第5話 操縦者は魔女に話すのか
カンナは両手にアイスを待っていた。蓮太郎の分かと思ったら、両方ともカンナの分だった。
「だって蓮太郎がいつ戻るかわからなかったんだもの。食べるまで待って」
溶けちゃう溶けちゃう、と急いでアイスを食べながら検査が大変だった話もするから、カンナは大忙しだ。検査前のらしくない態度は忘れてしまったかのような、変わらない笑顔。
ポニーテールがぽんぽん揺れるのを見ていたらまた泣きそうになって、蓮太郎は慌ててカンナに背中を向けた。
「蓮太郎、どうしたの?」
カンナが不思議そうに蓮太郎を見上げた。
「泣いてるの?」
蓮太郎はいや、と短く答えた。気持ちを落ち着ける薬ももらったのに、全然効かない。
このカンナが死ぬなんて。
「わかった、採血が怖かったんでしょう、蓮太郎は注射嫌いだもんね」
カンナは勝手に解釈してコロコロ笑った。
「それより、すごいの、この身分証!見せてピッてしてもらうと、何でも買えるんだって!」
カンナは首から下げた写真入りの身分証を持ち、嬉々として振ってみせた。
「だからってアイス4つは多すぎだよ。おなか痛くするよ」
「だって選べなかったんだもん」
蓮太郎は何とか気持ちを立て直し、カンナに向き直った。チョコとストロベリー、後は季節のフレーバー。いつも迷いに迷うラインナップを全て手にして、カンナはご機嫌だ。
「蓮太郎も食べたら?アイス屋さんあっちだよ」
俺はいいよ、と蓮太郎は苦笑した。
カンナから一瞬も目が離せない。
さっき、検査の合間に、付き添ってくれていた佐々木に尋ねた。
他の操縦者は、どうしているんですか。魔女に死ぬことを話すんでしょうか。
佐々木は他の人を気にしても何もなりませんよ、と言いながら、大抵は話さないようです、と答えた。魔女は最期まで何も知らずに笑顔で過ごして、この星と愛する人を守るために死んでいきます。その方が残った者も楽なようですね。
それはそうだろうと蓮太郎も思う。カンナに運命を告げ、支えていく自信が蓮太郎にはない。
「私の方は、後は特に何もしなくていいんだって。ロボットに乗っても、座ってるだけなんだって。蓮太郎は?」
「後で格闘技を習うみたい」
「ええ、蓮太郎が格闘技?」
正確には脳と体に叩き込む装置があって、そこに入れられるらしい。経験者なら1日入ればものになるらしいが、蓮太郎のように未経験で運動神経に秀でてもいない者は3日くらいかかるそうだ。
「少しはたくましくなるかしら」
カンナがようやく片手を空けて、蓮太郎の胸をぽんとたたく。
「なるよ。カンナ姉を守れるくらい」
いつになくはっきり言い切る蓮太郎に、カンナは少し赤くなって顔を逸らした。
「何よ、変な薬でも飲んだんじゃないの」
カンナはアイスを食べ切って、ぴょんと立ち上がった。
「行こう、さっき先に私たちの部屋見せてもらっちゃったの!こっちよ」
カンナは蓮太郎の返事をいつも待たない。だってはい、しかないのだから。ポニーテールを揺らしながら、カンナは歩き出した。蓮太郎はその姿を目に焼きつけるように見つめ、それに続いた。
ずいぶん錠の多い廊下だった。身分証が鍵になっていて、誰かが通っている時は開かないそうだ。
「何か、変なシステムだよね」
カンナが先に案内された時に聞いたことを蓮太郎に説明しながら首を傾げた。蓮太郎は他のチームと会わないための配慮だろうと思った。相手が魔女にどう運命を説明しているか、いないのかわからないから。
錠をいくつか解除して、カンナは突き当たりの部屋の前に立った。
「ここです!」
カンナは何の印もない扉の錠を解除した。
中も殺風景なものだった。入ってすぐテーブルと椅子。テレビがあるのは意外だった。
「こっちがお風呂とトイレ」
カンナがばたばたと扉を開け閉めする。蓮太郎もついて回った。殺風景だが、ホテルみたいに設備はしっかりしている。ひとり暮らしの蓮太郎のアパートより風呂とトイレは広くて新しい。
「こっちが寝室」
カンナは寝室に飛び込んだ。ベッドが2つ並んでいる。
「私こっちね!」
カンナは早速窓際を取った。蓮太郎は戸惑った。
「一緒の部屋なんだ」
「何よ、嫌なの」
カンナが凄む。蓮太郎は慌ててそうじゃないけど、と否定した。
カンナと一緒に寝るのは小学生の時以来だ。カンナが中学生になったら、制服を着た彼女が急に大人びて見えて、一緒に寝るのが恥ずかしくなった。それまでは近所で、蓮太郎の両親が遅くなる時や長い休みの合間などによく泊まりあっていたのだが。
あの時が、カンナが女性であることを意識した最初だった。蓮太郎は思う。それからずっと思い続けてここまで来たのに。
「ねえカンナ姉、キスしようか」
「はあ?バカじゃないの、やっぱり変な薬飲んだんでしょう」
蓮太郎の提案はばっさり却下された。
「家具とか、別なのが良ければ入れ替えてくれるって。すごい待遇だね、やっぱりあの佐々木さんてキツネか何かなのかな」
蓮太郎はメガネをかけた佐々木のすまし顔を思い出した。
「ああ、そうかも」
「やだ、じゃこれ起きたらなくなっちゃって、私たち山の中で落ち葉にくるまってるの?」
絶対やだ、怖いとはしゃぐカンナを見て、蓮太郎はそれが本当になったならどんなにいいだろうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます