第75話 白い化け物
こちらに迫ってきたお陰で、その姿がハッキリと見えた。
やはり形は人だが、外見はとても人には見えない。
白い怪物と表現する他無かった。
「ノアの報告にあった、邪魔をしてきた者に似ているな。まさかとは思うが、やはりお前が手にしているのか」
「手にしたって、一体なにを」
いきなり目の前に現れた事。
さらに意味が分からない問い掛けをされ、一瞬固まってしまった公介。
だがその沈黙を千尋が破る。
「あんた人間なのか? それとも人の言葉を喋るモンスターなのか? そもそもいきなり威圧するような態度とるなんて失礼じゃないか」
「千尋! 下がれ!」
「お前に用はない。少しおとなしくしていろ」
白い怪物は千尋に向けて手をかざす。
たったそれだけで、千尋の体は遥か後方へと飛ばされていき、木にぶつかると同時に動かなくなってしまった。
「千尋!!!」
僅か数秒の出来事に唖然としながらも、直ぐ様白い怪物へ魔力の玉を飛ばす。
とても話し合いに来たとは思えなかったからだ。
(本当なら直ぐにでも千尋に治療スキルを使いたいとこだけど、まずはこいつを無力化してからだ)
モンスターなら倒す。
もし人だったとしても手足の欠損ぐらいはしてもおかしくない威力で放った攻撃だったが、
「何だこれは。遊んでいるつもりか。それともその力を隠し通すつもりか」
全く微動だにしない様子でこちらに再度話し掛けてくる怪物だが、感じる魔力の量に公介はたじろいだ。
(インドでイチゴとやりあった時以上の魔力だ。身体強化と魔法効果上昇で勝てるか)
その2つのスキルを発動し、もし駄目なら自分の中に仕舞ってある破壊の剣も使う覚悟の公介。
「ほう。中々の魔力だ。やはり今のうちに殺しておく方が良さそうだな」
「!?」
全開まで魔力を流した公介にそう言い放ちながら、目と鼻の先まで迫ってきた奴の右ストレートをなんとか両手でガードする。
(なんとか受け止められたけど、まともに喰らったらまずいぞ)
スキルの効果も含め、最大限魔力を流した体ですらガードした腕の骨が軋むような感覚を覚えた。
その事実に恐怖は覚えたものの、当然何もしないわけにはいかない。
再び距離を詰めてくる奴に合わせ、こちらからも反撃するべく向かっていこうとする。
しかし、何かに気付いたように後ろへ下がる公介。
「運が悪いな。当たっていたら楽に逝けたものを」
最初の攻撃と同じ攻撃を仕掛け、反応してきたところで、鋭利な形に形成した魔力を横から飛ばしてきたのだ。
「運なんて失礼だな。ちゃんと魔力を感じ取って避けたんだよ」
「そうか。それはすまなかった。ではもう一度避けて見せろ」
今度は公介を中心とした全方位に先程と同じ魔力を形成する。
3桁は優に到達する数のそれは、一斉に放たれるも、既にそこに公介はいなかった。
上に向かって魔力を飛ばし、奴が形成した魔力の一部を破壊したことで出来た隙間から飛翔し、抜け出すことに成功していたからだ。
しかし、それで攻撃が終わる筈もなく、方向を変え、再び公介目掛けて飛んでくるが、縦横無尽に飛び回りながら魔力をぶつけることで対処していく。
「森の中でも飛ぶのが上手じゃないか」
(クソ。よく言うな。お前だってこの数の魔力を正確に操ってる癖に)
鋭利に形成された魔力1つ1つに意思があるのかと疑いたくなる程、正確に自分目掛けて飛んでくる。
公介もやろうと思えば似たような事は可能だが、ここまでの精度と数は不可能だ。
(それなら)
このまま逃げ続けていても仕方無いと思い、全身から魔力を放出させる。
「全部壊れろ!」
全方位へ放たれた魔力は、奴が形成した魔力を全て破壊した。
「ふぅ。最初からこうすればよかったんだ」
よく考えてみればあれ程の数の魔力全てに、自分でも破壊出来ない程の魔力が込められていることは無いと思い、とった行動であった。
だがそれも束の間、今度は奴自身が白い大剣を振りかざしてきた。
「そうやって何度も先手とってるつもりか!」
自分が安心している隙を狙って攻撃してくると予想していた公介は、破壊の剣を体内から取り出し、奴の大剣に対抗する。
「その剣......やはりそうだったか」
「なにがだ!」
奴の大剣を破壊しようと、剣に魔力を流しながら押し返すも、向こうの武器に流れている魔力が膨大で、破壊には至らなかった。
(クソ。相手の魔力が膨大過ぎると破壊には至らないのか)
「今から奪われる力を知る必要があるのか」
「奪うだと?」
こいつの狙いは自分が持っている力、おそらくイチゴが言っていたのと同じものだろうと予想するも、何故そのことを知っているのかは不明だった。
「そんなことしなくたって、あんたも充分強いじゃないか! そもそもあんたは人なのか?」
「さあな。最早自分ですら分からん。今の私は悪魔に魂を売った、只の臆病者だ」
結局何が言いたいのかは分からなかったが、今判明している事は、目の前にいる白い怪物が自分の力を奪う為に殺しに来ているという事。
そしてとても油断出来るような状況ではない事。
