第63話 あと1人

 公介がノアと対峙している時。

 会場に向かってくるモンスターにアイラは、新型WMデバイスの性能を確認する機会が巡ってきたと判断し、使用に踏み切った。


「あのノアという男。何故爆発もオーバーフローしていないダンジョンからモンスターを外へ出せるんだ。しかもこちらに向かって来ているとは」


 エナジーコアを2つ、デバイスに差し込む。


「system setup」


 新型は使用毎に指紋認証をする必要はない。

 デバイスを腕に装着後、予め指紋認証をしておけば、外すまで認証が保たれるのだ。


「変異開始」


 電子音声が流れ、体にサプライユニットが展開されていく。


 展開が終わると、自動的に武器が手に出現する。


「デバイスに武器を収納する技術。相変わらず天才だな」


 弓のような武器を見て、マベルとの会話を思い出す。


「新型は武器を持ち運ぶ必要が無いのか。流石だな。にしても何故弓なんだ?」


「ただの弓じゃない。オールレンジでの戦闘が可能な、斬れる弓、OPTIMALオプティマル ARROWアロー


「斬れる弓...か。弓と剣、それぞれ収納出来れば良かったんじゃないのか」


「武器を2つ持つより1つで2役こなせる武器の方が格好いいじゃないか」


「そういうものなのか...まあお前が手掛けているんだからな。使ってみれば良さが分かるのかもしれん」






「マベル...お前の才能、再確認させてもらうぞ」


 残りのエナジーコア2つを武器へ装填する。


 装填を確認する音が鳴り、武器に魔力が流れ出す。


 ノアが呼びさせたのは鷹型モンスター、フォークだ。

 日本ならBランクに指定されるであろうモンスターであり、滑空しながらフォークのような足を突き刺してくる。


「旧型ならサプライユニットを貫通しててもおかしくはないが、」


 こちらに向かってくるフォークに対して、防御姿勢を一切とらないアイラ。


 フォークが足を彼の胸目掛けて突き刺してくるが、


「これは凄い。ハエがとまった程度にしか感じなかった」


 サプライユニットには一切の傷がつかない。


「エナジーコアを2つ、しかも単体の魔力も大幅に上昇しているとはいえ、これ程までに違うとは」


 アイラが感想にふけっている間にもフォークは何度も攻撃を試みるが、全て無駄に終わる。


「さて、こちらの効果も試すか」


 オプティマルアローは持ち手以外の弓幹の部分で近接戦闘を行うことが出来る。


 再度こちらへ足を突き刺そうとしてくるタイミングに合わせ、振り払うと、フォークの首はいとも簡単に切断され、粒子となり、空中へ飛散するように消えていく。


「まるで豆腐を斬っているようだ」


 あまりの呆気なさに新型デバイスの凄まじさを感じた。


「このまま性能を確かめつつ、警備の仕事も果たすとしよう」


 襲われている者達を助ける為、次なるモンスターを狩りにいくアイラ。






 そして公介とノアは、


「咄嗟に魔力でミストの付着を免れたようだが、下にはそんな芸当出来ない者達がたくさんいるな」


 ノアが出した紙から変化したミストが、地上へと落ちていく。


「このやり方で選定したくは無かったが、身の程を弁えないガキのせいで少し気が立ってしまってね。かわいそうに」


 ミストなだけあって、もう何処まで広がってしまったのか、目視では判断できなかった。


「不要...不要...不要」


 ノアが下を見ながらそう呟いている。

 おそらく鑑定でスキルを見ているのだろう。


 公介も下を見ると、皆喉を押さえながらもがき苦しんでいるのが見えた。

 公介と同じく、魔力をコーティングしながら戦っていた一国や丁子、エマのチームなどは無事だが、それでもかなりの人数だ。


「おい! 今すぐやめろ!」


 公介がノアへと向かって行くが、


「おっと、私に構っている場合かい。飛散させたミストは単なる水では無く、簡単には蒸発しない」


「何が言いたい!」


「私の火のスキルによって高温になったミストは、吸い込んだ者の喉や肺にどんな影響を与えるのかな」


「なっ!?」


