第77話 熟された説教
「あ...あの...助けてくれたんですか?」
敵の敵は味方ということも有り得るが、素性が不明である以上、油断は出来ない。
その問い掛けに彼は応じず、品定めするようにこちらを睨み付けるのみ。
ほんの数秒の出来事だったのかもしれないが、その瞬間はやけに長く感じた。
「まだそんなものか」
静寂を破ったのは目の前の男。
がっかりしているような、どこか悲しげに聞こえる言い方。
どういう意味なのか尋ねようとするが、咄嗟に魔力を込めた手で顔をガードした。
男が片手を振りかぶり、今にも公介の顔面目掛けてその拳を突き出す勢いだったからだ。
その予想は的中し、男の拳は公介がガードした手と接触したが、その後が予想外だった。
公介の体は発泡スチロールのように軽々と殴り飛ばされてしまう。
一瞬、本当にガード出来ていたのかと疑ってしまう程の衝撃だった。
男は、痛みと動揺で足がくすんでいる公介の元へ近づき、胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。
「答えろ。何故お前はそんな悠長に過ごしているんだ。世界一の強さを手に入れたと思い込んでいるからか。王の座に居座った気でいるからか」
「悠長って...なんだよいきなり...あんたの物差しでそんなこと決めるなよ。別に悪いことしてるわけじゃないのに、俺の人生に口出しする権利があんたにあるのか」
確かに自分は、持っているスキルで浮かれている部分もあったかもしれないが、だからといって見知らぬ男に殴られる程、悪いことに使った覚えはないと思う公介。
「当然だ。全人類が意見する権利を持っている。お前がその力を得た時点で、そんな甘い台詞は許されない」
だが男はさらに公介を殴る。
殴られるであろう箇所に、どんなに魔力を流しても、ダメージが軽減されない。
公介も反撃するべく拳を振るうも、男の全身に流れる魔力が一切の攻撃を遮断し、1ミリも動かす事が出来ない。
それどころか、殴ったこちらの拳が痛くなる始末だ。
実力の差を見せつけるために、わざと攻撃を受けたのだろう。
男からは膨大な魔力を感じるが、だからといってここまで決定的な差がつくものかと困惑する。
まさに大人と子供。
いや、そんな表現でさえ、何重ものオブラートに包んでいると思える程に。
(落ち着け。一先ず回復を......!?)
男から受けた傷を治す為、治療スキルを使うが、何故か傷は全く癒えないことに驚愕する。
そんなことをしている内に、男は公介に手をかざし、横へスライドさせる。
すると真横に現れたのは公介が普段数値化スキルを使う時に見えていた、魔力やスキルに関する情報だった。
「お前ならば、こんな回りくどいやり方など必要無い筈だ」
彼がそう言うと表示されてあるスキルの名前が、全て消され、それが影響してか、数値化スキルで見えていた映像すらも割れるように消えてしまった。
「ちょ、ちょっと! 今一体何を!?」
目の前の男が何をしたのか何となく察したが、一応数値化スキルをもう一度発動させようとするも、一向にそれらしき情報は見えない。
発声切替スキルで隠密スキルを使うことも出来なかった。
「理解したとは思うが、お前のスキルは破壊させてもらった」
「ど、どうして...」
怒りや悲しみよりも、何故この男はそんな力を持っているのか。
何故それを今この場で使ったのか。
そんな疑問が真っ先に浮かんだ。
「言っただろう。こんな回りくどいやり方など必要無いと。これで満足しているようでは、お前にもこの世界にも未来は無い。お前はこの力で何がしたいのだ」
「何がしたいって...」
続きの台詞が出てこなかった。
今の自分は目的の為にこの力を使っているというより、この力を使う機会を欲しているだけのような気がしたからだ。
それでは新しい玩具を手に入れた子どもと変わらない。
例えるなら友達と遊ぶ為に玩具を持って行くのか、玩具で遊ぶ機会を得る為に友達を誘うのか、そういう違いだろう。
だがそれに気付いたからといって、直ぐに目的が見つかる訳では無い。
「聞くだけ無駄か。安心しろ。殺しはしない。お前には嫌でも成し遂げなければならないことがある。人払いはしてきたが、その内やってくるだろう。私はここで引き上げさせてもらう。お前を見ていると私まで怒りが込み上げてくる」
かなり痛め付けられた公介を背に、男はかざした手から出現した穴へと入るが、何かを思い出したように、こちらへ向き直る。
「1つ忠告しておこう。スキルの力はスキルにあらずだ」
「は? それってどういう...」
「スキルという単語を既存の知識だけで完結させるな、という意味だ」
そう言い残すと男は生成した穴へ消えていった。
同時に公介は緊張の糸がほぐれ、その場に倒れこみそうになったが、大事な事を思い出した。
「そうだ! 千尋!」
魔力で場所を感じ取り、千尋の元へ急ぐ。
千尋に駆け寄り、声をかけるも返事がない。
直ぐ様治療スキルを使用しようとするも、発動しない事で、死んでしまっているのかと一瞬焦ったが、先程の男にスキルを破壊されてしまった事を思い出した。
目覚めない千尋を見て、慌てて口付近に耳を近付けると、呼吸の音が聞こえ、脈もあることを確認した。
ひょっとして、先程の男が介抱してくれたのかと思いつつも、取り敢えず安心した公介は、吹き飛ばされた時の傷は致命傷ではなく、その時のショックで気を失っているだけだと判断した。
(いや、ショック死なんて言葉があるぐらいだ。一歩間違えば死んでいた可能性も...)
