第4話 魔女のための海辺の小さな町


「町だ!海だ!」

 カンナは飛び上がった。目の前に、小さな町と、海があった。

「わあ、海!嬉しい、蓮太郎、海に行きたい」

 カンナがはしゃいでいる。佐々木は少しだけ目を細め、カンナをそっと制した。

「申し訳ありませんが、検査など色々していただくことがありますので、今すぐは行けません。でも、それさえすめば空き時間には何をしていただいてもかまいませんから、少し我慢してください」

 佐々木に優しく諭されて、カンナははい、と少し恥ずかしそうに答えた。


 町に入ってすぐの大きな建物に案内された。


「まずは適性検査です。中村さんが本当に雨野さんを受け入れられるかを見ます。専用の模擬演習機がありますので、こちらへ」

 厚い扉に区切られた小さな部屋に、乗り物の椅子らしきものが2つあった。スピーカーから聞こえる佐々木の声に指示されて、蓮太郎が前、カンナは後ろの少し高くなった椅子に座る。

「中村さん、椅子の肘掛けに腕を置くと、手のひらのあたりにレバーがあるでしょう。それを掴んでください」

 カンナはごそごそしていたが、これね、と嬉しそうに声を上げた。

「力が抜けるような感覚があるかもしれませんが、これで使う魔力は大変微量なので心配いりません。それでは、お願いします」

 蓮太郎は少し緊張していたが、蓮太郎には特に何の変化もなかった。しかし、もういいですよと言われて振り返ると、カンナはなんとも言えない顔をしていた。

「どうしたのカンナ姉?どこか変?」

 蓮太郎が心配して声をかけると、カンナは怒ったように目を逸らした。何だろう?怒っている。いや、これは照れているのだろうか。耳がものすごく赤い。

「数値はクリアしていますね。これなら2人で出撃できるでしょう。お疲れ様でした」

 適性検査は合格のようだ。いつものようにはしゃがないカンナを不思議に思いながら、蓮太郎はカンナに続いて部屋を出た。


「それでは、身体検査もありますのでここから別々になりますが、終わればお2人の住まいにご案内しますから。心配しないでついてきてください」

 カンナはスーツの女性に連れられて振り返りながら廊下の奥に消えていった。

「では雨野さんも行きましょうか」

 蓮太郎の方は佐々木が引き続き案内してくれるようだ。歩きながら佐々木が尋ねる。

「雨野さんは格闘技の経験などはありますか」

「いいえ」

「では圧縮記憶プログラムが必要ですね。少々こたえますが、我慢していただきましょう」

 蓮太郎がまず通されたのは机と、椅子が2つあるだけの部屋だった。

「どうぞ」

 佐々木が先に座り、蓮太郎を促す。病院のようなところを想像していた蓮太郎は少し意外に思った。

「そういうところにもご案内しますよ。ただ、先に話だけさせてもらいます」

 いつものことだと言わんばかりに佐々木がぞんざいに言った。

「何しろ人は落ち着くまで時間がかかるものですからね。検査はその間にもできますので」

「何の話ですか」

 バカにされているような気がして、蓮太郎は少し警戒しながら問い返した。佐々木はいや失礼、こちらも嫌な役目なもので、と素直に謝り、メガネを拭いた。そしてかけ直し、蓮太郎に言った。


「魔女は死にます」


 あまりに唐突な宣言に、蓮太郎は一瞬何も理解できなかった。

「これは、こちらからは操縦者にだけ説明しています。あなたが彼女に話すか話さないかは自由です。あなたの判断に任せます。まわりから漏れることは絶対にありません。ですからあなたはせめて魔女に選ばれた彼女が、残された時間を楽しく過ごせるように」

「死ぬって」

 蓮太郎は声を絞り出した。

「死ぬって、どういうことですか」

「命を失うということですよ」

 佐々木は面倒そうに答えた。

「デアクストスは魔力を消費して動きます。魔力の尽きた魔女は死にます。何故かは説明できません。解明はされていないのです。いつ死ぬのかもわかりません」


 佐々木が手を組み直した。

「確かなのは、直前まで何の異常もなく元気にしていても、デアクストスに乗ることにより死ぬことがある、しかもかなり高い確率である、ということです。魔力の量に個人差があるのか、それもわかっていません。しかし私はあるのではないかと思います。2度3度と出撃できる者もいますが、多くの魔女は1度目で死にます。それは事前の検査では測れません」

 そんな、と蓮太郎は呟いた。まだ頭が真っ白だ。

「断ることはできません。あなたが断れば、他の男を彼女に差し向けて好意を持ってもらうようにするだけです。彼女は解放しません。あなたが彼女に説明して、逃げようとしても無駄です。ここは隔離されていますし、逃げればあなたは銃殺、彼女は捕まえて、どうしてもデアクストスに乗らないのであれば解剖します。サンプルはいつでも不足しています」

 蓮太郎は震える手を握りしめた。落ち着いて、落ち着いて考えなくては。

「もちろんあなたが操縦をしくじったら、魔女もろともあなたも死にます。ですからあなたにも頑張ってもらわなくてはならないが、愛する女のためだ、男ならできるでしょう」

 佐々木は少しだけ笑った。そして小さく嘆息して、続けた。

「それだけ戦況は切羽詰まっているのです。相手の人型兵器に1度攻めてこられたら、こちら側は総力戦でようやく撃退できる程度の戦力しかありません。そう度々来ないことだけが救いだが、これからもそうとは限りません。あなたにすらすがりたい状況なんですよ」

 佐々木は淡々としている。蓮太郎はまだ説明を理解するのに必死だ。

「では、検査に向かいましょう。あまり時間がかかると、魔女が待ちくたびれてしまいますから」

「カンナを、カンナを助ける方法はないんですか」

 蓮太郎は叫んだ。佐々木は冷たく笑った。


「神にでも祈ってみたらいいんじゃないですか」

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