第83話 後藤
公介がオーバーフローに遭遇した時、自衛隊も対応に追われていた。
陸上自衛隊 札幌駐屯地 北部方面総監部
「現場の状況は?」
北部方面総監は札幌駐屯地司令へそう尋ねる。
「はい。ダンジョンに併設されたダンジョン保険の会社が対応にあたってくれているそうですが、犠牲者も何名が出ており、ここは当初立案されていた対処計画通り、早急にスキル科の部隊を災害派遣するべきかと」
「旭川駐屯地からなら100キロもありません。あそこにはスキル科の小隊が駐留していますし、彼らを向かわせましょう。真駒内駐屯地のスキル科もそれに追従させるかたちで」
北部方面総監部防衛部長が付け足した。
「そうだな。一部の隊員には例の武器も持たせてある」
司令がそれに頷く。
「うむ、ではその案でいこう。到着にはどれくらいかかる?」
「輸送ヘリで約25分程ですが、例の武器を持たせた2人ならヘリよりも速く飛翔して向かえますから、その2人は15分もあれば」
案を採用した総監に司令が答える。
「留萌の26連隊も向かわせましょう。あそこに配備されている装甲車なら足止め程度は出来る筈です」
「よし。ではオーバーフローが起きた際の対処計画通り、旭川と真駒内のスキル科小隊に災害派遣命令。さらに旭川には留萌の装甲車を急行させるよう通達だ」
防衛部長の意見で考えがまとまった総監はそう宣言した。
「しかしオーバーフローか。なんだか発生の感覚が増えていると思うのは気のせいか」
「いえ、気のせいではありません。データによると、オーバーフローの発生から他のダンジョンでのオーバーフロー発生までのスパンが僅かですが短くなっています」
「やはりか。ただの偶然であってほしいが、まあそれについては政府が考える事案だ。我々は起きた事例へ対処する事に尽力しよう」
通達を終えた総監の疑心にそう答えた司令であった。
公介は道路を駆けている熊型モンスターを次々と撃破していた。
と言っても派手な動きはせず、ただその場で光線の様に魔力を飛ばすだけだ。
だがモンスターがここにいるということは、ダンジョンに併設されていた民間警備会社はどうなっているのか。
目の前のダンジョンがオーバーフローを起こせば、嫌でも対処しなければならない。
だがここまでモンスターが来ているという事は......
(!? なんだ? 空から...)
後方の空から2つの魔力を感じ取った公介。
このダンジョンに飛べるモンスターはいない筈だと考えていると、次第にその姿がモンスターではなく人間であると理解できた。
降下しながらその勢いで持っていた刀を熊型モンスターへ突き立てたその2人は、その後も熊型モンスターを豆腐を斬るかの様に、いとも容易く両断していく。
(あんな簡単に斬れるものなのか)
あっという間に周辺のモンスターを片付けてしまうと、こちらに気付いたのか、駆け足で近寄ってきた。
彼は公介の胸にあるDクラスのバッジを見ると、確認するように話しかけてきた。
「避難されていないところを見ると、避難誘導とモンスター駆除にご協力下さった開拓者様でしょうか」
「はい、そうです。避難誘導よりもモンスター駆除をメインにやってましたけど」
公介の言葉を聞くと、彼は敬礼をして自己紹介を始めた。
「ご協力ありがとうございました。私は、陸上自衛隊陸上総隊直轄、対特殊指定区域敵対勢力制圧隊、小隊長の後藤と申します。Dクラスにもかかわらずモンスターへ立ち向かう勇気に敬意を。後は我々にお任せ下さい」
「ど...どうも」
どう見ても年上であろう人物に敬礼をされ、つられて自分まで敬礼をしてしまった。
(我々って言ってたけど、魔力を感じられたのは2人だけだったな。後から来るのか)
自分としてはそんな御大層な事はしていないつもりだが、自分のクラスよりも高いランクのモンスターに立ち向かう行為はそれだけ危険なのだろう。
公介が倒した熊型モンスターはDランクが大半だったが、時よりCランクも混ざっていた。
「あ、そういえば今回オーバーフローが起きたダンジョンって警備会社が併設されている所でしたよね。ここまでモンスターが到達したってことはかなり危険な状況なんじゃ...」