自分の考えで背筋を凍らせながらも、今目の前にいる千尋は無事なのだから良しと割り切ろう、そんなことを思っていると、遠くからの叫び声に気付いた。
「すみませーん! ここで人同士の争いが起こっているとの通報を受けてやってきた者ですが」
やって来たのは、ダンジョンでのトラブル解決を担っている民間警備会社の者達だった。
公介は千尋の為に救急車を手配してもらい、到着までの間に起こった事をなるべく丁寧に話した。
話が進むにつれ、彼等も半信半疑という顔で聞いていたが、一応然るべき機関に報告はしてくれるそうだ。
入り口に待機していた救急車に千尋を乗せると、公介も外傷から、脳や臓器にダメージを受けている可能性があると言われ、救急車に乗せられた。
その後、千尋は病院内で目覚め、特に問題無さそうに見えたが、倒れていたこともあり、検査をした後、大事を取って今日は病院で一夜を過ごすらしい。
公介は脳や内臓に異常がみられなかった為、包帯を巻かれた後、取り調べで色々な事を聞かれたが、その日に帰宅し、現在は夜。
「今日は疲れたな...何だったんだ...あの2人は」
予想外の事態ばかりが起こった1日で疲れ果てたが、今こうして生きていることに安堵しているようだ。
「同感です。が、1つ言えるとすれば...」
「自分からも出てこれるのか。いや、ダンジョンで助けてくれたときもあるから当然か。で、何が1つ言えるって?」
自ら出てきたイチゴも、公介の感想に頷いていたが気になることを話し出した。
「あなたの持っている力はこの世界であなたしか持っていません。それは確定事項ですが、先程の2人には大小はあれど同じ力を感じました。この矛盾を解決出来る答えは...」
「なんだ...まさか別の世界とか言わないよn...いや待て」
イチゴが何を言い出すかを察した公介は、それを否定しようと話を遮ったが、あの男の言っていた発言がその考えを曇らせた。
「お前は自分のいるべき世界へ帰るがいい」
この発言が本当なら最初に自分を襲ってきたワイトという人物はこの世界の生命体ではないのだろうかと公介は考えた。
自分の家や部屋を自分好みの空間にし、そこを自分だけの世界などと表現することもあるが、あの緊迫した場面で、威圧感のある男がそんな例えをするかは怪しい。
「世界中至るところに穴が出現して、さらに穴の中は広大な土地が広がっているんだ。その上別の世界があるなんて言われても不思議じゃない...のか?」
「可能性の1つとして考える価値は充分にあるかと」
途中から自分でもなに馬鹿な事を言っているんだと思い始めるが、イチゴはその考えに肯定的だ。
「でも仮にそうだったとして、ワイトって奴は俺の力を奪うつもりでこの世界まで来たのか」
「彼は間違いなくそのつもりだったと思います。実際、最初にその趣旨の発言もしていました」
それは確かに公介も聞いていた。
「いやでも力を奪う為だけにわざわざ違う世界までくるか」
「彼の心情は不明ですが、それだけのことをする価値は確かにあります。それに気掛かりなのはその前後の発言」
「ノアの名前が出てきたことと、悪魔に魂を売ったって発言か?」
イチゴは頷く。
「前者はあいつがエデンに関係しているってことだろうけど、後者は予想しようがないだろ」
それを聞いてイチゴは暫く黙り、考え込んでいる様子だが、やがて口を開いた。
「確かに分からないことだらけです。しかし、あなたが今やらなければならない事は決まりました」
それはなんだという公介の問い掛けにイチゴは答える。
「強くなることですよ」
「強くなる?」
「ワイトがあなたの力を奪うつもりである以上、ワイトが諦めざるを得ないほど強くなることが最も単純明快な解決法ではありませんか。それにもう1人の男も結果的には助けてくれましたが、あなたの傷を見れば完全な味方とは思えません」
「お前だって完全な味方とは思っていないぞ」
そう返されながらも公介の包帯に触れるイチゴ。
痛そうにしているが、治療スキルで治らない上、現在はそもそも使えない以上、自然に治るのを待つしかない。
いや、そもそも時間が経てば治るものなのかすら知りようがなかった。
しかし、イチゴの言う通りワイトから助けてくれた事は事実であり、もし殺すつもりだったなら自分はとっくに死んでいるだろう。
殺しはしないが、一生治らない傷はつける、というのも考えにくい為、おそらくスキルでは治せないというだけなのだろうと公介は考えた。
(前にイチゴと戦った時、イチゴがくらったダメージを回復出来なかった事と関係あるのか)
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