第67話 交換条件

 凛子と会った次の日、つまりエデンと中国が衝突してから2日後の今日。


 凛子からの依頼は早急では無い為、今日はまだ取り掛かってはいなかった。

 ドロップ率を上昇させて取り掛かるつもりの為、早すぎても不可解に思われるからだ。




 各国はエデンを新国家として認める方針であることを発表し、日本でもニュースが流れている。


「崖田総理は、エデンと名乗るテロリストの建国を認める意向を示しました。理由について、彼等はミサイルを我々が認知不可能な方法で目標に命中させ、さらに飛来したミサイルを何らかの方法で逆戻りさせる技術を持っており、承認しなければ、国民の安全を保証出来ないと判断した、とのことです」


「認めたのか。いや認めるしかないか」


 テレビを見ながら呟く公介。


 向こうからのミサイルは認知出来ず、こちらからのミサイルは跳ね返される。

 場所も日本とアメリカの中央付近の公海にある為、陸からの進軍も不可能。


 海中や上空から進軍しても、報復で主要都市に核を落とされれば終わりだ。


 仮に公介が単独で突っ込んで行ったとしても、全世界を人質に取られているような今の状況では、リスクが高過ぎる。


 思い返せば、インドのレドニ首相がオンラインで参加したのも不可解。


 式典にはエマや一国だけでなく、有名な開拓者達も大勢来ていた。


 インドダンジョン攻略に参加した人達には足を向けて寝られないと言ってもいい程なのに、自分が式典会場に出向かないということは、やはりエデンの連中を誘い出すことが目的だったのかもしれない。


 だが、予想以上にエデンが力を付けていた為に、その作戦は失敗したと言わざるを得ないだろう。


 そもそも何故ノアは式典に現れたのか。

 マスコミの前で発表しなくても、今回のようにSNSで声をあげ、疑う国にミサイルを落とすだけで力の証明にはなる筈だ。


 それ以外の目的ならやはりノア本人が言っていた、楽園に選ばれるという発言だろうか。


 有用なスキル持ちを集めている理由は。

 民がいなければ王にはなれないという意味で、勧誘していたのか。


 しかし、有用なスキル持ちに勧誘と言っても、拉致されたような人はいなかった。

 自分の意思で来てほしかったのだろうか。


 その代わりと言うべきか、式典に参加した人達の中で、後にスキルが使えないと嘆く者がいたらしく、ニュースになっていた。


 つまりノアは他人のスキルを何らかの手段を使って奪える、とでも言うのか。


 要するに、有用なスキル持ちが集まると聞いたから来てみたものの、楽園に来てくれそうな人はいなかったので、せめてスキルだけでも貰って帰ろうと思った、ということになる。


 それなら式典に来た理由も分かるが、エマのスキルを奪わなかったことへの説明がつかない。


 エマだけでなく、トーマス、マット、クロエもニュースでそのような情報はなかった。


 流石に世界最強からスキルを奪うのは骨が折れるだろうが、それを踏まえても彼女のスキルには労力を費やすだけの価値がある。

 彼女のスキルだけを狙い、全力で奪いに来てもいい筈。




「...まさか俺じゃないだろうな」


 公介は悪い予感がした。


 ノアが融合体の強さを知っていて、エマや一国では倒せないと判断していたとしたら。

 しかし、事実融合体は倒され、人類側の勝利で終わった。


 融合体を倒せるようなスキル持ちが他にいると予想して、あの会場に現れた。


 エマ達のスキルはそもそも奪う必要が無かった。

 既にスキルが判明していているから。


 鑑定をして、楽園に相応しいスキル持ちを探すついでに、誰が融合体を倒したのかを判別していたとしたら。


「いや、考えすぎか」


 自分への鑑定が成功していたら、スキルを奪おうとしてくるだろう。

 鑑定が出来なかったとしても、有用なスキルかを判断しに来たのだから鑑定スキルの熟練度も相当高い筈。


 その自分が鑑定出来ないぐらい稀少なスキルだと思われ、もっと接触してきてもおかしくない。


 今こうして普通にしていられるのだから、狙いは自分ではないと判断した。






 その頃、エデンの土地の中心にそびえ立つ城のような建物。

 日本でいう国会議事堂のような役割を持った場所だろうか。


 ノアと、ノアの隣でミサイルを跳ね返した者が会話をしていた。


「人類はエデンを認めたのか」


「はっ。全世界からの承認を得ました」


 玉座に座りながら、そうかと頷き、その前に跪くノア。

 白色の人型の体だが、とても人間とは思えない容姿が、ノアにとっては怪物のように見えた。


「ですが、よろしいのですか? あのまま野放しにさせても」


 ノアはある人物に鑑定スキルを使っていたが、失敗していた。

 つまり、それ程貴重なスキルである可能性を指摘したが、


「構わん。人1人殺せないような者が手にしている訳がない」


「なるほど。では、今後も私にお任せいただけるということで」


「ああ。お前の好きなようにさせてやろう」


「ありがとうございます」






 午後になり、福地から新しい依頼があると連絡を受けた公介は、彼の元を訪れていた。


「今回公介君にお願いしたいのは収納袋の素材だ」


 公介もお世話になっている収納袋は、リス型モンスター[シマウリス]からドロップする[シマウリスの頬袋]を加工することで出来る。


「エデンの奴等がミサイルをどこにでも落とせると発言してから、金持ち達は自分の身を守るのに必死でね。保存食を含めた大量の生活必需品や娯楽品、快適に過ごす為のあらゆる物資を調達しているんだ。でも今から地下シェルターを造るにしても、元々造っていたとしても、持ち込める荷物には限りがあるだろう。そこで必要になるのが」


