第85話 言葉の意味
留萌駐屯地。
もうすぐで日の入りになる頃、後藤や真駒内駐屯地からのスキル科部隊、留萌駐屯地の人間が情報交換をしていた。
オーバーフローの発生を報告された際、自分達の部隊はそのまま変わらず任務を続行せよとの通達を受けていたからだ。
それを聞いた清水は、
「そんな...我々はスキル科ですよ。オーバーフローに対処しなくてどうするんですか」
と反論したが、
「私達はここにあるダンジョンの対処で体力的にも精神的にも消耗している。それに宗谷岬のモンスターは数こそ桁違いだが、単体での強さはそこまででは無い分、魔力を伴わない攻撃でも十分効果がある。我々でなければならない理由はない」
清水はまだ完全に納得出来ていないが、上がそう決定したのでは従う他ないと渋々了承し、今に至る。
最大限のパフォーマンスを発揮出来ない今の状態で向かっても仕方が無い。
それ程危険なダンジョンなのだ。
そんな中、後藤は少し離れた所で公介を発見した。
「やあ、君は確か...」
「あ、さっきぶりです後藤さん。主人公介と申します」
後藤と挨拶を交わす公介。
結局公介もとりあえずここで待機する事にした。
目的地でオーバーフローが起きてしまった以上、こっそり侵入する事は不可能になってしまったからだ。
今来た自衛隊員達と交代するのかと思ったが、翌朝から始める破壊された建物や車の撤去作業など、復興作業では飛翔出来る彼等が役に立つ理由から、自分達の任務はまだまだ続くとの事。
「主人さん。Dクラスとお聞きしましたが...失礼ですが、ご年齢は」
彼がDクラスにも関わらず1人であのモンスター達を相手に生き延びた事へ、改めて疑問を抱いた清水が質問した。
「18歳です。特急券でDクラスになったんです」
公介の回答で更に衝撃を受けた。
その若さでどうやってそこまでの実力をつけたのか。
ただ運良く生き残れたとでも言うのだろうか。
それとも......
「ス...スキルはどういったものでしょうか」
「清水、さっき知り合った人にいきなり質問責めはないだろ」
失礼だと注意する後藤。
「う...申し訳ありません」
「いえ。俺自身も把握仕切れていないとだけ言っておきます」
嘘は言っていない。
「そう言えば、先程は飛翔していたようだったが、ここでもう一回見せてもらう事は出来るかな?」
「ここでですか。はい。構いませんけど」
あんたは質問どころか要求しているじゃないかという目を向けた清水。
公介は要望通りに体を浮かせた。
ただ浮くだけでなく、こんな事も出来ると言わんばかりに、空中で胡坐をかいたり静止しながら体を時計回りに回す。
「おぉ」
「凄い...」
想像以上の動きに開いた口が塞がらない2人。
いつの間にか、他の隊員達も物珍しそうにその光景を見ていた。
「いやはや、自衛隊にも同じ動きが出来そうな者はいるが、君の様に澄ました顔で、まるで遊んでいるかの様に出来る者はほぼいないだろう」
「はい...私もそう思います」
着地した公介を見て、2人は彼の動きだけでなく、当たり前の様にやってみせるその顔に驚いた。
清水に注意した後藤でさえ、公介のスキルを知りたくなってしまう程に。
「これくらいでいいですか?」
「ああ。十分だ。それならばあのモンスター達相手に生き延びられたのも納得だ」
「魔力の扱いに長けているのですね」
公介の魔力の扱いに驚かされる2人であった。
後藤達と分かれてからしばらく、公介は今、おにぎりを食べながら考え込んでいた。
本当はカレーを作るつもりだったらしいがオーバーフローの影響で、いつでも避難出来るよう、片手間に食べられるものしか提供出来ないとの事。
考えている内容は、今置かれている状況について。
目的地に行く途中にオーバーフローが起こり、その後目的地でも同じくオーバーフローが起こる。
オーバーフロー自体、滅多に起こるものでは無いのに、それが同じ北海道で同じ日に起こり、しかもその日に自分が北海道にいる確率を、ただの偶然で片付けてしまっていいのだろうか。
脳裏にチラつくのはワイトの存在。
バスを降りてから今の今まで、じっくり考える時間が無かったが、奴が今回の件に絡んでいる可能性の方がまだ高そうだと思ってしまう。
もしそうなら、今すぐにでも宗谷岬ダンジョンへ行くべきかもしれないが、スキルが使えない今のままでワイトと遭遇しても勝てる見込みは無い。
つまり今公介が取れる行動は2つ。
このままここで待機か。
スキルを再取得して向かうか。
向かったとして勝てるのか、自衛隊の作戦を邪魔してしまうのではないか。
そんな不安もよぎってしまう。
(クソ。こんな回りくどいやり方など必要無いってホントどういう意味なんだ)
