第82話 偶然か必然か
公介が新千歳空港に到着した少し後、ノアからの1回目の猶予が迫る中、アメリカのビディエン大統領は、ホワイトハウス内からモニターを通じて、会見を行った。
「国民の皆さん、アメリカは現在、サンフランシスコにて軍事国家エデンによる軍事侵攻を受けております。当初防衛作戦は順調に行われ、事態はこちら側に優勢ではありましたが、敵の停戦要求と、円盤型戦闘機の撃墜による2次被害を避ける為、一時戦闘を中止する決断にいたりました。ですがご安心下さい。ここは世界最強の軍事力を持つアメリカ合衆国です。我々に敗北は無く、市民に背中を見せても、敵に背中を見せる事はありません。最後に立っているのは、我々であります」
大統領の発言が終わると、記者達が続々と質問を投げ掛けてくる。
「大統領! 休戦は、こちら側の慈悲ではなく、敵国からの提案を呑まされたとの噂もありますが、いかがお考えでしょうか!」
「噂は噂でしかありません」
「戦局はこちら側に優勢との発言がありましたが、本当にそうならば、一方的な侵略行為に対して、このタイミングでの休戦は不自然ではないでしょうか」
「先程も申し上げた通り、円盤型戦闘機の撃墜による2次被害を避ける為です。戦闘区域は国民の生活圏であり、当然被害は最小限に抑えなくてはなりません」
いくつかの質問に答えた後、大統領はそれ以上記者達の追及には応じず、モニターは消えてしまった。
「大統領! そもそも敵の侵入を許してしまった要因は...」
記者達はまだ聞き足りないとばかりに質問を投げ掛けるが警備員に制止され、会見は終了。
「勘弁してくれ...」
羽田空港だけでなく、新千歳空港からも、稚内空港行きの便が緊急の整備作業により欠航してしまった事に落胆している公介。
スマホで電車や路線バスの時間を調べるも、ダイヤが合わず、仕方無く札幌まで飛翔し、高速バスで行く事にした。
どうせ札幌まで飛翔して行くのなら、ここから宗谷岬まで飛翔して行こうかとも考えたが、流石に距離があり、疲れる上、謎の男によってスキルを使用出来なくさせられた事を思い出した。
つまり魔力の回復速度を向上させるスキルが使えない訳で、東京の店で青水晶をかなり買って来ていたとはいえ、魔力は温存しておきたかった。
高速で移動すればする程、同じ距離でも消費する魔力が増えるので、遅く移動すれば、消費量は抑えられるものの、それならば交通機関を利用するのと差程変わらない。
運賃をケチる程、お金に困っていないという思いも少しあった。
それでもやはり魔力回復速度上昇スキルや隠密スキルだけは取得し直すべきか迷ったが、謎の男に言われた、こんな回りくどいやり方など必要無い、という発言がどうしても引っ掛かり、なるべくならスキルも使いたくは無かったのだ。
札幌までは飛翔し、バスターミナルの窓口で運良く13時発の便を購入出来た。
そして現在、時刻は16時。
留萌まで来た公介だったが、そこで少し強めの揺れに襲われた。
「ん?」
運転手がよそ見でもして、赤信号に気付くのが遅れたのかと思い、前を確認するべく、顔を横にスライドする。
しかしフロントガラスの向こう側を見るに、どうやら前の車が停止した影響でブレーキをかけたようだ。
特に信号は見当たらず、何事かと視線をその先に向ける。
バスに乗っているお陰で目線が高く、遠くまで見えるが、それでもかなり奥の方まで車が止まっており、北海道、それも中心部から外れた場所にしては珍しい。
「事故でもあったのかねぇ」
乗客の誰かから、そのような声が聞こえてきた。
確かこの辺りには留萌ダンジョンがあった筈。
公介がそんな事を考えていると、奥の方からこちら側に走ってくる人影が確認出来た。
それと同時に響き渡る防災無線。
「只今、この地域でダンジョンのオーバーフローが発生しました。住民の皆様は警察官、消防隊員など、行政の指示に従い、至急避難して下さい。繰り返します......」
「オーバーフローだって!?」
誰かがそう叫んだ。
どう考えてもこの防災無線と目の前の光景は関係しているだろう。
そう判断していると、遠くから車が飛ばされてきた。
まるで子どもがおもちゃの車を投げ飛ばしたかのようなその光景は間違いなくモンスターによるものだ。
バスのすぐ横に落下し、轟音が響いたと同時に車内がパニックに陥る。
「おっ...おい! ヤバイぞ! 逃げろ!」
前後を車に挟まれている中、全長の長いバスが方向転換する事は不可能であり、運転手はドアを開け、避難を促した。
「バスでは身動きがとれず、徒歩での避難をお願いします。皆様、どうか落ち着いて行動して下さい」
運転手がドアを開けると、呼び掛けも虚しく、乗客達は慌てながら我先にとバスから飛び降りる。
幸いおしくらまんじゅうの様にはなっていないが、それでも凄い勢いだ。
「熊型モンスターか...」
ただ1人、公介だけは冷静にスマホを見ていた。
近くにダンジョンがあるのは知っていたが、何のモンスターが出るのかは把握していなかった為、検索していたのだ。
このダンジョンからは熊型モンスターが確認されている。
浅い階層に出る熊は子熊サイズ。
階層が深くなるにつれ、ツキノワグマサイズ、ヒグマサイズと、大きくなっていく。
だがそのヒグマサイズのモンスターでもランクはA。
スキルを使えない今の自分でも容易に倒せるだろう。
「お客様、冷静なのは大変ありがたいのですが、避難をお願いします」
「いや、俺開拓者ですし、倒してきますよ」
オーバーフローの対処に当たる組織は主に自衛隊、そして状況によって支援に当たるダンジョン保険の民間警備会社である。