「ええ。外側からモンスターを撃破しつつ、中心へと向かう作戦ですが、後から到着するメンバーと共に、取り残された方達の救援に向かう手筈となっております。では、一刻を争いますので私はこれで」
後藤は話し負えると足早に飛翔し、モンスター駆除へ向かった。
オーバーフローが起きる前、旭川駐屯地に配属されているスキル科の小隊長、後藤2等陸尉はいつも通りの日々を送っていた。
30人程いるスキル科の隊員を3つに分け、1つは近辺のダンジョンでモンスターを相手にし、実戦経験を積みつつ、魔力の扱い方を学び、ドロップした透明水晶で魔力量を上げる。
もう1つは駐屯地内で基礎トレーニングや、スキルを使った対人戦闘訓練などを行い、残った1つは休み。
それをローテーションで回している。
有事の際、スキル科の部隊が駐屯地に1人もいないなどという事態に陥らない為の案である。
そして今日後藤は駐屯地内での訓練の日であり、ダンジョンの方は副小隊長の清水零那3等陸尉に任せている。
そんな彼は今、部下の隊員との対人戦闘訓練を行っていた。
「隊長、強すぎですよ」
「何を言う。スキルを使わないだけでも手加減してやってるんだ」
身体強化スキルを使用した隊員をスキル無し、魔力を流した肉体だけで対処する後藤。
「隊長のスキル使われたら、体がこま切れになっちゃいますよ」
「そんな事はないぞ。魔力を流した体に身体強化スキルを併用されたら、いくら俺でもそう簡単には切れない。それに最初は少し出すだけでもヘトヘトだったんだ」
「確か水道を使っている時、手に違和感を感じて、力を込めた時に水が出たんですよね」
「ああ。あの時はダンジョンが世界に出現して間もない頃だったからな。驚いたものだ」
後藤のスキルは[水]。
その名の通り水のような液体を生み出し、操る事の出来るスキル。
彼はそれを工夫し、ウォータージェットのような使い方でモンスターを切り裂く事が可能。
「俺みたいなスキルとは違って格好いいですよねー」
目の前の隊員が持つ身体強化スキルは、スキル全体で見れば当たりだが、戦闘に使えるスキルの中では一番メジャーな事も影響してか、下の下と見られる事も多いスキルである。
「またそれか。いいか、日本最強と呼ばれている一国さんが持っているスキルである時点で、そんな台詞は言い訳だ」
「そりゃあ...そうですけど」
しょんぼりしている隊員を見て、少し反省する後藤。
「そう落ち込むな。確かに貴重なスキルを持ってる俺が軽々しく言っていい台詞じゃ無かった」
後藤は手をパンと叩き、話を続ける。
「よし、俺に一撃当てられたら、今度焼肉奢ってやる」
「ホントですか!?」
その言葉を聞き、顔を上げて喜ぶ隊員。
さらに周囲にいた仲間達もそれを聞き付けたようだ。
「あ、隊長! 勿論それ俺らも含まれますよね!」
「あ...ああ。当然だろ。1人ずつ相手してやるから、とりあえず持ち場に戻ってろ」
後藤の言葉を聞き、皆どうすれば一泡ふかせられるか、必死にシミュレーションに励み始めた。
理由はどうであれ、やる気を出してくれるのは良い事だと思っていた後藤だったが、その瞬間は突如訪れる。
「! この音は!」
オーバーフローが起きた際のアラートが駐屯地内に鳴り響く。
「留萌地域でオーバーフロー発生。スキル科の部隊は直ちに出動準備。繰り返す...」
今回のダンジョンでオーバーフローが発生した場合は、旭川と真駒内のスキル科隊員がヘリで現場に向かう。
自分と副隊長の清水、そして真駒内の隊長と副隊長は飛翔し、直接現場へ急行する手筈になっている。
直ぐ様訓練を中止し、後藤は国から支給された試験武器と、鍛治スキルでつくられた防護服を身に纏い、飛翔する。
その途中、付近のダンジョンで訓練していた清水副隊長と合流した。
「清水! 事態は把握しているな!」
「はい。元々ダンジョンでの訓練でしたし、試験武器も持ち込んでいたので装備はこのままで行けます。他の隊員達も同様、駐屯地に着いたら直ぐヘリに搭乗するよう命令を出しています」
冷静な口調で返す清水の言葉を聞き、2人で現場へと急行するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます