第80話 ノアの方舟
新国家エデンは、どうやったのかは分からないが、先進国のような都市が小規模ながらも建っていた。
ノアの新国家承認要請を各国が実質強制的に認めさせられた後、SNSに投稿された動画。
「今回はエデンへの移住希望者についてだ。
エデンに納税、労働の義務はない。
そんなことをしなくても国を発展させ、国民を飢えさせない力が私にはある。
男、女、子ども、老人、黒人、白人、エデンの国民になりたい者に例外はない。
条件は2つの内どちらかを満たせばいい。
役に立つスキルを持っているか、魔力量に自信があるか、それだけだ。記載された場所、時間に審査場を設ける。
各国の軍隊はそこを目掛けてミサイルを撃ってきても構わないが、主要都市を更地にされる覚悟のある国だけにしてくれたまえ。
因みにこれは人質を取るための行動ではない。
そんなことする必要も無い。
選ばれた人間だけの楽園を創造する。
私の目的はそれだけだ」
テロ事件を起こした張本人の言葉など信じられるものかと、皆が思っていたが、どの国にもそういったことに釣られる物好きはいる。
「ということでノアが指定した海岸に来てみましたー。でも警備厳重過ぎて入れなーい」
「避難命令が出ている。大人しく引き返しなさい。コラ! スマホをしまうんだ」
インフルエンサーを気取った配信者が現場に駆け付けているが、当然の如く、軍隊の厳重な警備によって、指定された場所は封鎖されており、一部入場を許されたマスコミが中継を行っている。
「現在、ノア氏が指定した場所から離れたところでカメラを回しています。現場には多数の兵士が見受けられ、指定された時間が迫っていることもあり、辺りは緊張に包まれています」
ノアが最初に指定した場所は、アメリカ、サンフランシスコにある海岸。
付近の陸には戦車や装甲車、海には空母や潜水艦が配備され、辺りは厳戒態勢だ。
「大統領。もうすぐ、指定された時刻になります」
「ああ。空や海は既に制限区域になっている。怪しい動きがあれば、迷わずに撃てと、指揮官に伝えろ」
現在、大統領危機管理センターにいるビディエン大統領は、国防長官へそう伝えた。
場面は戻り、サンフランシスコの海岸。
「ただのテロリスト国家相手に、ここまで守りを固める必要あるのか?」
「馬鹿。レーダーでも衛星でも捉えられない方法でミサイルを落としてくるような奴等だぞ。どれだけ警戒しても安心できねぇよ」
「な...なあ、俺実はノアが現れた式典で警戒任務やってたんだがよ。か...体を半分に斬られた奴がいたんだ。でも次の瞬間には元通りになってて...」
WMデバイスを装着した兵士が、仲間へ打ち明ける。
「はあ? 半分ってお前...上半身と下半身に分かれたって事か?」
「ああそうだ。信じられないだろうけど半分にされた次の瞬間には元に戻ってたんだよ」
彼は見た光景を精一杯表現しようとしているが、聞いている連中は全く相手にしない。
「冷静になれ。先ずそんな大怪我を治せる薬、ダンジョン産の物資でも無いぞ」
「ああ。確かにテレビ中継ではノアが現れたシーンが流れたが、かなり遠くからでボヤけてた上、現場は大混乱になってたから、ろくな映像残ってないし、そもそもそんな大怪我を治せる治療スキル持ちいないしな」
本人は納得していないが、見間違いか何かだろうという事で結論付けられた。
「でももし...もし本当に千切れた体を元に戻せる程の治療スキル持ってたら凄いよな。一生金に困らない生活出来そうだ」
「確かに金には困らないだろうが、そんな力持ってたら、一生国や富豪に付きまとわれたり、他国からの拉致に怯えながらの生活にもなりそうだ。特にどれだけ金を積んでも治せない病にかかってるような連中にとっては、神にも見えるだろうな」
「おいお前ら、今は作戦中だぞ。私語は控え...おい聞いているのか!」
呑気に会話している兵士達に注意しようとした上官だが、自分の後ろ、沿岸の上空を見ながら口を開けている彼等に対して、さらに声の大きさが増す。
だが、彼等の目の見開き具合から、ただ自分の話を聞いていない、という事では無さそうだと悟り、同じ方へ振り返る。
そこに映ったのは...
