第79話 地獄

次の日


「よし。やってみるか」


 とあるものを購入する為に買い出しに言っていた公介は、家に帰ってくると、自分のダンジョンに入り、破壊の剣を取り出す。


 ワイトと戦った時を思い出し、剣に全力で魔力を流し、おもいっきり振るうと、あの時と同じ様に空間に亀裂が出来た。


(スキルが使えないせいで流せる魔力も少ないけど、なんとかなったな)


 自由設定のスキルで、もう一度スキルを使えるようにならないか、試そうという考えも浮かんだが、公介はそれをしなかった。


 あの男が言っていたスキルの力はスキルにあらずという言葉が気になったからだ。


 目的は不明にしろ、結果的には自分を助けてくれた人からの助言。

 何か意味があるのだと考えていた。




 一呼吸置いた公介は、亀裂へ飛び込む。

 どんな景色が広がっているのかと緊張していると、見えたのは森。


 以外にもこちらの世界でありそうな風景に、やはり異世界などイチゴの妄想に過ぎないのだと思った矢先、


「どわっ!? な、なんだ!?」


 まるで体を撫で回されているかのような感覚を覚えた。

 魔力を流している体で周囲や上空を見渡すが、そこには何もなく、見えたのは青空のみ。


 今が昼であると認識したものの、木が生い茂っているせいか、そこまでの明るさは感じられない。


 冷静になると、自分を押さえ付けていたものは魔力だと判明した。


 そこら辺に落ちている石ころを持ち上げ、落としてみるが予想していた落下スピードと変わらない事から、重力が目に見えて違うという事は無さそうだ。


「この体に粘りつくような感覚......気持ち悪いな」


 全身に納豆が付いているのではと錯覚する程の不快感。

 体に異変を感じたら直ぐに引き返そうと思っていたが、少なくとも痛みや苦しさは無い。


 だがその不快感に気を取られていたせいで、公介は気付く事が出来なかった。


 既に自分の背後で大口を開けたが居たことに......











 彼は今、自室の床に大の字で転がっていた。


 動悸は激しく、一呼吸毎に胸が激しく上下している。


 浅いとはいえ全身に負った傷。

 それが向こうで負ったものであることは言うまでもない。


 向こうからの穴が閉じている事を再度確認して、治療スキルを使おうとしたが、そこでスキルが使えない事を思い出した。


 アドレナリンが出ている内に治してしまいたかったが致し方無い。


「2度と行きたくない」




地獄




 それ以外にあの場所を表現する言葉があるのだろうか。

 そう思ってしまう程、今の自分にとって過酷な環境だったと振り返る。


 スキルが万全の状態だったならば、もう少しマシな戦いが出来た可能性もあるが、あの重くのし掛かってくるような魔力の空間で、おそらくモンスターであろう存在の猛攻を掻い潜れたかは怪しい。


 やはりイチゴの言っていた剣を集める事がこれからの目標だと気持ちを切り替え、先ずは今やらなければならない事をイチゴに頼む。


「イチゴ。さっき頼んだやつ、やってくれ」


「はいはい」


 呼び掛けに応じ、出てきたイチゴ。

 両手には消毒用アルコールと書かれたスプレーを持っており、それを公介の全身に噴射し始める。


「うぅ...染みる...」


 公介が予定より少し遅れたのはこれを買いに行く為。

 

 自分が行った場所がもし地球に存在しない所、またもし地球だったとしても明らかに見たことが無く、前人未踏のような場所だった場合、自分達が耐性を持っていない菌やウイルスをこちらに持ち込んでしまう可能性を考慮しての行動だった。


「そんなに長居してないし、大丈夫だとは思うけど、一応ね」


「出てくるなとは言われていましたが、無い肝が冷えました。ですが収穫もあったようです。その分謎も増えましたが」


 イチゴが何か情報を得たようだが、先にシャワーを浴びに行った公介。

 アルコールでベトベトになった体を綺麗にする目的もあるが、アルコールや石鹸よりも水で洗い流す方が、菌やウイルスは落ちやすいからだ。











その後、着替えを済ませ、戻ってきた公介にイチゴは話し始める。


「まず収穫はあの場所が地球ではないと確定した事です」


「ん? 何で確定したんだ?」


 確かに見たことも無い景色でモンスター達の強さも桁違いだったが、自分も世界中の場所を把握しているわけではない。

 それにモンスターが強すぎるから地球ではないとも言えないだろう、という考えにイチゴは答える。


「モンスターには成長段階があり、あれはその最終段階です。ですが現在地球にそこまで成長したモンスターはいません。カナダの爆発したダンジョンが一番それに近いでしょうか」


