第76話 暴走

「!? なに!?」


 だが、それは叶わなかった。

 大剣が見えない壁に当たったかのように阻まれたからだ。

 両腕の痺れが、その強度を物語っている。


「魔力で生成した壁......まだそんな余力を残していたとは。だが、この強度を維持する為に必要な魔力、最早攻撃に使う分は無いだろう」


 奴はこれまでの戦いから、公介の魔力量を把握している。

 今目の前にある壁を維持しながら、自分に傷を負わせられる攻撃に魔力を割く事は不可能だと判断した。


「......」


 ならばこのまま攻撃を続ければ、いずれジリ貧になるのは向こう側だと考え、奴は再度大剣を振るう。


 無論、それは向こうも理解している筈。

 ここは一旦距離を取り、遠距離からの攻撃に切り替えるという策もあったかもしれない。


 だがもうすぐで公介の力を手に入れ、我が物に出来るという欲が、その判断を鈍らせた。

 それは破壊の剣が公介の中へと吸収され、力が抜けていた手に握り拳が作られていたことさえ見落とした。






「!?」


 彼方へ転がっている自分の大剣を見て、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。


(弾き返されたのか!? 拳で!?)


 間違いなく首へと向かっていった剣が、公介の片腕により意図も容易く薙ぎ払われてしまったことに動揺するも、敵の目の前でいつまでも固まっているわけにはいかない。


 そう思い、大剣から公介へと視線を戻した奴の体が一瞬浮き上がった。

 直後に来る激痛。


 公介が自分の腹部へと拳を練り込ませていたからだ。


「グハッ!」


 今までとは比べ物にならない魔力だが、それ以上に違うのは殺意。


 今の1発で確実に殺すつもりだった。

 後からそう言われてもおかしくない程の躊躇の無さ、そして赤く光る目に僅かだが恐怖を抱く。


 体が浮いた事で出来た隙を埋めるべく、上空へと飛翔しようと視線を上に向けた瞬間...


「グゥッ!」


 視線の先にあったのは空でも木でもなく、拳。


 逃がさないと言わんばかりに、今度は下へと叩き落とされる。


 さらに今度は上、そしてまた下へと攻撃を繰り返され、最後は蹴り飛ばされることで攻撃の嵐から解放される。


「ぐ...奴に...何が起こった?」


 そう思考している間も、公介は表情を一切変えず、不気味に早足で歩み寄ってくる。


 痛みで怯んでいる暇はないと体に命令し、魔力を込めた拳で殴りかかるも、またもや見えない壁に当たり、公介へ届くことはなかった。


「お...のれ...」


 公介は奴の首を掴み、持ち上げる。

 抵抗しようにも、今にも握り潰されそうな握力に脳が麻痺していく。


 さらに周囲に現れた無数の魔力。

 全てが鋭利な形に形成されており、さっきのお返しだとでも言いたげだ。


 それらの向かう先は当然自分。

 力を振り絞って全身に魔力を流し、防御するも、放たれた鋭利な魔力はそんなこと気にも止めず、抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返し、みるみる内に全身から血が溢れだす。

 

「グッ...ヌアァァァァァ」


 誰の目から見ても、勝負はついたかに思える攻撃だったが、奴の体から黄金の光が溢れだす。


 衝撃で公介は吹き飛ばされ、それが原因か否か、気を失ってしまった。


「はあ...はあ...先程の裂け目と言い、今と言い、出来ればこの力を露見させたくはなかったが、致し方無い」


 いつの間にか傷は塞がっており、徐々に落ち着きを取り戻していき、遠くに落ちていた大剣を拾う。


「だが、結果的に奴は今気絶し、立っているのは私。この程度の苦労で力を奪えるなら安いものだ」


 奴は倒れている公介に近づき、今度こそ首を討ち取る為に剣を振るうが、


「......今度はなんだ」


 公介は気を失ったままだが、明らかにその方向から魔力の玉が飛んできたことを確認し、後方へ下がる。


「それは流石にルール違反では?」


「......なるほど。葉っぱ如きが」


 倒れている公介の前で浮遊するイチゴ。


「無駄な抵抗はよせ。何と言われようと、最早後戻りは出来ない。説教は私が地獄へ行くまで待ってもらおう」


「あなたが何処へ行こうと自由ですが、この世界がどうなっても構わないということですか。どちらにせよ、この者が死ねば私も消滅してしまう以上、無駄な抵抗でもさせていただきます。それに...」