(......やるしかない)
公介は今、防衛本能とそれによるアドレナリンで興奮状態にあり、冷静さを徐々に欠き始めていたが寧ろそれで良かったのかもしれない。
冷静になっていれば、殺し殺されるかもしれない恐怖で足がすくんでしまった可能性もあっただろう。
先に動いたのは公介。
魔力の斬撃を飛ばしても、より大きな魔力で弾かれるだろうと思い、直接斬るべく踏み込んだ。
剣の使い方など誰に習ったこともない故、相手より速く動き、速く体に当てるしかない。
気を散らせる為、周りに魔力を複数形成しつつ向かっていくも、一振でそれら全てをかき消され、剣も弾き返される。
仰け反った体を狙われ、体を真っ二つにされそうになるが、魔力で自身を突き飛ばし、回避する。
あまりの魔力の衝突に周辺の森が破壊され、開けた空へと2人は移動した。
(こんな派手に戦っていたら、その内人が集まって来るな)
貸し切りではないこのダンジョンでこんなことをしていれば、いずれ人が集まってくるだろう。
もしそうなった時、その人達が巻き込まれないよう気を付けながら戦うなど到底不可能だ。
早急に決着をつけなければならないと判断し、魔力を限界まで高める。
奴に向かって剣を振るうが、流石にそのまま受けるのは不味いと思ったのだろう。
後ろに下がり、回避された。
当然公介が振るった剣は何もない場所で空を斬る。
が、それで終わりではなかった。
「「!?」」
同じ反応をとった双方の目線の先に見えた光景は、本来何も無い筈から現れた穴のようにも見える裂け目。
自分が剣を振るった場所から現れたそれは、当然自分の剣が関わっているのだろうと思いつつも、困惑する公介とは対称に奴は直ぐに冷静さを取り戻す。
奴が裂け目に向かって手を向けると、手から黄金の光が輝き、裂け目が塞がれていく。
「な...何が起きた!?」
「お前が知る必要はない」
またそれかと返ってきた答えに愚痴を溢すも、深く考えている暇は無い。
奴の踏み込みを合図に、中断されていた戦闘が再開されるが、先程よりも気迫が増していると感じた公介は、攻撃を避けるべく横に跳躍する。
だが奴の反応が早く、あっという間に追い付かれ、防戦一方になってしまう。
スキルで魔力が回復出来ると言っても、常に全開に近い量を体や剣に流しながらの戦闘は、精神的にも肉体的にも疲れが出始めていた。
それを察したのか、奴は大剣を大振りしてくる。
先程までなら、カウンターを当てられたかもしれない攻撃も、今は防ぐのが精一杯。
剣と剣が競り合う瞬間、後ろに飛び、威力を殺したつもりだったが、その光景はただ突き飛ばされただけのように見えてもおかしくなかっただろう。
「慣れない戦闘でそろそろ限界か」
「いや、まだまだいけるさ」
無論強がりであり、この状況を覆せる策もない。
新しいスキルを得ている暇など与えてくれる筈もなく、剣術でも魔力量でも劣っている。
(予知スキルは...使っても意味ないか)
予知スキルは未来の映像が見えるわけではない上、自分の取った行動で予知した未来が大きく変わる場合は使ってもあまり意味がない。
スキルを使う際、発動に集中する為、使おうとした場合と使わなかった場合で、未来が2つに分かれる可能性があるからだ。
今の状況なら、予知スキル発動で集中し、静止している公介を見たワイトが、何か仕掛けてくると警戒し、行動を変えるかもしれない。
さらに無理矢理使ったとしても、予知出来た一瞬の光景がどのタイミングで訪れるのか分からない以上、予知した未来を変に意識してしまい、全力のパフォーマンスを発揮出来ない。
10に10をかけると100だが、言うならば予知スキルで分かるのは答えの100のみ。
それが10×10なのか、50×2なのか、問題は分からないので、どういう行動を取れば100になるのかを無駄に考え込んでしまい、結果、予知した未来と違う未来になってしまうだろう。
(消費した魔力の量でどのくらい先の未来を予知したかは分かっても、コンマ何秒までは分からないからな。やっぱり魔力を流した剣でなんとか斬るしか)
先程、全開の魔力を込めた剣での攻撃は避けられた。
つまり奴にも受けたくない攻撃はあると考え、再度剣に流す魔力を高めた時、
「ぐっ...なんだ...体が」
突如、頭痛と共に体の内から、何かが沸き上がってくるような感覚を覚えた。
まさかこのタイミングで逆流性食道炎を発症するなどありえないと考えつつも、症状は収まるどころか加速していく。
まるで心の中で自分とは別の何かが騒いでいるのかと錯覚する不快感。
「気分が優れないようだな。この隙を狙わせてもらうが、悪く思うな」
相手が苦しんでいるという理由だけで、勝負にけりをつける絶好の機会を見逃す程、奴は甘くない
膝を突き、下を向いたまま動かない公介へと一直線に向かって行き、首を討ち取るべく、左斜め上から右下へと大剣を振るった。
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