メインとなるのは自衛隊だが、日本各地、どのダンジョンでも起こりうるオーバーフローに即座に対処するのは難しい。
しかも対モンスターの為に新設、訓練されたスキル科の部隊が駐留する駐屯地は更に少なく、最近では到着時間を早めるべく、航空自衛隊の輸送機を使い、現場上空から飛翔出来るスキル科所属部隊を直接降ろす案が採用された。
民間警備会社は都道府県知事の要請により市民の避難誘導を手伝う。
民間警備会社の本業は保険会社と連携し、加入者の救難要請に応じて、ダンジョン近くに併設された拠点から救援に向かう。
本来ならばそれも国が行うべき事案だが、ダンジョンでの遭難は時間が経つにつれ、生存率の低下が山などの遭難と比べ著しい。
故に、現在の対策は開拓者になる際、彼等にダンジョンの危険さと、あくまでも自己責任である事を強く周知させ、ランク制度を設け、ダンジョンへ入る際も、モンスターの特徴やダンジョンの地形の把握、推奨人数や持ち込むべき物資のリストを公開したりなど、遭難者の発生抑止に尽力している。
とはいえ、オーバーフローが発生した際、自衛隊と民間警備会社の人間以外は避難する事が推奨されているが、避難以外の行動を明確に禁止する法律は無い。
腕に自信がある開拓者などは市民を守る、ドロップ品を狙うなどの理由でモンスターと戦う事例もある。
「お客様、失礼ですが開拓者のクラスはおいくつでしょうか?」
「18歳なので、まだDクラスです」
それを聞き、公介の胸元にある白いバッジを見た運転手は申し訳なさそうに答える。
「その年で...ということは特急券持ちですか......お客様、度々失礼を承知で申し上げます。特急券を得て、その年でDクラスになった事で、若さ故の自信がついてしまったと推察致しますが、私にはそれが過信にも見えてしまうのです。それにこのダンジョンにはAランクのモンスターも出ると言われています。今は武器も携帯していないようですし、ここは避難するべきです」
「いや...まあ確かにそうなんですけど...」
協会で武器のケースを購入したが、破壊の剣は体内に保管出来る上、今回はこっそり入るのだから、武器を見せる必要も無く、ケースは自分のダンジョンに置いている。
運転手の説得に公介も少し困り顔になってしまう。
どうせ乗客への避難を促した後は、自分も早急に避難するだろうと考えていたからだ。
(まさかここまで熱く説得されるとは。ここはでしゃばらずに避難した方がいいか)
オーバーフローの発生がこのダンジョンで良かった理由と悪かった1つずつある。
良かった理由は民間警備会社が併設されていた事。
熊型モンスターからは熊肉がドロップする為、一定の需要がある事が要因だ。
都道府県知事の要請で避難誘導を手伝うとはいえ、流石に目の前にモンスターが迫ってくれば要請云々関係なしに、対処せざるを得ないだろう。
悪かった理由1つ目は、高ランクのモンスターまで地上に出てきた場合、民間警備会社では手に余るという事。
つまりその時点で、良い理由は無かった事になる。
因みに自衛隊がこれまでオーバーフローに対処したケースはいくつもあるが、これらは防衛任務ではなく、あくまでも災害派遣というスタンスをとっている。
理由としては、自衛隊員以外の行動を抑制しない為だと言われている。
民間警備会社の社員や、開拓者などがオーバーフローの対処に協力する際、防衛任務だった場合、守るべき国民に自衛隊と同じ活動をさせる事になってしまう為、災害派遣の方が災害ボランティアとして見れる分、聞こえが良い。
避難を推奨し、開拓者には散々モンスターの危険を周知させても、モンスターと普段戦っている連中がオーバーフローの際、役に立ってしまう事実は皮肉である。
「少し話が長くなってしまいました。早急に避難しましょう」
運転手がそう言いながらバスを降りた瞬間、公介は咄嗟に彼を突き飛ばしながら降りた。
「危ない!」
運転手が降りた場所の横から、魔力を感じ取ったからだ。
突き飛ばしたことで運転手が居た場所と代わるように公介が降り立ち、運転手へ襲い掛かっていた熊型モンスターの前に魔力で壁を形成し、防御した。
その間に自分の体に魔力を流しつつ壁を解除し、怯んでいた熊型モンスターへ拳を叩き込む。
熊は後方へ吹き飛ばされ、そのまま粒子となって空中へ消えていった。
「大丈夫ですか」
遠くからも続々と魔力を感じ取った事で、急いで運転手へと駆け寄る。
「え...ええ。ありがとうございます......あはは、どうやら私はとんだお節介を働いてしまったようですね」
公介の動きを見て、自分が彼にした心配は無意味だったと悟った。
「いえ、見ず知らずの人の身を案じてくれる気持ちは純粋に嬉しかったです。ここは任せて早く避難して下さい」
公介の言葉に、運転手はご無事で、と言い残し、この場を去った。
(さてと...冷静に考えてみれば、こんなタイミングでオーバーフローに遭遇する事なんて有り得るのか)
そう簡単に起きる訳ではないオーバーフローが滅多に行かないような場所で遭遇する確率は相当低いだろう。
ともあれ、絶対に有り得ないとも言えず、今は目の前のモンスターを倒すしかないと考え、一番近くに迫って来たモンスターへ向けて、光線の様に魔力を飛ばす。
(2体目。今のところは大したことないモンスターばかりだけど、オーバーフローが起きたのは浅い階層だけなのか)
出来ればこのまま大きな被害を出さずに終わってほしいと願う公介であった。
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