に仕留める。もう間に合わなくても。絶対に殺す。


 はっとして見ると、デアクストスの足を掴んだ真紅の指先から最期の色が抜けていくところだった。

 デアクストスは咄嗟に剣をかざしたが、金の一撃はその剣を砕いた。

 激しい衝撃と共にデアクストスは吹き飛ばされ、水飛沫をあげて地に叩きつけられた。


 誰かが叫んでいる。

「う……」

 イリスは呻いて頭を振った。まだぼんやりする。

 手にぬるりとした感触があり、見ると赤く染まっていた。

 はっとして隣を見ると、あやめが体から血を流してうなだれていた。

「あやめ!」

 握ったままの手を離して、あやめの両肩を揺する。あやめは小さく呻いた。気を失っているだけのようだった。センサーが衝撃で引きちぎれたらしく、それで体に傷がついてしまったようだが、致命傷ではなさそうだ。

 ほっとして、イリスはふとまわりを見た。

「あ」

 空が消えていた。


 魔女が切れた。


「……ああ」

 イリスは笑った。

「しまった……」


 俺はここまでか。

 金銀の追撃はまだない。イリスが意識を失っていたのは短い時間のはずだ。今にも来るのか、切れた機体には最早剣を向けるまでもないのか、何も見えないコクピットではわからない。

「応答しろ!イリス!白い魔女!」

 うるさく叫んでいたのはファウストか。

「あやめ。あやめ」

 イリスはあやめを揺すった。あやめが薄く目を開け、はっとして顔を上げた。

「大丈夫か」

 あやめはこくりとうなずいたが、その顔がみるみる恐怖に染まった。状況を理解したのだ。

「イリス!私」

 イリスはあやめを抱きしめた。

「あやめ、時間がない。落ち着いて。戦場ではパニックになった奴から死ぬ。わかるな?」

「イリス、私、どうしよう……!」

 イリスはあやめの耳元で何度も落ち着いて、と繰り返した。

「あやめ、時間がないんだ。俺の話を、俺のわがままを聞いてくれ」

 ファウストの声が邪魔だ。イリスはあやめを抱きしめたまま続けた。

「あやめ、お前が好きだ。世界で一番大切だ。だから、やっぱり一緒に死ぬのはやめた。お前は置いていく」

「イリス、いや!」

 あやめがイリスの腕の中でもがく。イリスはより強くあやめを抱きしめる。

「お前に世界を残したいんだ。だから、もう一度デアクストスを動かしてくれ」

 あやめは叫んだ。

「いや、イリス!一緒に死んでって、言ったじゃない!」

「先に行って待ってるよ。お前がどんなにおばあちゃんになっても、ひと目で見つけるから、ゆっくりおいで。だから、俺に、お前が生きる世界を守らせてほしい。あやめ、頼むよ」

「イリス……!」

「あやめ。お願いだ、あやめ」

 イリスはあやめを離し、微笑んだ。

「イリス、ごめんなさい……!」

 あやめは泣いた。泣いて、そして、顔を上げ、イリスを見た。

「わかった。あなたのやりたいようにして」

「さすがあやめ、俺の魔女」

 イリスは嬉しそうに笑った。

 

 2人で手をつなぎなおした。

 あやめは短く息を吐き、片手で椅子のレバーを握り込んだ。瞳が蒼く光る。

 私の全てよ、広がれ。

 イリスを存分に戦わせる刃になれ。

 私は、デアクストスになる。


 目の前に空が広がる。

「ああ、きれいだな、空は」

 イリスは呟いた。

 ずっと空でひとり死ぬのだと思っていた。

 こんなにきれいな空と、海。そしてあやめがいてくれる。何も言うことはない。

「じゃ、行くか!」

 デアクストスは白く輝き出し、光をまとった。


 金銀ははっとしたように振り返った。

 空を切り裂くように白いデアクストスが迫り、折れた剣を振り下ろした。金の剣が叩き落とされる。デアクストスは折れた剣を捨ててそれを両手で受け止め、斬り上げた。

 金銀は危うくそれをかわした。

 身の丈ほどもある剣は、デアクストスには重過ぎるはずだった。しかし、白く光るデアクストスは悠々とそれを振るった。金銀が後ずさる。

 デアクストスが閃くように踏み込み、剣を振り下ろした。金銀は残った剣でそれを防ごうとしたが、抑えきれなかった。

 金銀の剣は砕け、デアクストスの剣が裂いた金の装甲をより深く斬り裂いた。

 金銀は金の腕を押さえ、大きく退いた。

 イリスは追おうとしたが、そこまでだった。


 膝枕をされたイリスは、幸せな夢を見て眠っているだけのようだった。

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