第86話 駆除作戦
(間違いない。少しだけど魔力が回復した)
自分の中で消費した魔力が戻っていくのが分かる。
(でも前と同じとはいかないか。思い込みの問題なのか。それとも自信か)
このまま続ければ、使っていたスキルは完全に戻るかもしれないと期待する公介であった。
第2のオーバーフローが発生して間も無くの頃。
「政府は北海道全域に緊急事態宣言を発令。
更に稚内市、猿払村、豊富村、浜頓別町、幌延町、天塩町、中頓別町、枝幸町、雄武町、音威子府村、美深町、中川町、遠別町、初山別村に警戒レベル5、緊急安全確保の避難指示を出しました。
勧告ではありません。
対象地域の皆様は迅速に南方へ避難して下さい。
自衛隊の駆除作戦の状況によっては、今後対象地域が増える可能性があります。
現在対象地域の外に住んでいる道民の皆様も最新情報を逃さず、引き続きチャンネルはそのまま、いつ避難指示が発令されてもいいように準備を進めて下さい」
テレビはどのチャンネルも宗谷岬ダンジョンのニュースで持ち切り。
多少の災害では通常放送を続ける放送局でさえもだ。
札幌駐屯地、北部方面総監部も度重なる対応に追われていた。
「どうなっている!? 同じ都道府県で同じ日にオーバーフローなど、前代未聞だぞ!」
「総監。ダンジョンが世界中に現れてから、まだ前代なんて言葉を使える程の時は経っていないですよ」
北部方面総監の愚痴に答える札幌駐屯地司令。
「...はあ...そうだな。統幕長からの通達だ。どんな手を使っても、絶対にモンスターを駆除せよとの事。だがどうする? 住民の避難が終わっていない内は派手な攻撃は出来んぞ」
頭を悩ませる総監。
「開発中の対モンスター用、ダンジョン制圧兵器はどうなっている?」
「まだ調整段階で、今回の作戦には間に合いません。旭川のスキル科部隊には試験的に一部の武装を持たせていますが、先程のオーバーフローに出動させたばかりです。連続での任務は危険かと」
司令の言葉に防衛部長が答える。
「そうか......では稚内分屯地には引き続き住民の早急な避難に全力を注いでもらい、名寄の第3即応機動連隊と第2特科大隊を現場へ急行。避難完了の後、戦車、装甲車、迫撃砲、戦闘ヘリ、あらゆる手段でありったけの攻撃を行う」
「周辺地域は平野で、建造物への被害も最小限で済みそうです。それに道が広い上に直線が多いので、車での避難も可能でしょう」
考えた末、総監は作戦を立案し、司令が付け足す
「ああ。だが既に宗谷岬周辺は壊滅状態だ。予想しえない事態とはいえ、我々は既に先手を取られている。これ以上の被害は出せない」
総監はそう決意した。
このダンジョンで出現するモンスターは、
蟻。
大きさは約10cmと、蟻として見ればとんでもない大きさだが、ダンジョン内のモンスターとして見れば、1匹1匹の強さは大したことはないだろう。
脅威なのはその数。
ドローンでの記録映像ではダンジョン中を埋め尽くす程の数が確認された。
その数は軍隊蟻でさえ可愛く見え、集合体恐怖症の人が見ればショック死しかねない光景である。
それが時速約20キロで移動するのだから、恐怖以外の何者でもない。
宗谷岬ダンジョンの周りが万が一の事態に備え、貴重なダンジョン産鉱石、ミスリルの壁で覆われていた事もあり、時間稼ぎには成功したが、ドアがこじ開けられており、さらに蟻達の圧倒的な数もあり、破壊されてしまった。
田舎なだけに人は少ないものの、迅速な避難が難しい高齢者の割合は多く、犠牲者も出ている。
自衛隊は機動戦車や装輪装甲車、自走榴弾砲に誘導ミサイル搭載車、多目的誘導弾搭載車などを現場に急行させ、防衛ラインを築いた。
「我々の後ろは木々が生い茂っている。視界が開けたここで食い止めるぞ!」
今回の作戦の指揮官が隊員達を鼓舞する。
このモンスターの恐ろしさが単体の強さではなく、無限にも思えるその数だったとしても、魔力を伴っていない攻撃で効果があるならば、範囲攻撃で一網打尽に出来る。
