第7話 笑顔の魔女
「ずいぶん時間かかったね。訓練、難しいの?」
カンナがパンケーキをぱくつきながら蓮太郎に尋ねる。
「俺、ああいうの向いてないんだよなあ」
「そうよね、ゲームも私の方が強いもんね。私と逆なら良かったのに」
ああ、カンナ。そうできたら本当に。
「本当にそう思う」
蓮太郎は笑ってうなずいた。カンナもにっこりした。
蓮太郎の時間が空けばいつもこうしてデートのようなことをしている。今までこんなに時間があったことがないから、2人でしてみたいことはいくらでもあった。
カンナは食べたいおやつを毎日探してきて食べ歩き、満足そうだ。
昨日の夜、寝ようとして電気を消した後に、カンナは太ってきたと心配そうに打ち明けてきた。あれだけ食べれば太るだろう。しかし蓮太郎は食べて幸せそうなカンナを見ていたかった。だからダイエットには反対した。
おいしそうに食べているカンナが好きだから、もっと見たい。蓮太郎がそう言うと、カンナは人を食いしん坊みたいに言わないでよ、と枕で攻撃してきた。
結局カンナはこうして、蓮太郎のせいだからね、と言いながら好きなおやつをぱくぱく食べている。カンナが我慢しなくてすむなら大いに自分のせいにしてほしい、と蓮太郎は思った。
本当は花屋で働きながら、自分たちの働いて得たお金の許す範囲で細々と少しずつ、ずっとずっとデートしたかった。
このままずっとカンナといたい。もしかしたらもう敵なんか来ないんじゃ。
蓮太郎は思ったが、空には変わらず宇宙船が見える。
「ねえ蓮太郎、聞いてないでしょ!」
頬をつねられ、蓮太郎は我に返った。
「食べ終わったら服見に行こうよ」
さっき向こうのテーブルにいた女の子の服が可愛かったのだそうだ。
町を歩いていると、軍の関係者らしき人の中に時折、蓮太郎とカンナのような明らかに一般人らしき人がいた。彼らも魔女と操縦者なのだろう。
あまり他人に話しかけることは禁じられていて、近付き過ぎるとどこからともなく人が現れて制止される。だから詳しい状況はわからなかったが、遠目に目が合うと、相手も、あなたもそうなのか、と言っているように思われた。
そうした相手の連れている魔女がいつも笑顔なのが、お互いにただ嬉しい。
カンナは試着室にあれもこれもと服を持ち込んだ。ひとりでファッションショーでも開くのだろうか、と蓮太郎は思った。
「入らなくなってる!」
中から悲鳴が聞こえるが蓮太郎は聞こえないふりをした。女性ものの服の中で男ひとり待つのはなかなか勇気がいるが、いつカンナに見て、と言われるかわからないから前で待つしかない。
「あんたか、魔女のお相手に呼ばれた民間人て」
突然話しかけられた。蓮太郎ははじめ自分に話しかけられたと思わずにいたが、男はなお言った。
「いつも花みたいなものをいじってると女の扱いも手慣れたもんなのかい」
振り返ると、ひょろりとした軽そうな男がにやにやして蓮太郎を見ていた。
「俺の方は突然鉄のジャジャ馬から生身のお嬢さんに乗り物が変わって参ってるよ。これでもエースパイロットなんだぜ」
「何かご用ですか」
蓮太郎はそのうさんくさい男から少し離れて尋ねた。止めに来る人がいない。ここで知らない人から話しかけられるのは初めてだ。
蓮太郎は彼の服装に気づいた。そうか、見たことのない服だが制服か。軍の関係者だ。
「俺はイリス
「蓮太郎、これどう?」
突然試着室が開いた。カンナがポーズを決めている。
「ねえ、どうだって……やだ、知り合いの人?」
カンナはイリスと名乗った男に気付き、慌てて試着室を閉めた。
「もう、誰かいるならいるって言ってよ!」
カンナが怒っている。蓮太郎はイリスを見た。イリスはぽかんとしている。
「……俺の魔女に何か用事ですか」
蓮太郎が低く尋ねると、イリスは笑い出した。
「彼女があんたの魔女か。可愛いな」
「何ですか、何が言いたいんだ」
要領を得ず蓮太郎が苛立つと、イリスは笑いながら軽い調子で悪い悪い、と謝った。
「俺の勘違いだった。あんたはあんたの魔女を大事にな。……そうだ」
イリスは思いついたように歩きかけた足を止めた。
「女って、どうしたら喜ぶかな?花屋のあんたなら詳しいだろ」
そんなことはないけれど、蓮太郎は思いつくものをあげてみた。
「褒めるとか、好きそうなものを贈るとか……」
「女の好きなものなんか知らねえよ。ドレスとか?」
「そういう好みが出るものより、最初は花とか、お菓子とか、その人がいつもしていることや好きそうなものを参考にして」
イリスは少し考えていたが、突然叫んだ。
「わかった!いつもしていること、ひとつ知ってる!ありがと花屋、さすがだな!じゃあな!」
イリスは笑いながら行ってしまった。何だったんだろう、と蓮太郎は首をひねった。
「……あの人は?」
声がしなくなったからか、カンナが試着室の隙間から顔を出す。知らない人だよ、行っちゃったよ、と蓮太郎が答えると、じゃあこれどう、とファッションショーが再開した。
明日は今日買ってきた服でまた海を見に行こう。
蓮太郎とカンナはそう約束した。同じ部屋で眠るのも少し慣れてきた。
「明日も訓練?大変ね」
「うん、でもカンナのためだし」
何よ、とカンナがくすぐったそうに笑う。もう部屋は暗くしたので声しか聞こえないが、表情まで全部わかる。
「ねえカンナ、キスしようよ」
「もう何なのこの前から」
蓮太郎が思い出してまた言うと、カンナは照れすぎて怒り出した。
「だって恋人ならいいじゃないか」
「ダメよ、蓮太郎は何ていうか、そう、ムードがないのよ。しようよ、そうですか、じゃあって訳にはいかないの。したくなる雰囲気ってものがあるのよ」
それは何だろう、と蓮太郎は考えた。
「……海辺で夕焼けを見ながらとか?明日ならいい?」
「だから、そう予告したら夕焼け見てられないでしょ!もう、デリカシーないんだから!」
怒られて蓮太郎はしゅんとした。早くキスしたり抱きしめたりできる仲になりたいんだけど。
予告してはいけないと言われたので黙って考えていたら、カンナが小さく蓮太郎、と呼んだ。
「……明日の訓練、頑張ってきたらご褒美に、しても、いいわよ」
「えっ、カンナ、キスしていいの」
「だからいいってば!でも訓練頑張ってこなきゃダメだからね!おやすみ!」
叩きつけるように言ってカンナは布団をかぶった。蓮太郎は嬉しくなった。
「頑張るよ。おやすみ、カンナ」
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