あの男が言っていた言葉は、楽をするなという意味なのか。
例えるなら、食洗機を使っている人に手で洗えと言っているのか。
それとも食洗機を使わなくても、何か効率良く洗う方法があるという意味なのか。
思考を巡らせている公介だったが、
「よっ。隣、いいかい?」
不意に誰かに話し掛けられた。
声の方に顔を向けると、その人物は既に公介の横へ座っている。
「あ...はい。構いませんよ」
どっか行って下さいなどと言う理由も無く、承諾した。
その男は40代前半の様な顔立ちだったが、蛇革のジャケットの下にたくさんの果物や葉が描かれたシャツを着ており、陽気で軽い口調も相まって不思議と言う他無い雰囲気だ。
「北の方では大変な事態みたいだな」
「そうですね。こっちまで来なければいいですけど、もうかなりの被害が出てるみたいで」
「らしいな。お前は、行かなくてもいいのか?」
「え?」
一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。
最初に言われた通り、大変な事態なのだから、一般人がその場所に向かう必要など無いだろう。
「そんな顔しなくったっていいだろう。お前ならあのダンジョンのモンスターとだって戦えるじゃないか」
確かに自分ならば宗谷岬ダンジョンのオーバーフロー鎮圧に貢献出来るだろうが、自衛隊の作戦を妨害してしまうのではという不安からどうするべきか悩んでいた。
だが何故この男は自分の実力を知っているかのような口振りなのか。
「それにお前もほら......開拓者って奴なんだろ? だったらダンジョンのモンスターと戦う事に迷う必要なんてないだろ」
「それは......」
陽気な口調とは裏腹にかなり的確な事を言われ、何と返せばいいか分からなくなってしまう。
「当ててやろうか。お前は恐れているんだ」
「え、いや...そんな事......別にモンスター相手にそこまでの恐怖は」
「違うそうじゃない」
自分が恵まれている事は理解しており、一般的な開拓者よりモンスターに対しての恐怖は薄い。
だが目の前の男は否定した。
「お前が恐れているのは自分自身だ。式典の時、ノアを無力化出来なかった事に、心のどこかでまだ責任を感じている。どれだけ強くても自分は役に立てないんじゃないか。所詮スペックが高いだけの木偶の坊だと」
「な...なんで俺とノアのやり取りを...」
何故自分かノアと対敵した事を知っているんだと驚いた。
「どうなんだ?」
だがその男は、質問は受け付けないと言わんばかりに、再度聞き直す。
自分ではそんなつもりは無いが、真っ向からの否定は出来なかった。
ひょっとすると深層心理のどこかではそのように自分に自信が持てなくなっているのかもしれない。
「まあどうするかはお前の勝手だが、お前があのダンジョンでしたかった事はもういいのか?」
「!? どうしてそれを!」
俯いていた公介は先程より更に驚愕し、度肝を抜かれた様に男の方へ顔を向けたが、既にそこには誰もいなかった。
「消えた...」
男が消えた後、公介はまた思考を巡らせていた。
自分が自由設定のスキルを得た時、数値化のスキルがあればと思い、実際に数値化のスキルが得られた。
だがそもそもそれは本当に数値化のスキルだったのか。
数値化スキルで出来るのは文字通り、数値を見るだけ。
見れた数値を操作したり、ましてや全てのスキルが表示され、その中から好きなものを取得する事など出来ない。
しかし自分には出来た。
自由設定とはただ単にスキルを好きなだけ取れるスキルなのか。
数値化スキル、少なくとも自分はそう思っていたもののお陰で、聞いた事も無いスキルが表示され、好きなように取れることを喜び、それ以上の事は考えていなかった。
発声切替スキルのお陰で複数のスキルを同時に使用する練習をせずに済んだ。
それ故、あくまでも取得しなければスキルは使えないと思い込んでいた。
「こんな回りくどいやり方など必要無い」
あの男の言葉の意味が、わざわざスキルを取得する行為など、やる必要が無いという意味だとしたら。
魔力を回復させるスキルにより、体に魔力が満ちていくあの感覚。
魔法効果上昇スキルにより、消費した魔力が何倍もの効果に膨れ上がるあの感覚。
それを今再現したらどうなるか......
(あの感覚を思い出せ。思い出すんだ)
何かを思い出す時、その時取っていた行動をする事で記憶を呼び起こすように、スキルを使っていた時の感覚を思い出す公介。
すると......
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