「どうして地球にいないって分かるんだ?」


「もし地球に存在するなら、ダンジョン由来の資源で万歳三唱している場合ではありませんから」


「おい...それってまさか、あんなに強いのが地球でもいずれ野に放たれるって意味じゃないよな?」


 公介の焦りに、今すぐにそうなるわけじゃないと返すイチゴ。

 その言葉で一度冷静になる。


 カナダのダンジョン爆発を教訓に全てのダンジョンを破壊すべきだと騒いだところで各国の方針は変わらないだろう。


 原発と同じ様に、リスクがあったとしても得られるメリットが大きいからだ。

 世界中がダンジョン産の資源に依存し、ダンジョンの産の資源がGDPに影響を及ぼしている今、自分の国だけそれに頼らないとは言い出せない。


 故に勝手にダンジョンを破壊すれば、国の発展を妨げているとみなされ、最悪国際指名手配される可能性もある。


 そもそもダンジョンの破壊に成功したケースはインドダンジョンのみ。

 比較的危険度が低いダンジョンはわざわざ破壊する必要が無く、危険度が高いダンジョンもオーバーフローさえ起こらなければ安全とされ、封鎖されるのみだ。


 さらにどのダンジョンも階層が深くなればなる程危険度が増し、階層間を繋ぐ階段の大きさも戦車や装甲車が通るには少々狭く、ミサイルや航空機等は論外。


 地球上に存在する兵器を理解していなければこんなつくりにはなっていないだろうと思ってしまう。


 だからこそ、仮に国際指名手配されなかったとしても、これ程までに破壊が困難なダンジョンを破壊出来る勢力が存在すれば、徹底的に追跡されるだろう。

 

「で...謎が増えたってのは何なんだ?」


 一旦後回しにし、イチゴが言っていた謎について追及する。


「まずあの世界がワイトの暮らしている世界だと仮定して話を進めると、ワイトが公介様と同じ力を持っているのであれば、その力であのモンスター達を倒せる筈です。それをせずにわざわざ公介様の力を奪いに来た理由が謎です」


 理由もなしに他人の力を奪う事などない。

 その対象が別の世界にいるとなれば尚更だ。


 つまりワイトにはそうしなければならない理由がある筈。


「自分の力だけじゃ敵わないから俺の力もプラスしようとしてるとか?」


「それは私も考えました。ですが、ワイトは貴方と違い、自分の力を完全に掌握出来ています。ですので、今の貴方では到底勝てない程の力を持っている筈...筈なんです」


「...」


 イチゴはそれに付け足し分かりやすい様に説明する。

 例えるなら、公介は大排気量のエンジンを搭載しているが、アクセルを軽くしか踏めない状態。


 ワイトはアクセルを全開で踏むことが出来、本来排気量も公介と同じ筈なのに馬力が出ない。


「おそらくこの謎に貴方の力を狙う答えがあると考えるべきですが。一体向こうでは何が起きているのやら」


「......で、イチゴが言っていた残りの剣は何処にあるんだ?」


 ここはイチゴの言っていた通り、剣を集めて力を引き出すしかないと判断した。


「創造の剣は北海道の宗谷岬、維持の剣は鹿児島県の佐多岬にあります」


「また北海道か......いや、破壊の剣が本土の真ん中辺りにあったから本土の最北端と最南端っていうのは、まあ納得できるか...ん?」


 剣がある位置に納得していると、ある事に気付いた公介。


「何で皆日本にあるんだ? 破壊の剣が日本にあっただけでも運が良いのに」


「当然貴方の為に用意されたからですよ」


 それはつまり、剣が現れたのは世界にダンジョンが出現した時ではなく、自分がこの力を手に入れた時なのかと察する。

 さも当たり前に答えるイチゴに、一瞬戸惑ったが、そう解釈するべきなのかと考えた。


「俺の為か...因みにそこのダンジョンは俺の免許で入れるのか」


「免許ですか...前から思っていましたが、そんなもの一々従う必要などありませんよ」


 公介の免許では全てのダンジョンには入れず、この前のダンジョンも福地副会長に忖度してもらったからこそ入れたのだが、イチゴはまたもや当たり前の様に答える。


「いや、でもルールで決められてるし...」


「貴方の為に用意された剣を取りに行くだけです。バレずに侵入して、剣だけを取ってくれば何の問題もありません」


「......まあ...取ってくるだけならいいか」


 しばらく考えた後、そう判断した。

 また福地と交渉して、時間を掛けていれば、その間にワイトに襲われる危険性が増す。


 それを考えれば、モンスターは倒さず、最深部にある剣のみを取ってくる事は許されるだろうと。


「よし、なら善は急げだ。今から北海道行くぞ」


 前に創造の剣を手に入れろと言われた事を思い出し、先に北海道へと向かうべく、準備を進めた。

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