「収納袋ってことですか」


 正解と言われる公介。

 だが気になることがあった。


「確かにそれなら収納袋も必要ですけど、自分の家にミサイルが落ちてくる確率なんてほとんど無いんじゃないですか?」


 ミサイルが落ちてこなさそうな、人の少ない場所に引っ越す方が手っ取り早いのではと思った。


「それは私も思ったんだが、金持ちは庶民から嫉妬の目で見られやすいからね。そういったことには敏感なんだろう。もしかしたら自分のことを狙ってくるかもしれないと、勝手に妄想が膨らむのかもしれない。まあそのお陰でこっちは需要が高まるからありがたいけど」


「テロリストからの脅しで儲かるのもなんだか皮肉ですね」


 それを言われては敵わないと笑われる。


「シマウリスはDランクの中でもCランクに近いと言われているが、インドダンジョンや式典で生き残った君なら大丈夫だろう」


「任せてください。後、報酬の件で相談が」


 持ってきた頬袋の数次第では報酬も弾むと言われたが、公介はこの依頼の報酬をお金でもらうつもりはなかった。


「実は、報酬はお金の代わりに、ちょっとお願いがあって」


「お金の代わり? そんなに凄いお願いなのかい?」


 公介は頷き、話す。


「群馬県の秘境にあるダンジョンの未踏の階層まで入る許可をもらえませんか」


 凛子の言ってた、公介の需要も満たせるかもしれないダンジョンは群馬の中之条町にある。


 その発言に少し驚き、考える福地だが、暫くすると話し始めた。


「前にも言ったように18歳の君をCランク以上にするのは難しい...が、正直ダンジョンに1回だけ、経歴を残さないように入らせることなら出来る。しかもそこのダンジョンは人が殆ど来ないから、1日貸し切りにしたとしても、誰も文句は言わないだろう。だが、」


 公介は黙って次の言葉を待つ。


「あまりにも危険だ。今判明している最高のランクが15階層のBなのに、16階層からはおそらくもう1段階モンスターの強さが上がる筈だ。Dクラスになって1ヶ月の開拓者が行くような場所じゃない」


「う...そう...ですよね」


 予想していた答えが返ってきたが、福地はまだ話しが終わっていないようだ。


「とは言ったものの、インドダンジョンで危険な目に遭わせた借りもある上、つい先程インドダンジョンや式典で生き残った君なら大丈夫だと言った手前、素直に駄目と言うのも気が引ける。そこでだ私に提案がある。少し待っててくれ」


 福地はそう言うと、どこかへ行ってしまったが、数分後また戻ってきた。


「これがなんだか分かるかい?」


「これですか...いや見たことないです。凱旋門のお土産ですか?」


 福地の手には小さな門のようなものが見えたが、なにを意味しているのかは分からなかった。


「ちょっと意地悪だけど、分からなくて当然だ。まだ公にはされていないからね」


 福地は話を続ける。


「これはインスタントゲートと言って、ダンジョンで使うと1階層目の入り口に繋がる門を、その場に出現させることが出来るんだ」


「そんなアイテムがあったんですか!?」


 それぞれの階層の入り口にある、逆に言えばそこにしかない、一瞬で帰還出来る門をどこにでも出現させられるなど、皆が欲しい代物だろう。


「でもインドダンジョンでは支給されてませんでしたよ」


 赤バンドチームに支給されててもおかしくないのでは、と思った。


「公介君が知らなかった理由と同じ、公にはされていないんだから、支給されなくて当然だよ」


「あ、そっか」


「それに、このアイテムが出回ったら、ダンジョン保険も必要無くなってしまう。雇用を守る為というのもあるが、そもそもこのアイテムの素材がドロップするダンジョンが見つかったのは割と最近でね。しかもドロップ率が低いから、このアイテムが手に入ったのはもっと最近なんだ。さらにこのアイテムの素材になるダンジョンは日本でしか確認されていないときた」


 つまり赤バンドチームに支給してしまえば、日本にそのダンジョンがあるのがバレてしまうということだ。

 まだ数が揃うまでは世界には知られたくないのだろうか。


 それより、ドロップ率が低いという言葉で何となく察しがついた。


「つまり、その素材を取ってくるのが、ダンジョンに入らせる条件ということですか?」


「半分正解だ。ダンジョンに入らせる条件は、このアイテムを持って行くこと。要するにいつでも逃げられるようにだ。だが、このアイテムはドロップが低いから当然貴重なんだ。君が群馬のダンジョンに入る間、ダンジョンを貸し切りにする手間賃も含め、この素材を最低5個取ってくることが条件でどうかな」


 勿論了承した。

 ダンジョンに行ってモンスターを狩るなど、公介にとっては造作もないことだ。


(凛子に依頼されたダンジョン、副会長に依頼された収納袋とインスタントゲートの素材になるダンジョンに群馬のダンジョン。4つも行く予定のダンジョンが出来たな)


 何もすることが無いと思っていたのが嘘のようなスケジュールだと思った公介であった。

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