第74話 千尋

 公介は今、自分のダンジョンへ来ていた。

 福地にドロップ品を全部提供してでも知られたくなかったこの剣の性能を試す為に。


 使い方や効果自体は、剣が体の中へ入ってきたと同時に、情報も頭の中へ雪崩れ込んで来たので知っている。


 だが、実際に試用してみるのは今の今まで躊躇っていた。

 怖いからだ。


 とは言っても時間が経つにつれ、好奇心の方が勝ってきてしまうのは、若さ故か。


「よし。試してみるか」


 紙を空中に投げた公介は、持っていた魔力を流した剣で両断した。

 紙は2つに分かれたが、剣の切れ味を試す為に斬ったわけでは無い。


 それを証明するかのように、紙は地面に落ちる事無く、空中で消えてしまった。


「やっぱり破壊ってこういう意味なのか...」


 破壊の剣の意味を理解した公介は宙に飛翔し、剣を地面へと向ける。


「気を付けてくださいよ」


 同じく宙を飛んでいるイチゴは、かなり真面目な口調で注意を促す。


 剣を振り下ろし、放たれた斬撃が地面へぶつかった瞬間、まるで最初から何も無かったかのように地面の一部が消えてしまった。


「わ...分かってはいたけど、恐ろしいなホントに。しかも...」


「しかもダンジョン自体に影響を与えているとは、ですね」


 自分が言おうとしたことを先に言われてしまったが、まさにその通りだった。


 ダンジョン内の壁や地面の破壊に人類側が成功した例はない。


 戦車の砲撃でもびくともせず、魔力を伴った攻撃でも同じ。

 事実公介も試したことはあるが、破壊には至らなかった。


 つまり今行った行為は、世界中で大ニュースになる程の出来事なのだ。


「この剣の使いこなせれば...」


「殺さずに無力化も行えると......相変わらずお人好しなことで」


 またも先に言われてしまったが、確かにそうだ。


 この剣の性能が本当なら、ダンジョンの地面を消すだけじゃない。

 殺さずに無力化も容易に行えるかもしれないと思った。


 その後も何度か同じことを試し、ダンジョンから出た公介だが、テレビをつけっぱなしにしていたことに気付く。


 テレビの内容は






 スーパールーキー犯人逮捕に貢献






 国立開拓士育成専門学校の生徒が強盗犯を捕まえたようだ。


 火の壁で強盗犯を閉じ込めたと報道されている。


「スーパールーキー?」


 捕まえたことはお手柄だが、それよりもスーパールーキーという言葉が気になった。


 どうやら千尋と同学年の生徒で、[猛火]のスキルを持っているらしい。


 裕福な家庭なのか、本人がダンジョンで稼いだのか、鑑定スキル持ちに依頼して調べたとか。


 前にこっそり千尋を鑑定した時に判明したスキルは[火]。

 名前からして千尋が持つスキルの上位互換なのだろうか。


「スーパールーキーか。前に福地さんにもそんな事言われたな」


 そんな事を考えていると、スマホから着信音が鳴っている事に気付く。


 相手はまさに今考えていた男、千尋だった。


「もしもし? わざわざ電話なんて寄越して...」


「公介! 俺も負けてらんねぇよ!」


 出るやいなや、大声でそう言われ、困惑する。


「落ち着け。誰に負けてられないんだ? いや、当ててやろう。今テレビ見てただろ」


 なんとなくだが察しがついていた公介。


「そうそう! そうなんだよ! 俺と似たスキル持ってんのにあいつだけ目立っててさー! 俺も負けてらんねーよ! って事で次の土曜、ダンジョン行こうぜ!」


 そこに自分を誘う理由があるのかは不明だったが、お互い別の道を歩み、凛子と同じように会う約束をしないと会わないような立場になってしまったので、気を使ってくれたのだろう。


(いや、そんな気の利くやつじゃないか)


