第66話 凛子

「......たった今入ってきた情報です。新国家エデンを名乗るテロ組織の戦略ミサイルが中国北西部に着弾しました。中国は報復として、突如出現したテロ組織の拠点と思われる土地へ、同じく戦略ミサイルを発射しましたが、何らかの方法によってミサイルが逆戻りし、発射された場所へ落下したとのことです......」


 自宅にいた公介は、テレビを消す。

 SNSを開くと、ノアが新たに動画を投稿していた。


「新国家エデンの王、ノアだ。知っての通り、中国へミサイルを落としたのも、中国から発射されたミサイルを逆戻りさせたことも我々の仕業だ。北西部へ落としたのは最後の温情であり、まだ新国家を認めない国は申し出てくれ。北京、ワシントンD.C.、モスクワ、どこへでもミサイルをお届けしよう」


「お届けって、ピザ屋じゃないんだから」


 冗談を言えるくらいには立ち直った公介。


 正直新国家についてはあまり興味が無くなってきた。

 そもそも式典で遭遇したから印象に残っていただけで、政治家でもない自分が思い悩む問題ではない。


 総理が認めるか認めないかを待つだけの一般人と変わらないのだ。


「日本だって昔は戦争してたんだからな」


 日本だけではなく、ほぼ世界中の国が戦争をした過去を持っている。

 人を殺したのだから、国として認めることは出来ない、というなら、世界中が国では無くなってしまう。


 エデンがもし承認されれば、100年後、200年後には本当に良い国になっている可能性もあるだろう。


 1人の国民に過ぎない自分が判断していい問題ではないと思った。






「......何か初心にでも返りたくなった」


 今後の予定が何も無いというのは初めての経験である。

 夏休みでさえ、約40日後には学校が始まるという予定があったのに、今の自分には本当に何もない。


 福地からの依頼がいつあるかは分からないが、少なくとも今はそれもない。


 ふと自分が初めてダンジョンに行ったことを思い出し、たまには出向いてみようと思った。






 支度をし、港区のビギナーダンジョンへとやって来た公介。


 中へ入っていき、しばらく歩くとマイツムリに遭遇した。

 一応ドロップ率のスキルはオンにしているが、わざわざビギナーモンスターを狩りにきたわけではない。


「そういえばお前、自分からは襲ってこないんだな」


 公介の魔力量の高さに腰が抜けているのか、前回は倒すのに夢中で気付かなかったにせよ、こんなに触れる程目の前に来ても、向こうから攻撃してくるような様子はない。


 モンスター守ろうの会の連中が害の無いモンスターを殺すなと言いたい気持ちも、より分かる気がする。


 マイツムリは1階層のみしかおらず、2階層目からはスズメ型モンスター[スズロ]が出現する。

 だがこのダンジョンは珍しく、1階層にも極々稀に出現する場合がある。


 ビギナーに近いDランクに指定されているが、1階層のスズロはマイツムリを補食し、人間には興味を示さない上、補食するとその場で消えてしまう為、同じくビギナーランクに指定されている。


(俺達も他の動物食べてるし、似たようなもんか)


 公介は2階層へ行き、飛んでいるスズロを見つけると、グーにした手の人差し指だけを前に向け、魔力の光線で撃ち落とした。


(破壊のみ...か。何とかこれを殺さずに無力化出来ないのか)


 ドロップした黒紫と透明の水晶を回収しながら、そう思う公介。


 イチゴの説教で、どうしようもない時は殺す、というのも選択肢の1つには入りかけてはいるが、それはあくまで最終手段だ。


 ずっと手加減していても相手との戦いを長引かせるだけ、相手が絶対に降参しないと判断した時に殺る。


 精神安定剤のようなスキルも調べれば存在するのかもしれないが、スキルの効果で、殺した後の精神的負担を和らげたら、それこそ人間として終わりな気がした。


(イチゴは第3の選択肢を見つけられるかは貴方次第って言ってたけど、そんなのあるのか)


 そんなことを考えていると、初心に返ったことで、あることを思い出した。


(そういえば千尋と凛子、1ヶ月ぐらい会ってないな)


 今は5月上旬。

 3月の終わりにDクラス免許試験に行った時以来、会っていなかった。


 1ヶ月程度会わないのは大したことではないが、福地に会い、インドダンジョンへ行ったり、一国やエマと関わったりで濃い1ヶ月を過ごした為、長い間会っていないような気分だ。


(凛子なら何か良いアドバイスくれるかもな)


 凛子は3人の中で一番頭が冴え、鍛冶スキルを持っているのだから、武器や防護服にも詳しい。

 つまり戦いのヒントも何かもらえるかもしれない。


(早速、連絡を...ってダンジョン内じゃ無理か)


 ダンジョンから出て、凛子に連絡する公介。






「殺さずに倒せる武器?」


「ああ。何かないか? そういうの」


 連絡を取った公介は、次の日の放課後なら空いていると言われ、カフェで待ち合わせた。


「世界はエデンで大騒ぎだってのに、開拓者のあんたが何でそんな武器欲しいのよ?」


 当然の質問が来るが、答え方は考えておいた。


「ほら、開拓者って血の気の多い人たまにいるだろ。深い階層だと脅されてドロップ品を奪われるなんて事件も聞いたことあるし、護身用にさ、そういうのもあればいいなと思って」


