第2話 客ではない訪問者
これが最後だ。
蓮太郎は観葉植物の鉢を出し終え、また腰を伸ばした。花屋は力仕事だ。屈むことも多いので、背の高い蓮太郎はよく腰を痛める。
腰をさすっていると、カンナも隣に立った。何げなく見ると、カンナは今日の空のようにぴかぴかの笑顔で蓮太郎を見上げた。どきりとして蓮太郎は空を見た。カンナはポニーテールを揺らし、空に向かって大きく手を伸ばした。
「はあ、よく働いたな!いいお天気で、気持ちいいね!」
「動いたの、俺ばっかりだよ」
「私は指示で疲れたの」
カンナは威張って答えた。
「蓮太郎は私の言う通りにしてたらいいのよ」
「してるよ、いつも」
「はいって言えばいいの!」
体当たりしてくる。蓮太郎は他愛のない攻撃を受け止めて笑った。
「ねえ、カンナ姉。来月のカンナ姉の誕生日なんだけど」
カンナはやめて、また年取っちゃう、と悲鳴をあげた。
「お祝いに奢るから、ごはんに行かない?当日でなくていいから」
誕生日の当日は、娘に店を譲って早々に引退したかと思ったら、郊外で自家製の野菜を使った農家カフェを始めたカンナの両親が娘に会いたいだろう。
カンナはいいね、と顔を輝かせた。
「ラーメン?それとも思い切って焼肉?」
「えっと、そういうんじゃなくて、もう少しお洒落な……」
「何よ、蓮太郎の癖に背伸びしちゃって!じゃフランス料理でも行く?」
カンナ姉が良ければ、と蓮太郎が答えると、カンナは嫌よ、そんな高級なところじゃ何食べてもきっと味しないわよ、と笑った。
「どうしたのよ、改まって」
カンナがまじまじと蓮太郎を見上げる。蓮太郎はどう説明しようか迷い、お祝いだから、と答えておいた。
本当は、その場で告白しようと思っていた。
カンナとの付き合いも長くなった。そのせいで、何となくはっきりさせないできてしまったことを、はっきりさせたい。誕生日ならきっかけとしては上等だ。
「何よ、気になるな」
「いいから、行きたいところ考えておいてよ」
「私お寿司でもいいな」
カンナが言うお寿司は、きっといつものお気に入りの回転寿司だ。カンナの希望に合わせていたら、蓮太郎が考えるような素敵な告白にはならないかもしれない。でも、それも2人らしくていいような気がしてきた。
「何でもいいよ。考えておいて」
蓮太郎も大きく伸びて、注文されているフラワーアレンジメントを作るため店内に戻った。
その直後、店の前に白いセダンが数台停められた。
「ちょっと、お店の前に、困るんですけど!」
カンナの声に、蓮太郎も何事かと店の外に出る。
車から降りたのは数人の男。みんな仕立てのいいスーツを着ている。
「失礼、中村さん。申し訳ありませんが、今日は店じまいにして下さい。雨野さんも、お2人で来ていただきたいところがあります」
メガネをかけた細身の男性が、穏やかだが有無を言わさぬ様子で言った。
「困ります!注文されているものも途中だし、お店の信用が」
カンナが話している途中で既に花がどんどん運び出されている。
「商品は全てこちらで、定価の倍で買い取ります。お客様へのお詫びの連絡や、代替品の手配もこちらでします。時間がありません、どうかご支度ください」
唖然とするカンナと蓮太郎の前で、メガネの男は淡々と話を進める。
「全部って、店の花全部ですか?」
「もし什器やお店そのものをお売りになりたいのでしたら、それでも結構ですよ」
カンナは慌てて売りません、と叫んだ。まごまごしていると買い取られてしまいそうだ。
メガネの男は時計を見た。彼の感情が初めて眉間に垣間見えた。これだけのやりとりで、もう彼の思惑より時間がかかっているのだろうか。
「もう出発してよろしいですか?時間がないのです」
「えっえっ、じゃあ、お財布と携帯電話」
「不要です」
言い切られ、カンナはたじろいだ。
「必要なものがあれば後で人をやります。とにかくお2人がついてきてくれればいい。では、行きましょう」
柔らかな物腰にごまかされていたが、これは不穏だ。蓮太郎はカンナを庇うように彼女の前に立った。
「どこへ行くんですか。こんな急なこと、説明してもらわなければ一緒には行けません」
メガネの男は蓮太郎を見上げた。カンナを見る時と違う、品定めをするような目。
「……あの、何か」
メガネの男はため息を隠さず、仕方なさそうに言った。
「国の、いえ、この星の危機を救うためにあなた方が必要です。こう言っても納得できないでしょうから説明は長くなります。それならその時間で移動しましょう。少々遠い場所まで向かいますので。腕ずくでもいいのですが、お互い無駄な消耗は避けた方がいいでしょう。車に乗ってください」
言葉だけは丁寧だったが、ずいぶん手荒に蓮太郎とカンナは車の後部座席に放り込まれた。
カンナはずっと蓮太郎の手を握っていた。不安そうだ。
メガネの男は助手席に収まり、数件電話をかけていた。彼の声は断片的で、聞こえてくる言葉、例の件、はい、いや、だけでは何もわからなかった。
「蓮太郎、私たち何か怖いことになっちゃったのかな」
カンナが小声で話しかける。蓮太郎も不安だったが、カンナの前でそんな様子は見せられなかった。
電話が切れたところを見計らって蓮太郎はメガネの男に話しかけた。
「あの、説明を伺いたいのですが」
「これは失礼」
さほどそうも思っていない風でメガネの男は振り返った。
「まず自己紹介しましょう。私はこういう者です」
彼は名刺を差し出した。厚みのある高級そうな紙を使っているが、真ん中に名前が書いてあるだけで肩書きも何もない。
「
カンナが読み上げるとメガネの男はうなずいた。
「肩書きは省かせてもらっていますが、軍所属、内閣室調査係も兼ねています。はばかられることも多いので印刷はしていません。むしろ、印刷された肩書きを使うときは変装していることが多いですね」
意外と内情を明かしてくれた。こう見えて誠意のある人なのかもしれない。
「今回お2人をお呼びした理由は」
佐々木は少し前を見て考えていたようだが、振り返って言った。
「中村さんには魔女になっていただきたくて」
「まじょ?」
カンナは素っ頓狂な声をあげた。
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