「な...なんだあれは...」
直径1キロメートルはあろう、巨大な円盤状の飛行物体だった。
「総員! 戦闘態勢! 対空ミサイル射撃用意! 急げ!」
指揮官が部下達へ次々と命令を下す。
装輪自走式ロケット砲の発射準備に取り掛かる者。
携行型のミサイルを構える者。
作戦司令本部へと状況を伝える者。
「ウェポンズフリー! 円盤型の飛行物体へ攻撃開始!」
その言葉を合図に、一斉に目標へと攻撃が集中。
着弾と同時に煙が上がる。
「へへ! ビビらせやがって。外しようがねぇぜ!」
「全弾命中だ! 面白い様に当たるぞ!」
如何に巨大であれ、あれだけの攻撃を喰らって落ちない航空機など無い。
煙が晴れるまでは誰もがそう確信していた。
「おいおい嘘だろ...」
「どうなってやがるんだ...」
落ちる落ちないの問題ではない。
損傷どころか、弾着痕すら無く、最早何処に命中したのか分からなくなってしまう程であった。
「再装填急げ!」
直ぐ様次の攻撃の準備に取り掛かるも、それを悠長に待ってくれる程、甘くは無い。
「お...おい! 何かこっちに伸びてきてないか!?」
目標の側面から何かの装置が出てくる。
それが射出口であることは、誰が見ても分かった。
「指揮官! あの砲身から、とんでもない魔力が集まっています!」
「総員衝撃に備えろ! 何か仕掛けてくるぞ!」
他より魔力の扱いに長けた兵士が指揮官へ報告。
全兵士が衝撃に備え、物影に身を隠す。
また、司令部も慌ただしく動いていた。
「どういうことだ!? あの大きさだぞ! 何故レーダーが捉えられなかった!?」
「分かりません! 突然あの場所に現れたとしか」
「作戦区域の航空部隊へ伝えろ。空対空ミサイル搭載機は攻撃開始。空対地ミサイル搭載機は目標の上空からミサイルを落とせ。バンカーバスター搭載機も同様だ。地上へは落とすなよ」
警戒していた戦闘機が続々と目標目掛けてミサイルを発射するも、結果は地上のチームと同様。
目視での効果は全く見られなかった。
「どうなってやがる...確実に命中した筈だぞ...」
「おい! 地上に向けて、何かしようとしてるぞ!」
魔力が集まっている事を感知してから10秒程度だろうか。
発射口から放たれたそれは、地上チームのおよそ半分を一瞬で消滅させ、他多数の重傷者を出す程の被害をもたらした。
「う......各自...被害状況を...報告せよ...」
負傷するも生き残った指揮官。
彼に応答出来た人数はかなり少ない。
「よくも...アメリカを舐めやがって!」
「待て! 単独行動は控えろ!」
魔力の扱いに長け、比較的軽症で済んだ兵士が、目標へ向かって飛翔する。
しかし、先程の発射口を向けられ、飛ぶ鳥を落とす様に撃ち落とされてしまった。
1発目より発射迄の間隔が短い分、威力は控え目だが、人1人を落とすには十分なエネルギーだった。
「......駄目だ。これ以上の被害は許容出来ない。地上チームに撤退命令だ。25キロ先の地点に第1防衛ライン、50キロ先の地点に第2防衛ラインを築く。防衛ラインの構築と市民の避難が完了するまで、空軍に持ちこたえさせろ」
司令部が命令を下す。
「...了解。総員、司令部からの撤退命令だ。動ける者は負傷者を車両に乗せ、即時撤退せよ」
命令を受け、各自が撤退準備を進める中、目標の物体は攻撃をする素振りを見せなかった。
背中を見せる者の命までは奪わない精神なのか、そもそも殺す事が目的ではないからなのか、定かではないにしろ、地上チームにとっては好都合だ。
「司令部からのお達しだ。時間稼ぎをしろってよ」
「時間稼ぎどころか、このまま撃墜してやろうぜ」
「ああ。これ以上被害を出す訳にはいかない。俺達の兵装は航空機相手には意味ないが、このデカさなら当てられるぞ」
目標の真上を飛行する戦闘機から続々とミサイル、爆弾が投下されていく。
目標は迎撃や回避行動を一切取らず、攻撃は全弾命中。
「地中深くのコンクリートも貫通する威力だ。これは効くだろ」
だが、やはりと言うべきか目標に損傷は全く見られない。
「......冗談きついぜ」
「クソ...地上チームで歯が立たなかった時点で、察してはいたが、やはり駄目か。仕方ない。元より命令は時間稼ぎだ。このまま攻撃を続け、反撃の隙を与えるな」
「ちょっとまて! 何だありゃあ...」
1人のパイロットが下を見て、疑問の表情を浮かべている。
現在彼等の下にあるのは目標の飛行物体。
他のパイロットも同様にその方へと視線を落とすと、目標の上部から、無数の何かが突き出ているのが確認出来る。
それが全て、地上を焼き払った攻撃の発射口だと気付いた時にはもう遅かった。
「まずい! 目標の上空から退避......」
下から上へと降る魔力の雨によって、航空部隊、全滅。
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