第64話 イチゴの見解
「チッ、武器を持ってきたのは正解だったが、戦いずらいな」
トーマスが愚痴を溢す。
式典に武器は持ち込めないが、エデンの介入を警戒し、会場へ預けていた。
だがノアが会場内で紙から変化した爆弾を爆発させたことで、関係者やパパラッチ、観客が外へ逃げようとする。
しかし外にはノアが何らかの方法で呼び寄せたモンスター達が押し寄せて来ている為、わざわざモンスターがいる方へ散らばってしまうという状態が生まれてしまった。
一国やエマ達はモンスターの魔力を感じとることで、気付けたが、それが出来ない人達にとっては外へ逃げることしか考えていない。
「だからこんな大きな会場で、一般人を入れての式典なんてしなきゃよかったのよ。いくらチケットで儲かるからって」
「起きちゃったことはしょうがないわよ。今は1人でも犠牲者を減らさないと」
クロエは主催側に文句を言っているが、今は目の前に集中するべきだと、指摘するマット。
「ダンジョン外にいるから楽」
ダンジョン内のように魔力が漂っていない場所ではモンスターは弱体化するのだ。
このまま押しきれると判断したエマ達だが、突如苦しみ出した人達に気付き、驚く。
空中で戦っていて、見渡しが良かったからこそ気付けた。
「お、おい!? 何で急に苦しみ出したんだ!?」
「ノアってやつが何かした?」
「とにかくマット! モンスターは私達でなんとかするから、貴方は苦しんでる人達をお願い」
「ええ! 分かったわ!」
治療スキルを使うべく、苦しみ出した人達の元へ急ぐマット。
「あら? あそこの男子、なんで苦しまなくなったのかしら、あらあそこの人も」
公介は隠密スキルを使いながら治療している為、第3者からだとそう見えるようだ。
その頃、丁子のチームは、
「どうしたお前ら!? 何かに攻撃されたのか!?」
丁子達も武器を預けていたが、目の前で苦しみ出したチームメイト2人に駆け寄る。
丁子は魔力をコーティング出来るが、2人は丁子のサポートに徹している為、そういった技術は持ち合わせておらず、ミストを吸い込んでしまった。
エマ達よりもノアの近くにいたのも不運だ。
「しっかりしろ! おい......って」
「あれ、俺今急に苦しくなったんすけど、なんで」
「俺もっす」
だが隠密スキルを使用した公介によって助かったのは幸運だ。
「ったく心配させやがって。さっさとスキルかけ直せ」
そしてアイラは、一際巨大なフォークと対峙していた。
「こいつはトマフォークか」
ダンジョンの階層には、全て同じモンスターが出現するパターンと、自衛隊が遭遇した巨大なゴブリンや、このトマフォークのように明らかに高い戦闘力を持った個体が出現するパターンがある。
戦闘の場面を人に見られないよう、会場から離れて戦っていた為、いち早く遭遇したのだ。
そのお陰で、ミストは飛んで来なかったが、そもそもサプライユニットを展開していたことで、ミストを吸い込む心配はなかっただろう。
「私の前に現れてくれるとは。性能を試せる良い機会だ」
トマフォークの足はフォークと違い、ナイフ、いや斧のような形状になっており、突き刺す攻撃ではなく、横から切り落とすような攻撃を仕掛けてくる。
目の前のトマフォークもアイラの首めがけて、フォークとは比べ物にならない速さで向かってくるが、アイラは横に大きくジャンプしながら、オプティマルアローの弦を引っ張る。
すると魔力の矢が自動的に形成され、さらに敵の方向に向きが調整される。
こちらに旋回してくるトマフォークへ放たれた矢は胴体に命中。
バランスを崩し地上へと落下する。
「致命傷では無いが、一撃でトマフォーク相手にここまでダメージを与えられるとは。矢の方も申し分なしだ。最後はこれだな」
そう言うとオプティマルアローに付いているトリガーを引きながら、再度弦を引っ張る。
エナジーコアの魔力を先程の矢よりも多く消費することで、桁違いの威力を出すことが出来る。
地上に落下している隙に矢を放つアイラ。
