第61話 式典
式典前日。
アメリカの製薬会社エイルの社内。
「マベル、本当に現れるのか」
マベルは、ある人物と話をしている。
WMデバイス開発以前からの付き合いで、部下でもあり友人でもあるアイラだ。
「可能性は充分あるさ。エデンの奴らは有用なスキル持ちを勧誘してるんだろ。インドダンジョンの攻略チームだけでなく、他にも有名人が来るこのイベントを指を咥えて見ている筈が無い」
式典にエデンがちょっかいをかけてくることはマベルも予想している。
「アメリカのミサイル開発に協力した見返りで、資金はたっぷり貰えたんだ。そして式典当日の警備員にはWMデバイス装着者が大勢いて、君にもその1人として参加してもらう。もう言いたいことは分かるね」
その発言でアイラはあることを察したようだ。
「完成したんだな。新型デバイスが」
「ああ。まだ公にするつもりは無いが、性能を試す機会が訪れるかもしれない」
凹みが2つあるデバイス、そしてエナジーコア4つを渡したマベル。
「あまり人間同士で争いたくは無いが、万が一の時は仕方がない。使わせてもらうぞ」
「見た目だけでは気付かれないだろうが、あまり目立たないでくれよ。先程も言った通り、まだ公にするつもりは無いのだから」
そしてメリーランド州、エマ達の住居では、エマが送った手紙について話し合っていた。
公介に来てと伝えるぐらいなのだから、当然エマも式典には参加する。
他の3人も断る理由もないので付き添う予定だ。
「エミーちゃん。気になる男子への手紙、もうちょっと内容濃くした方が良かったんじゃないの」
「あれで充分。あとそういう意味で送ったわけじゃない」
何故公介に来てほしかったのか。
言いたいことがあるなら、インドダンジョンの時に言えば良かったのにと3人は思っていた。
マットは恋の悩みかと予想しているが、エマの様子を見る限り、本当に違うのだろう。
「融合体の件は詮索しないって決めただろ。まさかそれじゃないだろうな」
「それも気になるけど違う」
トーマスの推測も否定される。
自分が敵わなかった融合体を倒した方法は4人共知りたがっている。
特にエマは世界最強と謳われ、プライドも高く、その地位を失いたくはない為、あそこにいたメンバーの中では最も知りたがっていると言ってもいい。
だがそのことでもないのなら、
「分かった。彼がニッポンの人だからでしょ。エミー、ニッポン大好きだもんね」
「ニッポンは好きだけどそれも違う。そもそも彼以外にもニッポンの人はあの作戦にいた」
クロエの推測も違うようだ。
エマは親日家で、ちょくちょく日本へ観光しに行っている。
その為、アメリカ人でありながら日本でも人気が高い。
しかしそれすらも違うとなると、もう何も出てこない。
エマの方も教える気は無いようだ。
「でも理由が何であれ、エミーちゃんが誰かに興味を持つのは珍しいことよね」
人付き合いが苦手なエマが自分から他人と関わろうとすること自体が珍しいと、2人も頷く。
「大袈裟」
エマにとってはそうなのかもしれないが、3人にとっては凄い進歩に見えた。
そして式典当日。
アメリカのとある屋外イベント会場へとやって来た公介。
メディアやパパラッチで周辺が混雑するのを防ぐ為に、会場はかなり広い。
受付で本人確認を済ませると別室へ案内される。
スーツの貸し出しを行っているそうで、着用してもらうためだ。
因みにインドダンジョンで支給された翻訳機と同じものを1000万円で購入していた公介。
(買うときは手が震えたけど、やっぱ買って良かった。でも所得税怖いから色々買い過ぎないようにしないとな)
スーツに着替え終わると、会場へ入る。
開始時刻の正午まではまだ時間があるが、かなりの人数が集まっているようだ。
福地の言っていた通り、式典の割には畏まった雰囲気は無く、テレビで見たことがあるような有名人もいる。
本当にお祭りのようなイベントなのか。
屋外でこれだけの有名人が集まっているなら、エデンの介入に気を付けろという福地の言葉も理解出来る。
(まるで誘い出してるみたいだ)
辺りを見回すと警備の人達だろうか。
WMデバイスを装着し、同じ服装の人があちこちにいた。
(どっちでもいいか。俺はネルキスさんに来てって言われたから仕方無く来ただけだし。何か用があるなら向こうから来るだろ)
「来てたんだ」
「うわっ!?」
正に今考えていたところで目の前に現れたエマ。
「ネルキスさん...ですよね。俺に手紙送ってきたの」
「そう」
どうして俺に来てほしかったのか、言いたいことがあったなら、手紙に書けば良かったのにと尋ねるも、言葉で確認したいことがあったのだとか。
「貴方には助けられた」
「え」
その言葉に、一瞬融合体を倒したことが関係しているのかと思ったが、エマはスマホの画面を見せてきた。
「これ、あなたのアカウントでしょ」
その画面にはSNSが映っており、確かに自分のアカウントで間違いない。
「どうして分かったんですか?」
「昔の投稿に貴方の写真があった。それに」
その後、エマは公介の投稿内容を口にし始める。