 その言葉を聞き、奴は戦闘態勢へと入る。


 敵は自分が負けた相手よりさらに強く、コアと融合していない自分に勝ち目などないことは理解していた。


「あなたがこの世界の者でないことは確か。そちらの事情は存じ上げませんが、このイレギュラーは無視出来ません」


「......」


 暫くの沈黙、それが破られた瞬間と戦いの幕開けは同時に起こった。


「......来い!」






「魔力の塊なだけあって、魔力の扱いは中々のものだ。だが、それだけだ」


 戦いから数分、既に勝負の分かれ目へ差し掛かっていた。

 力で劣り、速さで劣り、技術でも劣り、イチゴが奴に勝るものは無い。


 魔力を飛ばし、フェイクの攻撃を挟みながらの渾身の蹴りも躱され、逆にカウンターをもらってしまった。


 直前に魔力でガードしたものの、剣で大きく体を抉られ、放たれた魔力で公介の目の前まで吹き飛ばされてしまう。


「次こそ終わりだ。まとめてとどめをさし、その力を貰おう」


 公介の方に膝をつきながら動けないイチゴを見て、言葉通り終わらせるべく、再び奴が剣を振り下ろした瞬間、イチゴが振り向き様に剣を一閃する。


「!? まだそんな力が」


 ギリギリ回避されるも、脇腹には斬られた後がしっかりとついていた。


「正...直これで...終わってくれれば...良かったのです...が」


 イチゴの手に握られていたのは破壊の剣。

 

「なるほど。そいつの元へ飛ばされたのはわざとというわけか」


 自分の体で死角をつくり、公介の体内から破壊の剣を取り出していたのだ。


「だが、いくら葉っぱとはいえ、お前ではその剣に耐えられん。捨て身の一撃で仕留められなかったのは痛手だったようだ」


 そう指摘された通り、握っていた方の手はぐちゃぐちゃになり、全身にも無数の傷が出来ている。


 しかも先程奴から受けた傷は回復したが、この傷は時間が経っても治る素振りがない。


「悪いがこの距離で仕留めさせてもらうぞ」


 既にイチゴは満身創痍だが、破壊の剣を使わせない為に、魔力による遠距離からの攻撃に切り替える。


 奴は片手を前に出し、特大の魔力を形成させる。

 最早ここまでかと諦めかけた時、奴の手が斜め後ろへと弾かれ、魔力が明後日の方向へと逸れた。


「この魔力は......少し時間をかけすぎたか」


 弾かれた手を確認した後、振り返った先、イチゴの前にいたのは公介。


「助かった」


「いえ。向こうのが不服でしたので」


 治療スキルを使い、イチゴの損傷を治し、自分のダンジョンへと帰す公介。


 そんな隙は与えないと言うがの如く、奴は魔力を飛ばしてくるが、振り向き様に片手で弾く。


「何故そいつを守る? インドでの出来事は知っているぞ。そいつに大勢殺されたらしいではないか」


「ああそうだ。あいつのやったことを許すつもりはない。でもそれとこれとは違う。こんなボロボロになるまで戦ってくれた。そう思ったら、少しお前に腹が立った」


 その言葉を最後に、に黄金の光が流れる。

 破壊の剣を構える公介に奴は冷静に答えた。


「かなり戦いが長引いたな。ここからは本気でいかせてもらう」






「その必要はない」


「「!? 誰だ!」」






 両者が踏み出すその瞬間、予想だにしない方向からの声に警戒する。


 こちらに近づいてくることで徐々にその輪郭が露になる。


 まるで血のように真っ赤に染まった朱殷色の髪と目。

 金と赤の模様が入った鎧のような黒い服。


 年は公介より上だろうが、鋭い目つきが衰えを全く感じさせない。

 彼は公介に、お前は後だと言わんばかりに目を合わせた後、今度は奴へ顔を向ける。


「ワイト。お前は自分のいるべき世界へ帰るがいい」


「何故私の名を」


 ワイトと呼ばれたその者は、全く身に覚えがない人物に自分の名前を呼ばれたことで当然の反応を見せるが、彼は答えない。


「悪いが、邪魔をするつもりなら敵と認識させてもらうぞ」


 戦闘態勢へ入るワイト。

 だが彼が大剣を握ることは叶わなかった。


「て...手が...」


 青ざめている公介の目線の先にあったのは、転がっているワイトの手。


「貴...様...何を!?」


「去れ」


 その場にうずくまるワイトの質問には答えず、彼はワイトへ手をかざす。

 するとワイトの後方に穴が出現し、引っ張られるように穴へと消えてしまった。


「何が...起こったんだ」


 2人だけになった空間。

 ゆっくりとこちらへ歩いてくるその男の威圧感で、公介は後ろへたじろいでしまうのであった。




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