矢はまたも胴体へ命中するが、先程よりも大きく食い込み、大爆発を起こした。
「連発は出来ないが、とんでもないものを開発したな。マベルは」
トマフォークは粒子となり、空中へ飛散したが、黒紫水晶をドロップした。
アイラはそれを拾い、デバイスの中にある挿入口にしまうと、エナジーコアに魔力が充填されていく。
「デバイスに水晶を装填することで、エナジーコアに魔力を満たす機能。水晶さえあれば半永久的にサプライユニットを展開出来るのは便利だ」
オプティマルアローにも同様の機能が搭載されている。
「そろそろ潮時か」
新型デバイスの実戦データも取れ、モンスターの数も減ってきたことで、引き際と判断したアイラ。
一国の方も、モンスターとの戦いに終わりが近づいていた。
「よし、これで大方片付いたな。スキルによる犯罪専門の特殊部隊も到着したようだ。ノアと名乗る男の魔力は消えてしまったが、確認してみるか」
元々魔力をコーティングしていたから大丈夫なのだが、一国もモンスターの進行を食い止める為、会場から離れ、自分からモンスターの軍団に突入していった為、ミストは届かなかった。
一国がノアのいた場所へと戻るが、目視でも確認できず、撤退したと判断したが、公介を発見した。
「公介君。無事で良かった。モンスターは粗方討伐し、特殊部隊も到着したようだから、一先ず安心だろう」
「そうですか。それなら良かった」
一国は公介にノアのことを知らないか聞くが、一瞬でどこかに消えてしまったとの返答がきた。
少し元気がないように思えたが、こんな状況に参ってしまったのだと思い、特に何も指摘はしなかった。
「消えた...か。まあ紙を爆弾にかえるような奴だ。瞬間移動が出来ても不思議ではないか」
その後、事態は収束したが、当然式典は中止となり、公介はその日の内に飛行機に乗った。
式典のやり直しはしないだろうが、今世界はそれどころではない。
突如出現した土地の観測を続けていたが、次の日、瞬く間に軍事施設やミサイルの発射場が現れ、式典会場でしたのと同じ宣言をSNSでも公開した。
「私は新国家エデンの王、ノアだ。アメリカで行われた式典会場では死傷者が出てしまったが、私の目的はあくまで新国家の承認。衛星からの映像で露見済だろうが、我が国は既に、戦略級の兵器をあらゆる国へ攻撃する手段を持っている。もし疑う国があれば名乗り出るがいい。その国の国民の血で証明しよう。既にいくつかの国は承認に前向きな姿勢を示している。他の国々の皆様も、どうか良い返事を期待している」
この短期間で前向きな姿勢を示している国が存在するのかは怪しいが、そういう発言をすることで、便乗させる狙いという可能性もある。
この動画は世界中のメディアが取り上げた。
公介も、心配する福地へと一報し、日本へと帰国した後テレビで見ていた。
「新国家...か」
ここまで大事になっては、自分が介入する余地はないと思った。
ふと自分のダンジョンを生成した公介。
中へ入ると、門からイチゴが出てきた。
「おや、何だか元気がなさそうですね。今回は何の目的で来たのですか」
「別に俺のダンジョンなんだからいつ来たっていいだろ......まあ強いて言うなら、自分だけの空間で落ち着きたかった...だな」
何か問題があるのかと聞かれ、話すつもりもなかったが、こういうのは誰かに打ち明けると楽になると言われるがままに話してしまった。
「なるほど。それは呆れた話です」
「やっぱ話さなきゃよかった」
話したことを後悔するも、どうやら呆れたというのは、公介が思っていた意味とは違うようだ。
「誤解しているようですが、呆れたというのは、公介様の行動ではなく、敵の言葉を真に受けるその純粋さにです」
「純粋さ?」
イチゴは続ける。
「話によると、ミストは紙から変化したと言っていましたね。そんな紙を持ってきている時点で、公介様云々関係無く使うつもりだったのではないですか?」
「でも、ノアは使うつもりはなかったって...」
このやり方で選定したくは無かったと言っていたのだから、自分が彼の怒りを買ってしまったせいだと思っている。