 火のスキルを持っているのもそうだが、この距離で発動させられる技術を持っていることに驚いた。


 急いで地上へと向かい、バレないよう隠密スキルを発動させながら治療スキルを使用していくが、


「クソッ! 人数が多すぎる。全員に間に合うか」


 喉や肺が高温に晒され続けた状態でどれ程生き続けられるのかなど予想しようがない。






「さて、ようやくじっくり選定が出来る。おや、早速楽園に相応しいスキル持ちが」


 ノアは狙いを定めた者の目の前に一瞬で移動する。

 当然その者は驚いた様子だが、ノアは構わず話しかける。


「君は楽園に相応しいスキルを持っている。どうだ、我がエデンの民になるつもりはないか」


「な、何だお前は!? 訳の分からんことを言うな! 早く我が家に帰らせてくれ!」


 いきなりそんなこと言われて理解できる筈も無いが、ノアの表情は曇る。


「そうか、残念だがまあいいだろう。そのスキルだけでも楽園の為に有効活用するとしよう」


 ノアが1枚の紙を取り出すと、その紙は本のようなものへと変化した。


「スキルの書?」


 ノアに話しかけられた男はそう反応した。


「そうだ。だがこの本自体にスキルは無い。この瞬間まではね......収納」


 ノアが本を開き、そう唱えると、男は自分が本に吸い込まれるような感覚を覚えた。


「何だこれは!?」


 必死に踏ん張っていると、徐々に吸い込む力が弱まっていく。

 完全にその力が消え、隙をついて男は逃げ出した。


 だがノアは追いかけようとはしない。


「命ぐらいは見逃してやろう。その代わりスキルは貰ったがな」


 スキルの書を鑑定しながらそう呟いたノアは次の標的を探し始めた。






 一方、治療スキルを使用して回っていた公介は焦っていた。


「取り敢えずあともう少しで苦しんでる人達は治療し終わるけど、時間が...」


 ノアの言っていた一瞬では蒸発しないという発言が、どのくらいの時間なのかは分からないが、喉や肺に高温のミストが付着し続ければ、腫れて呼吸が出来なくなってしまう。


 100人以上を治療し終え、15分以上は優に経過している。

 呼吸できない状態で何分生きられるのか、多少個人差はあるにしろ、流石にそろそろ死が訪れてもおかしくない時間帯だろう。


(生きてさえいればいいけど、死んだら治療スキルもクソもない)


 そう思いながら何とか最後の1人の治療を完了し、安堵する公介だが、少し離れたところから女性の泣く声が聞こえた。


(まだ誰かいるのか!)


 急いで向かうと泣き崩れている女性を発見したが、今まで治療してきた人達とは違い、痛みや呼吸困難で苦しんでいる感じではない。


 何故泣いているのかは直ぐに分かった。

 女性の目の前で倒れている1人の子ども。


 急いで駆け寄り、寄り添っている母親であろう女性にバレないよう、治療スキルを使用する。

 いや、スキルは発動しなかった。


(...遅かったか...)


 子ども故、気道も小さく、直ぐに呼吸が出来なくなってしまったのだろう。

 さらに体が小さいから臓器にまで高温に晒された可能性もある。


 スキルが発動しないのは、もう死んでしまっている証拠だ。


「惜しかったねぇ。あと1人だったのに。しかもよりによって未来ある子どもとは」


「お...お前!」


 公介はノアへ拳を喰らわせようとするが、待ったをかけられる。


「私は今、魔力を体に流していない状態だ。君の怒りに任せた攻撃じゃ即死してしまうかもしれないな」


 彼の言葉が本当かどうかは分からない。

 だが、その発言は公介の攻撃を止めさせるには充分だった。


「今日は楽園に相応しいスキルも手に入り、世界への宣言も出来たからな。撤収するとしよう」


 ノアの体は一瞬にして消え去り、周辺を確認するが、彼の魔力も一切感じられなかった。


「逃げられた......全く...俺は何も活躍出来てないじゃないか」


 力だけでは無く、力を行使する覚悟も必要だったと悔やむ公介であった。

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