「ムンバイまで飛行機で来たけど疲れた。夕食のバイキングで、残り少ないお菓子を女の子に譲って、俺は補充された方を取ってやった。これがWin-Winってやつwww
私、同じ場面に遭遇したことあるんだけど」
エマは無言でこちらを見つめる。
「あー......まあ...良く分かりましたね」
だがまだ疑問が残る。
「というか、そもそも何で俺のアカウントなんて見つけられたんですか。大してフォロワーいないのに」
世界中の人が利用しているのに、さらに国まで違うのだから、良く見つけられたと思った。
「言ったでしょ、貴方には助けられたって」
画面をスクロールしていたエマはもう一度公介に見せてくる。
「あ、これは」
高校1年生の頃、予知スキルで分かったことを投稿した時のものだ。
「私、ニッポン好きだから、この日もニッポンに来てて、帰る予定だった。ニッポン人の投稿見てたら貴方のがちょっと話題になってた。ニッポン人、良い人多いから信じてみようと思って、電車やめてタクシーで向かった。当たってたから遅れずに済んだ。いいねしたの気付かなかった?」
長い話は苦手なのか、語尾にたが多くて説明文みたいになっている。
「あまりに いいね の数が多かったんで一々確認しませんでしたね。なるほど、どおりであんなに」
エマほどの人気者が いいね して拡散されれば、そりゃああれ程話題になるなと納得した。
「あの時は助かった。ありがと。じゃ」
本人だと確認し終わると、お礼を言って、そそくさと行ってしまう。
「俺が来た目的、もう終わったな」
エマに来てと言われた理由も分かり、用が済んだが、これで帰るのも勿体無さ過ぎるので、式典には出ることにした公介。
「公介君。君も来ていたんだね」
手持ち無沙汰になっていると偶然一国と遭遇した。
「一国さん。まあ色々あって、やっぱり来たんですよ」
2人で他愛もない話をしていると、一国の方からエデンについての話題を振ってくる。
「君も知っていると思うが、彼等が介入してくる可能性もある。当然警備も厳重にしているみたいだが、私には彼等を誘っているようにも思えるんだ」
一国も公介と同じことを思っているようだ。
「ここ最近勢力を拡大させているみたいだからね。しかも何処を拠点にしているかは不明。ここで彼等を誘き寄せて一網打尽にする計画なのかもしれない」
「つまり俺達は餌ってことですか」
もし本当なら自分達はエデンの連中を誘き寄せるための餌ということになる。
「まああくまで私個人の見解だ。全然的外れの可能性の方が寧ろ高いだろう。それにこれだけの手練れがいるんだ。介入してきたら、それこそ井の中の蛙になることは彼等も分かっている筈」
「確かに多勢に無勢ですよね」
勢力を拡大していると言っても、相手が違い過ぎる。
「だが、我々は今正装で防護服も着ていない上、武器も無いからね。警戒するに越したことはないよ」
公介は何の問題も無いが、武器も防護服も無いとなると、確かに皆は不安なのかもしれない。
「おっと、そろそろ式典が始まる時間だ。席に着くとしようか」
時刻を確認すると、もうすぐ正午だ。
皆も席に着き始めている。
一国の隣に座ろうかと思ったが、赤バンドチームは最前列付近に座るのだとか。
それなら仕方がないので、取り敢えず後ろの目立たなそうな席に座る。
正午になると、インドのレドニ首相による演説から始まった。
流石に最初は畏まった感じだ。
それぞれの国の言語に翻訳された紙が配られるが、翻訳機を使っている公介は読む必要がない。
「我が国の為に命を懸けてくださった勇敢なる皆様。インド首相のタロソフ・レドニであります。多忙故、ビデオ通話での参加とさせていただくことをお許しください」
(いや、来いよ)
勇敢なる皆様が来てるのに、何故その国の首相が来ないんだと、ツッコミを入れたくなる公介。
「皆様のご活躍で、我が国の土地がモンスターの領土になる危機を乗り越えることが出来ました......ですが、その為に尊い犠牲者が出てしまったことも事実。勇敢なる死を迎えた方達への黙祷を、今この場で捧げたいと存じます」
レドニが目を瞑ると、この会場にいる者達も一緒に黙祷を捧げた。
勿論公介もだ。
「ありがとうございます。では次に、モンスター殲滅に多大なる貢献をした皆様へ......」
覚えただけのような感謝の言葉を並べ、退屈していた公介だが、それもようやく終わりを迎える。
「では、これにて式典を終了とさせていただきます。この後はパーティーのご用意も御座いますので、今回の作戦に参加した方以外の方達とも親睦を深めていただければ幸いです」
(んーやっぱ変だよな。参加した人達以外は招待しなくてもよくね)
何故パーティーには作戦に参加した人以外の人達も呼ばれているのかが分からなかった。
その時、
「おい、何だよあれ!」
参加者の1人が上空を指差す。
皆も何事かと上空を見上げると、何者かが宙に浮いている。
「ごきげんよう。楽園に選ばれし者達よ」
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