「いいぞ。で、何処のダンジョンなんだ?」


 指定してきたのは23区内のとあるダンジョン。


「分かった。じゃあ当日な」


 約束をして通話を終了した公介。











 当日。


 集合し、ダンジョンへと向かう2人。

 目的のダンジョンは10階層で構成されており、地形はメジャーな森林タイプ。

 出現するモンスターは全て同じDランクで、名前は[マント火火]。


 文字通りマントを着た猿であり、顔が赤くなると、口から火を吹いてくるモンスター。


 何故このダンジョンを選んだのか尋ねる公介に千尋は、


「見た目も格好いいし、火を使ってくるモンスターなら俺も何かヒントを得られるかもしれないからな」


 と答えた。


「格好いい...か?」


 千尋のセンスに困惑しながらも、ダンジョンに着いた2人は受付を済ませ、中へと入る。


「お、マント火火だけじゃなく、お前の武器も格好いいなー」


 協会で買ったケースから剣を取り出すと、千尋に羨ましがられた。


「だろ」


 一国に憧れている千尋は手袋型の武器、と言えるのかは分からないが、それをはめているので、公介の武器は新鮮に見えるのだろう。


「近いところは混んでるからな。奥まで行こうぜ」


 千尋の提案に乗った公介は、体に魔力を流し、深い階層を目指す。


「魔力流すの上手いじゃないか」


「それはこっちの台詞だぞ。お前こそ最後に一緒にダンジョン来た時より上手くなってるんじゃないか」


 本気ではないにしろ、自分の速さについてこれる千尋に感心しつつも、向こうも同じことを思っていたようだ。


 人が少なくなってきて、この辺で狩りを始めようとなった2人だったが、千尋は2手に分かれようと言い出した。


「え? 分かれんの? それじゃ一緒に来た意味は?」


「お前なぁ。連れション誘って便器まで一緒に使う奴いるか?」


「はあ...」


「それにDランクのモンスターをDクラスの開拓者2人がかりで倒しても訓練にならないだろ。今日は稼ぐために来たんじゃない」


「いや寧ろそっちを先に言えよ」


 なにはともあれ、1人になれるのは公介にとっても好都合


 破壊の剣を実戦で試せるいい機会だ。


「でも目標がないとつまらないからな。どっちが多く透明水晶手に入れられるか勝負だ!」


 気合いが入っている千尋と分かれ、1人になった公介は、魔力を感じ取り、1体目のマント火火とご対面した。


 今回は特にスキルを使うつもりは無い。

 自身の魔力量は1万あり、モンスターに負ける道理など無く、千尋との勝負でドロップ率上昇のスキルを使うわけにはいかないからだ。


 マント火火はまだこちらには気付いておらず、攻撃してくる素振りは無い。

 今のうちに魔力を鎖のように形成し、奴の両手両足を拘束した。


 突然の事に暴れだすマント火火だったが、鎖はびくともしない。


 公介は破壊の剣を取り出し、背後から縦真っ二つに切断した。

 

 マント火火は地面に吸い込まれるような消え方では無く、文字通りなにも無かったかのように消えた。


 その影響か、それともドロップ率のスキルを使用していないせいか、モンスターが何かを落とす事は無かった。


(この剣が凄いのか、流した魔力のお陰なのか、1回じゃいまいち分かりにくいな)




 破壊の剣


 流した魔力に応じて触れた対象を破壊する




 それが鑑定で分かった情報だった。

 破壊の意味が今一分からないでいたが、斬られたモンスターを目の当たりにした事で、恐ろしい剣だと思った。

 その後も性能を確かめるべく、同じような狩りを続ける公介であった。






「公介ー! 一旦休憩しようぜー!」


 午後にさしかかり、一旦昼休憩をとろうと、公介を探す千尋。


「公介ー! お、いたいた。おーい!」


 後ろ姿から間違いなく公介だと判断した千尋は声をかけるが、中々こちらに気付かない。


「公介?」


 公介無言で剣を何度も下へ突き刺している。

 

 その方向へ目をやると、大の字で拘束されたマント火火の手を少しずつ剣先で切断していた。


「こ...公介? お前なにやって...!?」


 肩に手を置いた事で、こちらを向く公介。

 黒目を赤く染め、邪魔をするなとでも言いたげなその表情に、千尋は恐怖を感じた。


「あぁ。千尋か。どうした?」


 だが千尋を認識すると、目の色が戻り、いつもの公介に戻った事でホッとした。


「あ...ああ。そろそろ昼だし、休憩でも、って」


「あー、もうそんな時間か。悪い、気付かなかった」


 何かドロップしたかと聞く千尋だったが、何もドロップしなかったと返される。


「何もって...透明水晶すら落ちなかったのか? ちょっと運悪すぎだろ」


 千尋の言葉を聞いて、確かにおかしいと思った公介は、もしかしたらこの剣で倒しているせいかと疑問に思い、流石にこのまま午後もドロップしないで終わらせるのは不自然だと判断し、普通に倒す事にした。






 そろそろ日が沈む頃になり、今日はこの辺で切り上げる事にした2人は1階層へと戻る門を目指す。


 そんな中...




「何だあれ? モンスターか?」


「いや、あんなモンスター、このダンジョンにはいない筈」


 明らかに人間ではないが、形は人。

 かといってマント火火にはとても見えない。

 少し離れたところに浮いている白い物体を見て、不思議に思った2人はそう話す。


「じゃあWMデバイス使ってんのか」


「デバイスに宙に浮ける機能なんてあったか?」


 もし飛べる程魔力の扱いに長けているのなら、サプライユニットに流れる魔力と干渉しあってしまい、上手く体に魔力を流せない筈だと付け足した。


「とにかく、近付いても良い事無さそうだし、少し離れ...!?」


 少し遠回りをしようと千尋に提案した刹那、その謎の物体は公介の目の前まで一瞬にして距離を詰めてきた。










 

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