「ですから簡単に敵の言葉を真に受け過ぎです。テロというのは馬鹿では起こせません。綿密な計画を立て、何回もシミュレーションをして実行するものです。公介様のような若者1人の攻撃で計画外の行動を取ると思いますか?」
「そ、そういうものなのか」
実力は圧倒的に上な筈なのに、押され始める公介。
「おそらく公介様が人を殺せないことを良いことに、わざと罪悪感を持たせるような動機を言ったのでしょう。それが怒りを買ったからなのか、公介様の力を危険視したからなのかは分かりませんが、まんまと騙された貴方は、今もこうして後悔に悩まされているというわけです」
「そうだった...のか」
言われてみればそうとも思える発言に固まる公介。
「そもそも招待された式典に参加して、テロリストの攻撃を受けても逃げずに立ち向かった。それだけでも充分立派なのでは」
「立派...」
あれだけ大勢の人間が我先にと逃げ惑う中で、いくら力を持っていようとも18歳の青年が逃げなかっただけで凄いことだろう。
「公介様がモンスター討伐に参戦していたら、ミストに気付かず、もっと死者が出ていたかもしれません。公介様は1人救えなかったのではなく、犠牲者を1人だけに減らしたとも取れますね」
こんなにも誉めてくれるのかと思っていると、直ぐに表情が変わった。
「ですが、人を平気で殺すテロリスト相手に手加減するなど、笑い話にもなりませんよ」
「だ、だって殺したら人殺しだぞ。そいつにだって家族がいると思うと...」
日本人は戦争のない国で平和ボケしてると言われるが、平和な国で平和に暮らして、人を殺したくないという気持ちを持って何が悪いんだと公介は思った。
だが、イチゴの顔は呆れている。
「私が言えたことではないですが、被害者にも家族はいますよ。被害者を減らす為に加害者を殺すことに何の問題があるのですか」
「それは...そうかもしれないけど...」
理屈では分かっていても中々納得出来ない公介に、イチゴは切り出す。
「どうやら公介様は力についてあまり理解していないようです」
「理解?」
何についての理解なのか、考えていると、イチゴが切り出す。
「力というものを破壊以外に使うことは出来ません。自分や他者を守る、というのは力を行使する為の理由に過ぎないのです。」
「お前、この前は守ろうが壊そうが好きにしろって言ってただろ」
この前と言ってることが違うと指摘するが、
「確かに言いましたが、それは公介様自身の問題です。周りの人間は関係無く、貴方が守りたいものの為に力を使うか、壊したいものの為に力を使うか。どちらにせよ、出来ることは破壊のみです」
「破壊のみ...」
「守りたいけど傷つけたくはない。そんな理屈が通れば、戦争など起きません」
暫く黙ってしまった公介。
考えた末、口に出したのは、
「惜しみ無く力を使うしかないってことか」
「今後もそういったことに首を突っ込みたいのであれば」
新国家の要求を承認するかどうかは各国の政府が決めることであり、もう公介1人ではどうしようもない。
だが今後同じ様に、守りたいなら殺すことも辞さない覚悟で行動しなければならない場面が訪れないとは言い切れない。
「力を使うか、見て見ぬふりをするか、自分で第3の選択肢を見つけるかは貴方次第です」
「......分かった。流石に今すぐ答えは出せないけど、考えてみる」
ダンジョンから出ようとするが、イチゴの方に振り返る。
「人に話せば楽になるって案外ホントらしいな。イチゴを生かしたのも良い選択だったかもしれない」
「それは良かったです」
去っていく公介を見て、そう発言したイチゴ。
穴を閉じたことを確認すると1人で呟く。
「さて、貴方はその力をどう使うのでしょう。一瞬目が金色に光ったように見えたのは気のせいか。それとも、壊すことも必要だと思い始めた覚悟の現れか」
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