「つまりダンジョン産の素材で製作されたスタンガンとかのこと?」


 魔力で強化された体の人間を通常のスタンガンで無力化することはほぼ不可能だが、鍛冶スキルで製作されたスタンガンなら魔力を流して使うことで、そういった人間にも効果がある。


「いや、そういう武器じゃなくて、強い相手でも無力化させたり、降参させられるような武器というか」


 そう言われ少し考える凛子。


「......危険を回避するんじゃなくて、相手に戦う力を失わせたいってこと?」


「そうそう、ゲームで例えると相手のレベルを1にしたり、呪文を唱えられなくさせたりするような」


 流石にそんな武器は無いと言われると思っていたが、


「ある...かもしれないわ」


「かも?」


 どっち付かずの返答に困惑した。


「さっき言ったスタンガンの素材になるダンジョンがあるんだけどね、他にも相手の魔力を奪ったり、疲れさせたりする武器もあるのよ」


「そんなの聞いたことないぞ」


 そんな武器があるなら、皆こぞって使いそうだと思った。


「使い勝手が最悪なの。そのダンジョンのドロップ品を素材にした武器は相手を傷付けることが出来ない。魔力を奪う武器は剣なんだけどね、斬っても魔力を奪うだけで剣自体は相手をすり抜けちゃうの。しかも奪う量より消費する量の方が多いときたもんだから、誰も使わないのよ」


「確かにそれじゃ使えないな」


 魔力を奪えるのはいいが、1度に全部奪えるわけではないらしい。

 それでは魔力をいくらでも使える公介でも有用とは言えない。


「でもそれならなんで、あるかもしれないなんて言ったんだ?」


 今までの話を聞く限り、あるかもなんて言えるようなダンジョンでは無さそうだが、


「そのダンジョンが深い階層まであることは鑑定スキル持ちのお陰で判明してるんだけどね、スタンガンとかしか需要が無いから、誰も奥まで行かないのよ」


 護身用にスタンガンの需要はあるが、浅い階層で取れる素材から製作出来るので深い階層まで潜る人がいないのだ。


 前に、もの好きが少し下まで潜った際に取れた素材で出来たのが、魔力を奪ったり疲れさせたりする剣だ。


 その剣が使えない剣だったことから、深い階層に行く労力に見合わないとされ、今では誰も出向かない。


「そのダンジョンの最深部付近なら、あんたの需要に答えられるような武器もあるかもしれないわよ。まあもしかしたらだけど」


「そうか、ありがとう。行ってみるよ」


 確かに直接傷付けない武器の素材になるダンジョンの最深部なら、とんでもない効果を持った武器があるかもしれない。


「行けるわけないじゃない」


「え?」


 何故行けないのか問いかけるが、当然のことだ。


「確かそのダンジョンって最初から50階層まであるダンジョンよ。この前テレビでやってたインドのダンジョンと違って、成長してるわけじゃないからいいけど、ついこの前Dクラスになった私達じゃ無理よ」


 モンスターに勝てないから無理というのなら問題無いが、そもそもランクが指定されていない場合は、直前に指定されたランクより1つ上の人が1人、若しくは同じクラスの人が3人いなければならないのだから、そもそも法律上無理だ。


「既に指定されてる1番上のランクがBだからAクラスが1人か、Bクラスの人が3人いないといけないわね」


 1~5階層がD、6~10階層がC、11~15階層までがBランクのモンスターに指定されている為、そういうことになってしまう。


 16階層からは、またモンスターが変わることが、ドローンの撮影によって判明していることから、おそらくその階層からモンスターがもう1段階強くなると予測されている。


 因みにドローンによる撮影で次の階層のモンスターが今の階層に出現するモンスターと全く同じ姿で、明らかに同種だと判断された場合は、未踏でもそういった制限はかからないのが今の法律だ。


「う、つまり20歳になるまで待たないとダメか」


「は? 何で20歳になったらBクラス以上になれる体で話してるのよ」


 強さは問題無いが、Cクラス以上は20歳からしかなれない、という意味で言ったのだが、凛子からしてみれば、何故年齢制限の部分だけ気にしてるの、と言いたくなるだろう。


「え、あ...ほら、 20歳になる頃にはそれぐらい強くなって、昇格条件も満たしてると思ってさ」


「相当努力しないと無理よ。千尋だって専門学校に4年通ってBクラスになれるんだから。余程スキルに恵まれてないと」


 まさに余程スキルに恵まれている存在なのだが、うまく誤魔化しておいた。


「まあとにかく、今すぐには無理でも、そんなダンジョンが知れただけでも収穫はあったよ。ホントにありがとう。お礼にここの会計は持つから」


 良い情報を貰えたのだから、カフェの会計ぐらい払うと言い、席を立つ公介だが、腕を掴まれ静止される。

 長年の付き合いで分かる。

 これは何か企んでる顔だ。


「会計はいいから、私の頼み、聞いてもらうわよ」


「頼み...ですか」


 何を頼まれるのか、ビクビクしていると、内容はそこまで無理難題ではなかった。


「今度鍛冶スキルで製作したい防護服があるのよ。私が指定した素材をダンジョンに行って取ってきなさい」


「なんだそんなことか。勿論いいよ」


 どんな要求をされるのかと思ったが、ダンジョンに出向くことで解決出来るならお安い御用だと思った公介であった。

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