その甲斐あって、防衛ライン構築時より、少しずつだが奴等を後退させる事に成功している。
しかし、その後退が突如止まった。
「どういうことだ? 何故押し返せなくなった?」
そこで上空部隊からの通達が来た。
黒だった蟻に赤色の個体が混じりだしたと。
赤色個体は攻撃によって吹き飛びはするものの、一部は消滅せずに、再度こちらに進行してくるとの事。
「まさか、熱や衝撃に耐性がある個体の出現とは...」
魔力を伴っていない攻撃でも効果があるという前提が覆ってしまい、ダンジョンに嘲笑われている様に感じてしまった。
そこで指揮官の脳裏に一抹の不安が過る。
このダンジョンの危険性が示唆されてから、万が一オーバーフローが起きた際、対策法の議題に挙がった、戦術核による殲滅。
だが倫理的な問題と、避難が間に合わないとの観点から、早急に御蔵入りになったと聞いていたが、それでもこの状況を上層部に把握されれば、やむを得なしと判断される可能性もゼロではないと悟ってしまった。
幸か不幸か、自分達が時間を稼いだお陰で、市民の避難はほぼ完了している。
(インドのダンジョン爆発に使われたアメリカの新型ミサイルも可能性としては有り得るか)
指揮官が考えを巡らせていると、またもや上空部隊からの通達が入った。
「こちら上空部隊。モンスター達の進行が止まりました」
「なに!?」
進行が止まる。
普通なら喜ぶところではあるが、指揮官はある確認を取らせた。
「進行が止まったモンスターと当ダンジョンの距離はいくつだ?」
「はい。約10キロメートルです」
指揮官はその報告に頭を抱えた。
インドと違い、対応が遅れたカナダのダンジョン爆発では、地上に進行してきたモンスター達は半径10キロ圏内を占拠した。
つまり......
「今回のはオーバーフローじゃない。爆発だ!」
北部方面総監部
「どうなっている!? 鑑定スキル持ちが定期的にチェックしていただろう! 何故急に爆発なんだ!? 前代未聞だぞ!」
「ですから前代と言える程、ダンジョン出現から経ってないですって!」
またもや総監の愚痴に返答する司令。
「確かカナダでもインドでも、ドーム状の壁が展開されていました。今回も間も無くそれが現れるという事でしょうか」
防衛部長が冷静に分析する。
「半径10キロ圏内だったか。どうなんだ対象地域の避難は」
「ほぼ完了している筈ですが、1人残らず全員が間違いなく避難しているかと言われると...少なくとも自衛隊の攻撃地点は完了していますので流れ弾に当たる危険は無いかと」
「攻撃地点はモンスターでビッシリなんだ。人なんているわけないだろう。寧ろ知りたいのはそこ以外だ」
司令の言葉に総監がツッコミをいれる。
「米軍に例の新型ミサイルの支援攻撃を要請してもらえるよう、大臣に伝えるのは?」
「いや、インドで使われた際は、破壊された壁が直ぐに再形成されたらしい。幸い壁の中にいたチームがダンジョンのコアを破壊し、事態は収束したようだが、要するに...」
防衛部長の進言に、それはどうだろうと返す司令。
「中に手練れの開拓者や隊員がいない今、カナダ同様打つ手無しという訳ですか」
「居合わせた開拓者達は市民の避難を手伝ってもらっていたからな。偶然実力者がまだ壁の中に残っている確率は...」
司令の言葉を察し、続きを話す防衛部長に、ああと頷く。
「通常兵器の方が効率的だと、たかをくくっていた事が裏目に出たな......仕方無い。現状ダンジョン爆発を鎮圧する事は不可能と判断し、攻撃を中断、ドーム状の壁の外で部隊を、撤退が可能な状態で待機させる。統幕長と話し合う時間をくれ」
オーバーフローならともかく、爆発ともなれば今の戦力では手に負えないと判断し、総監は部隊の攻撃中断を命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます